デコピン
「おい。イリス、ティセ。生きておるか?」
「……ん、あれ……?」
「……むぅ。あ、おはよう、魔王様」
昼寝をしていたイリスとティセ。
ペチペチと頬を叩かれることで、ようやく目を覚ます。
本を読んでいたつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「――え!? もう戻ってこられたのですか!?」
「そうじゃ。意外と早かったじゃろ。儂が穏便に終わらせてやったからな」
ところで――と、アリアは話を戻す。
「随分ゆっくりしておったようじゃが、仕事は終わったということか?」
「そ、それはですね……」
「イリスは真面目にやろうとしてたけど、お姉さまにもうちょっと休もうって言われたから」
「イ、イリスちゃん!?」
突然の裏切り。
アリアに怒られるか、ティセに怒られるかという未来を天秤にかけると、アリアの方が脅威だと判断したようだ。
その真っ直ぐな目は到底嘘とは思えない。
「魔王様……! イリスちゃんの言うことを信じちゃダメです……!」
「魔王様信じて」
「……なんじゃこれ」
イリスとティセがサボっていることについて、アリアはそれほど責めるようなつもりはない。
おちょくってやろうという軽い気持ちであったが、まさかこのような生存競争に発展するとは考えていなかった。
どっちが嘘をついているのか――それは分からないが、言い訳をする以上、悪いことをしたという実感はあるらしい。
「分かった分かった。別に軽い罰で済ませてやるのじゃ。ほれ、デコを出せ」
「ま、魔王様……どうかご慈悲を……!」
「デコピンでも頭が弾け飛んじゃう!」
軽い罰――とは名ばかりの死刑宣告。
アリアは適当にピンピンと素振りしているが、もしヒットすれば首から上がなくなってしまうだろう。
イリスとティセの言葉も、謝罪から命乞いへと変わっていた。
「平気じゃ平気。リヒトがおるじゃろ」
「そ、そういう問題じゃない気がします……!」
「お姉さま……イリス死にたくない……」
体を寄せあって、ジワジワと距離を取ろうとする二人。
先程まで罪をなすりつけあっていたとは思えない。
今は死を逃れるために、二人で協力するしかなかった。
最初に機転を利かせたのはイリスの方だ。
「……魔王様、本当はイリスが悪いことした。ごめんなさい。お姉さまは何もしてないよ」
「ほお?」
(え? どういうこと? 何で急にそんな――そ、そうか、イリスちゃん!)
ティセはイリスが狙っていることを理解する。
長年一緒にいるからこそ、その行動の意図が理解できた。
後はイリスの船に乗るだけだ。
「イ、イリスちゃんダメでしょ。すみません、魔王様。イリスちゃんには私からしっかり注意しておきます」
片方が悪になることで、もう片方の潔白(?)を証明する。
これがイリスの狙いであった。
ティセが代わりに注意するのであれば、アリアがわざわざその役を買って出る必要もない。
必然的に、二人の安全を確保することが可能だ。
「それじゃあティセに任せるとするか。頼んだぞ」
「はい! 魔王様!」
ニヤリとイリスの笑み。
その顔を見ていたのは――ティセだけであった。
「あ、そうじゃ。ドロシーが近くに出湯を見つけたらしい。イリスとティセも来てみんか?」
ブクマ、評価、感想よろしくお願いします!