仲直り
「ふ、服がびしょびしょなのです……」
「いてて……あ、リヒト、湯加減どう?」
「それ今聞くことか……?」
ドロシーに聞かれるまでもなく、温泉としてその温度は完璧だ。
しかし、この状況でまともに楽しめるはずがない。
全員が全員、頭からお湯をかぶっている。
「リヒトさん! こんなところで喧嘩なんて、えっと……勿体ないですよ! せっかくですし、楽しんだ方が良いと思います!」
「そうじゃぞリヒト」
「誰のせいで怒ってると思ってるんだ」
ロゼの介入により、リヒトは何とか冷静な気持ちを取り戻す。
アリアに文句を言っても仕方ないのは事実だ。
フェイリスも近くにいるため、大人の余裕というのを見せておきたい。
「ほら、イリスとティセを見てください」
「ん――って、おい!」
バッとリヒトは目を逸らす。
アリアと格闘していたため気付かなかったが、二人はいつの間にか服を脱ぎ捨ててタオル一枚になっていた。
イリスはともかく、ティセの姿は心臓に悪い。
同性であるフェイリスでさえ、その姿に釘付けになっているほどだ。
「やれやれ。儂もあやつらのように楽しみたかったんじゃがな」
「だから誰のせいだと――ってお前もか!」
リヒトは、バシャバシャと水音を立てながら誰もいない端っこへと移動する。
これも、アリアが場所を選ばずに服を脱ぎ始めたためだ。
もうここに居場所はない。
自分で男湯の線引きをし、孤立する選択肢を選ぶ。
「リヒトさん、あっちに行っちゃいましたね……」
「意外とシャイボーイなの」
「逆にこっちが恥ずかしくなってくるのじゃ」
リヒトが離れたことにより、残念そうな顔をするロゼとフェイリス。
ただでさえリヒトの機嫌が悪かったのに、さらに話しかけづらくなってしまった。
「どうしましょう、フェイリス……このままではリヒトさんがずっと一人ぼっちです……」
「こういう時のリヒトさんは頑固だから、ちょっとやそっとでは戻ってきてくれないなの」
「なかなか面倒なやつじゃな……ドロシー、リヒトを説得してやってくれ」
「え? ボクですか?」
同じ人間だからという理由で、リヒトの説得にはドロシーが選出される。
やっと服を脱ぎ終わり、温泉を楽しむことができると思っていた矢先。
運悪くアリアによって指名されることになった。
アリアの命令である以上、ドロシーに拒否権というものは存在しない。
ふぅ――と一息ついたところで、一枚のタオルを身にまとい、波を起こしながら立ち上がる。
「……おーい、リヒトー。隣いい?」
「……あぁ」
とりあえず。
リヒトに近付くことには成功したドロシー。
ここで何を話すかが重要であるが、特に何か話題があるわけでもなかった。
少しの時間悩んだ挙句。
あのさ――と、深く考えることなく適当な話を切り出す。
「ストレスを溜めると良くないらしいよ」
「……? 何が言いたいんだ?」
「あまり怒らないでってこと……かも」
ドロシーはやんわり説得しようとしたが、結局ストレートな言い方に落ち着いてしまう。
基本のコミュニケーション能力が高いドロシーだとしても、相手が怒っているとなれば話は別だ。
最後の濁すような語尾が自信のなさを表している。
「? 別にドロシーには怒ってないぞ?」
「魔王様に対してでも同じだって。ロゼさんやフェイリスさんも困ってるからさ」
「そういうことか……それは謝るよ」
ドロシーの伝えたいことを、リヒトはここで完全に理解した。
アリアに対してのみの怒りであったが、そういうシンプルな話ではないらしい。
ロゼやフェイリスに迷惑をかけるのは、当然リヒトも望んでいないことだ。
「ほら、リヒトはタオル持ってないでしょ? ロゼさんが用意してくれてるから、貰いに行かないと」
「そうだな」
ドロシーが指さす先を見ると、ロゼがコウモリをタオルに変化させて手を振っている。
その隣で、フェイリスもチョイチョイと手をこまねいていた。
最後に。
アリアが早く来いと命令したことによって、リヒトは波を立てながら立ち上がることになった。
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