イリスのお願い
「ねぇ、お姉さま」
「なあに? イリスちゃん」
花畑の中で、ゆっくりと本を読んでいたイリスとティセ。
静かな時間に包まれた中、最初に声をかけたのはイリスの方だった。
何を話そうとしているのかティセには分からないが、仕事の話ではないのだけは理解できている。
そろそろ仕事に戻るべきだとも理解しているが、やはりアリアが不在なため腰は上がらない。
「魔王様っていつ帰ってくるの?」
「そうねぇ……詳しい日にちは教えてくれなかったから……明日くらい?」
「なら明日までゆっくりできるね」
どうやら、イリスは根本的に仕事に戻る気がないらしい。
アリアが外出するということを、祝日的な意味で認識しているようだ。
「でも、あんまりだらだらし過ぎたら、仕事が始まった時に辛いんじゃないかしら。どう思う? イリスちゃん」
「余った分はロゼに分けてあげる」
「イリスちゃん、ロゼも流石に怒ると思うわよ……?」
どうにかしてイリスの意識を変えようとしてみるも、それはただの徒労で終わってしまう。
本来なら自分から立ち上がることで、姉としての威厳を見せつけ、イリスに真似をさせるべきなのだろうが、如何せん自分の足も動くことはなかった。
ただでさえロゼは、自分たちの仕事を代わりに引き受けてくれているのだ。
これ以上仕事を任せるとなると、ロゼの体力云々よりも申し訳なさが勝利する。
「イリスちゃん。私が言えたことじゃないけど、どうしたらやる気が出るの?」
「……イリス、みんなで温泉行きたい」
予想だにしていなかった答え。
イリスであれば、もっとプレゼント的なものを要求すると思っていたが、まさかのタイミングで気まぐれが訪れてしまった。
本当に温泉だけでイリスがやる気になるのか――恐らく効果は薄いだろう。
しかし、姉として妹の願いは叶えてやりたいものだ。
「……温泉? この近くにあったかしら?」
「ある」
「本当に?」
「かも」
「……」
「いてて」
考えることを放棄したイリスの頬を、ティセは軽くグニグニと摘む。
こうでもしなければ、適当な性格のまま大人に育ってしまうかもしれない。
今日も今日とて、イリスの教育に熱を注ぐティセだ。
「イリスちゃんが言い出したんだから、ちゃんと真面目に考えてくれないと」
「ごめんなさい、お姉さま。でも、今すごく良いシーンだったから」
「こら、本はいつでも読めるでしょ。私だったから良かったけど、リヒトさんとかにそんな態度取ったらダメよ?」
「……はーい」
リヒトの名前を出されることによって、反省したような表情を見せるイリス。
アリアとリヒトの名前は、イリスの中でかなり重要度の高いものとなっているらしい。
姉としてずっと近くにいるティセは、そのことをしっかりと見抜いていた。
「じゃあイリスちゃん。結局温泉はどうするの?」
「ロゼに頼んで探してもらお」
「だからダメだって」
これから、二人は同じような話を延々に繰り返すことになる。
最終的に。
ティセが折れる形で、ロゼに頼むことになった。
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