ソフィアの初めてお留守番
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アウギュステが殲滅されたとギルドから正式に報告があってから数日後、私は依頼を受けるための下準備を行うために朝早くからの指導をジールに頼んでいた。
よって今日の起床時間はいつもより一時間も早い。
ベッドから身を起こすと隣ではソフィアが私の服の裾をきゅっと握って安心したように眠っている。
「今日は朝一緒に居てやれなくてすまないな…」
「ん…ぅん…」
ベッドから出るとソフィアは眠っているが不安そうに眉を少ししかめている。
「まったく、甘えん坊だな」
小声で呟きながら朝日を反射してキラキラと優しくきらめくクリーム色の髪をそっと撫でるとソフィアの表情はまた安心したように和らいだのだった。
なるべく音をたてないように着替えを済ませ、新たに整えた装備の確認を済ませた私は酒場へと続く階段を下りていく。その時、後ろから突然声を掛けられた。
「うみゅ…どこか行くんですかぁ?」
「っ!?…シーナか…今日ジールにいろいろ教えてもらう用事があってだな…シーナ?」
「はぃ?」
寝間着姿で髪を下ろしているシーナはまだ寝ぼけているらしく、返事が夢うつつだ。毎日忙しいのにこんな所で引き留めているのもかわいそうだな。
「ソフィアの事、頼む。私は夕方まで帰れないのでね」
「りょおかいですー、いってらっさい」
「ああ、行ってきます」
私はシーナと別れてカナリヤを出たのだが、ソフィアの事が気が気で無かった…
知らないうちに私も過保護になってしまったのだろうか…
朝六時辺り、この時間になるとリサやシーナは起きて店の準備を始める。
そして、ソフィアが起きる時間でもあった。七歳の少女にとっては少々早いかも知れないがソフィアはその分夜の十時には就寝してしまう程の健康ぶりだ。
「ん…テト?あ、あれ?」
ソフィアはいつもテトがいるはずの場所にテトがいないことに不安感が募っていく。昨夜テトが今日の事をしっかり説明していたのだが、少し寝ぼけているソフィアの頭には全く覚えていなかった。
「テト…テトぉ…どこ行ったの?ソフィ…怖いよ…」
普段はあまり泣かないのだが大好きなテトが居ないことはソフィアにとって大事件だった。
ソフィアは布団を抱きしめてうずくまってしまう。よほど不安に感じているのであろう。
すると、ドアがゆっくりと開かれてシーナが顔を覗かせた。
「ソフィ、起きてる?」
「うぅ…シーナ?」
「ソフィ!?」
大粒の涙を浮かべているソフィアに驚いたシーナは慌てて駆け寄って問いかける。
そして一言一言説明するソフィアの話を理解したシーナはほっと胸を撫でおろした。
「テトさん、ジールさんとお仕事に行くって言ってたでしょ?」
「え……あっ!」
ソフィアはやっと思い出したのか泣きそうだった顔を輝かせる。
「もう、おっちょこちょいなんだから~。今日は私とリサさんと一緒にお留守番してよーね?」
「うん!わかった」
ソフィアの機嫌が直ったのでシーナはソフィアの身支度を手伝ってあげる。
基本的にソフィアの服をリサが用意して髪形をシーナが整えているので、今日のソフィアの服装は白地に青色のチェックの柄が入ったロングスカートのワンピースに緩いピンク色のカーディガンだ。
季節は11月と季節的に寒くなってきてるのでカーディガンを羽織って、白色のロング靴下も履いている。
「うんうん!よく似合ってる!」
「そーお?」
ソフィアはその場でくるくると回りながらふわりと舞うスカートを見て照れ隠しをする。
「おいで?髪の毛やったげるから」
「はーい!」
すっかり元気を取り戻したソフィアはシーナの膝に座ると鼻歌を歌いながら嬉しそうに目を閉じる。
「今日はどんな感じにしようか~」
「今日はお手伝いするから動きやすいのがいい!」
「ん!わかった、お姉ちゃんに任せなさい!」
シーナはソフィアの髪を櫛で梳きながらふあふあの後ろ髪を纏めて、いつものシュシュでくくってあげる。今日のソフィアの髪形はリサと同じポニーテールだ。
ふあふあな毛質ゆえに動くたびに優しいにおいが漂ってくるようだ。
「しっぽ!しっぽが出来たよ!」
「あははっ、そうだねしっぽだね~、じゃあ下りよっか!朝ごはん食べよー」
「うん!シーナありがとう!」
「い~え~、どういたしましてっ」
厨房わきのテーブルでトーストをかじるソフィアを見たリサが髪形がいつもと違う事に気づく。
「あれっ、今日は違う髪形なんだね~」
「うん!シーナがやってくれたの!」
「そっかそっか、じゃあ今日はお手伝い頑張らないとね♪」
「はーい!」
リサは横で加熱器の魔道具で温めたホットミルクをふーふーと冷ましているシーナにソフィアに聞こえないように小声で話しかける。
「ソフィアちゃん、どうも無かった?」
