禁忌
「お久しぶりです。イリス様にティセ様」
「お久しぶり。覚えててくれて嬉しい」
アルシェは、従者にも負けないほど丁寧に三人を出迎える。
この光景だけを見ていると、どちらの方が立場が上なのか判断できない。
敬語を使う必要がなくなったイリスは、まるで友達のように話していた。
「それと――初めまして……ですね。私はアルシェと申します」
「は、初めまして! ラエルと申します……です」
何やら緊張した様子で頭を下げるラエル。
初めて見るアルシェの姿は、やはり跪きたくなるものらしい。
それに対してアルシェは、リヒトがいないことに少しの驚きを見せたが、すぐに冷静な表情を取り戻す。
簡単なイレギュラーで動じるほど、脆いメンタルではなかった。
「リヒト様ではなかったのですね。勘違いをしておりました。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそなのです……!」
失礼のないよう最大限の敬意を払いながら、ラエルは差し出された右手をギュッと握る。
そのアルシェの手は少しだけ冷たく、彫刻のように綺麗だ。
「リヒト様はお元気でしょうか? あの御方には、返し切れないほどの恩がありますから……」
「リヒトさんは……元気だと思うのです」
「そうですか! それなら良かったです。リリカという者の母親がずっと感謝している――と、お伝えください」
「……やっぱりリヒトさんは良い人なのですか?」
イリスへの質問の続き。
たとえ失礼なものだとしても、これだけは聞いておきたかった。
アルシェの様子を見ていると、リヒトがかなり感謝されているということが分かる。
それならなぜ。
どうして、ここまで感謝されているのか。
これを聞かずには、ディストピアへ帰ることはできない。
「リヒト様は素晴らしい御方ですよ。我が国のエルフを、大蜘蛛から救ってくださったのです。後から聞いた話だと、蘇生までしてくださったらしくて――」
「――あのっ! 死者を蘇生するという行為は、その、禁忌だと思うことはないのですか……?」
「……確かに、駄目なことだと考える子たちもいます」
「それならっ――!」
「でも、死んでしまうなんて悲しいじゃないですか」
アルシェの正直な発言。
イリスとティセ――そばにいる従者も、不思議そうにラエルを見つめている。
この状況だけで、自分が少数派だという確信が持てた。
かつてラエルがいた時代では、生きたいと思いながら死んでいった者たちが多く存在する。
そんな彼らがリヒトの能力を知れば、どのような反応を示していただろうか。
たとえ神に逆らう行為だとしても、生を強く望むことになったはずだ。
そして。
ラエルにそれを止める権利はない。
その事実に、やっと気付くことができた。
「私はリヒト様のしていることが悪いことだと思っていませんし、リヒト様が悪人だとも思いませんよ」
「……はい。そうみたいなのです」
リヒトという存在に感謝する者を見て、ただの悪人とレッテルを貼ることは不可能だ。
アルシェは、ラエルの胸中を悟ってくれたのだろう。
ラエルのように考えを押し付けるのではなく、優しく傷付けないような言い方だった。
「……イリスさん、ティセさん。私はリヒトさんに凄く悪いことをしてしまったかもしれません」
「それなら謝りに行こうよ。ね、お姉さま?」
「い、今からなのですか!?」
「私も早い方が良いと思うわ。さ、早く早く」
「は、はいなのです!!」
ラエルはロザリオを地面に置き、瞬く間に巨大化させる。
一度だけアルシェを振り返ると、背中を押すような顔でヒラヒラと手を振っていた。
今からするべきことは、誰に聞かなくても分かっている。
三人を乗せたロザリオは、従者が開けた扉へ高速で進んで行った。
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