不可侵条約
「ダイナミックな目覚めじゃな。心臓に悪いのじゃ」
武器を素振りしながら、ドラゴンの完全な目覚めを待つアリア。
寝ぼけている相手に勝利を収めたとしても、それは全く意味を持たない。
むしろ、勝敗で言えばここまで侵入を許した時点で、ドラゴンが敗北しているようなものだ。
「ドロシー、しっかり見ておれよ」
「はい!」
アリアはそう言って、ドラゴンの鋭い爪を受け止める。
やはりドラゴンというだけあり、その攻撃力はかなり高い。
もし人間であれば、防御に成功したとしてもそのまま力で押し潰されるだろう。
しかし、ここにいるのは魔王であるアリアだ。
「……なるほど。全く刃こぼれせんな」
アリアが驚いていたのは、ドラゴンの攻撃力などではなく、竜人が作った武器の強度だった。
思いっ切り正面から受け止めてしまったため、多少の刃こぼれは覚悟していたが、逆にドラゴンの爪の方が傷付いている。
ドラゴンの爪に打ち勝つとなったら、その時点で既に本物だ。
「ドロシー、ロゼに伝えてやってくれ」
「え?」
「剣術というのは、とりあえず切って切って切りまくれば良いのじゃ」
アリアは上手く力を受け流し、風のようにすり抜けると、軽くなぞる形で何回も体を切りつけた。
一回一回に力は入っていない――それどこらか、力を抜いている風にも感じられる。
「こうやって! 常に移動し続ければ! 相手の攻撃に当たることもないからな!」
ドロシーに対して説明(?)している間にも、アリアが手を止める気配は一向にない。
スピードを重視している故に致命傷には至らないが、着実にダメージは蓄積しているようだ。
段々とドラゴンの動きが鈍くなっていく。
「急所に対しての一撃を狙うという手もあるが、生憎儂のスタイルには合わなくてな」
「なるほど……!」
ドロシーは、どこからか取り出したメモに、アリアの言葉を一言一句逃さず書き写す。
ロゼと共用しなくてはならなくなったということもあり、いつもの数倍集中することができた。
あまりに高度な内容であるため、参考になるかどうかは分からない。
少なくともドロシーの役に立つ戦術ではないが、喜ぶロゼの顔を想像しながら手を動かしている。
「……やけに抵抗せんな。このドラゴン、死んでも良いのか?」
「あ、魔王様! ドラゴンが何か隠してますよ!」
アリアが不審に思ったのは、全く抵抗してこないドラゴンの様子だ。
最初は良かったものの、突如何かを思い出したかのように静かになっている。
「んー。どれどれ――って……なるほどのぉ」
アリアがドロシーの指さす方向を見ると、小さな別のドラゴンが目に入った。
生まれたばかり――この年齢であれば、人間にだって狩られてしまうだろう。
「子持ちならば命懸けで戦うと思っておったが、この様子じゃと産んだばかりで体力が尽きておるようじゃな」
「ドラゴンの赤ちゃんは初めて見ました…」
ドラゴンが抵抗せず防御に徹していた理由。
それは、この子どもドラゴンが全てだった。
出産直後で体力もなければ、そもそも暴れた時点で子どもが巻き添えになる可能性が高い。
「どうしますか……? 魔王様……」
「……お主はどうしたい?」
「私はとても殺せません」
「じゃな」
ちょっと待っておれ――と、アリアは何かを呟きながらドラゴンへと近付く。
「■■■■■■■■■■■■」
(うわぁ……)
言語学にも精通しているドロシーでさえ、アリアが言っている内容は聞き取れない。
その聞いたことのない言語が、どれほど通じていたのかすら分からなかった。
しかし、確かにドラゴンはコクリと頷いたのだ。
「よし、ドロシー。交渉成立じゃ。帰るぞ」
「だ、大丈夫だったんですか……? どんなことを――?」
「不可侵条約……的な? まあ気にするな」
その気にするなという一言で、ドロシーは何も考えずにいることができる。
ドロシーが最後にメモしたのは、アリアが優しいということだった。
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