「はい…まあ最初はテトさんが居なくて取り乱してたんですけどすぐに機嫌よくなったので」
「そっか…やっぱりまだ気を張ってるのかなぁ」
「そこまではちょっとわからないですけど気にかけておいた方がいいです…よね」
「そうね、できるだけ軽いお手伝いさせて気を紛らわせてあげた方がこの子の為にも良さそうだし」
「りょうかいですっ」
そんな二人の相談はいざ知らず、ソフィアは食べ終わった食器を洗い場に運ぶと洗剤と柔らかいスポンジで汚れを洗い流す。
そしてそれが終わるといつものエプロンを着て準備完了だ。
いつものサイドアップではないのでまた違った雰囲気を醸し出している。
「リサ、ソフィ何したらいいの?」
リサの元に近づいて尋ねるソフィアにリサは優しく笑顔で答える。
「えっとねー、そうだ、今日は配膳をやってみようか」
「いいの?」
ソフィアは今まで食べ終わった食器の片付けばかりやってきていたので料理を配膳するのはちょっとした冒険だった。
「怪我しないように気をつけてね?無理だと思ったらすぐに近くの大人を頼るのよ?」
ソフィアは顔を輝かせながらこくこくと頷く。
「よしっ、じゃあ開店時間までシーナのお仕事手伝ってあげて?」
「はーい!」
主にホールの準備をしているシーナの元にとてとてと走っていく小さな天使にリサは不安も去ることながらその愛らしさに心が浮くような気持ちを味わっていた。
「あの子は相変わらずだな」
「そう?私にはちょっと無理してるように見えるかな」
アランが厨房から顔を出してソフィアを見て呟く。
「アランさん、今日もソフィアちゃんのお菓子よろしくお願いしますね!」
「ああ、任せろ」
アランは胸を張って答えると厨房にもどって下準備を続ける。
ソフィアとテトがカナリヤにきて1ヶ月とちょっと、みんなソフィアの事がとても大切な存在となっていた。
ソフィアは七歳と言う年の割にとても賢い子だった。彼女を虐げた環境のせいもあるだろうが、人一倍周りの目を気にしているのだ。
そして表情を読み取るのが上手い。いや、上手すぎると言っても過言ではない。
普段からの癖なためにソフィア自身気づいていないみたいだが、先ほどもシーナやリサの表情から心配されてることを悟ったソフィアは誰よりも明るい笑顔でその心配をかき消そうとしていたのだから。
テトはこのことにうすうす気づいているみたいだが、他の人はまるで気づくことが出来ないでいた。
そして特に忙しくない昼間が過ぎて夕方に差し掛かると徐々に仕事終わりの冒険者が顔を出し始めた。
「こっちビール三つ!!」
「こっちはワインでー」
まず基本的に頼まれるのはお酒でビールやワインが主流だ。
リサとシーナがせわしなくホールを駆け回るのに混じってソフィアもナーシャが次々と金属のカップに注いでいくお酒を両手に一つずつ持って言われたテーブルへと運んでいく。
「んしょ…んしょ…こぼさないようにそぉっと」
ソフィアは集中しながらなみなみと注がれたお酒をこぼさないように一歩一歩進む。
「はい!おじさん達、お疲れ様!!」
ソフィアは目標のテーブルに無事着くと満面の笑みでお酒を差し出した。
この店に来る冒険者はほぼ全員ソフィアの事を知っているので優しくカップを受け取るのだが、ソフィアの人を殺めてしまいそうな笑顔がおじさんたちの心にヒットして思わずお酒をこぼしそうになる。
「嬢ちゃん、今日はいつもと違う髪形なんだな」
「そうなの!シーナがやってくれたの!いいでしょ~しっぽ~」
「ははっ、よく似あってるじゃねえか」
「ありがとー!おじさんもやってみたら?」
「おじさんはまず髪がないからなあ」
中年の冒険者は笑いながら帽子をとると抜け落ちた綺麗な頭が顔を見せてどっと喧騒に包まれる。
「嬢ちゃんも将来こうならないように気をつけろよ?」
「う、うん!わかった!」
ぺこりとお辞儀をしたソフィアは次を運ぶために厨房へと入っていった。
その時、店に来ていた冒険者の気持ちはすがすがしいほどに柔らかい空気に包まれていて、大半が「こんな娘が欲しかった!」と考えたそうだ。
「おいリサ」
「ん?どうしたの?」
「嬢ちゃんずいぶん明るくなったな」
「うん…あの子は大分気を遣っちゃう子だから不安ではあるけどね」
「なるほどなぁ、これからはテトの爺さんがいつもついてやれるとも限らないしなぁ」
「冒険者稼業始めるなら必然的にお留守番も増えるしね」
「外では俺たちも嫌味言われないか気にかける様に皆に言っておくとするわ」
「それはありがたいけど…何が目的なの?」
「目的なんてないさ、ただ嬢ちゃんが困ってる所を見たくないだけだよ」
「ふーーーん?ならいいけど」
ジト目で見つめるリサに酒に酔った冒険者はニシシと笑う。
「あ、あと嬢ちゃんが好きな物持ってきてくれ」
「ただ甘やかしたいだけじゃないのよ!!!」
それから少しして店の扉が開くと、疲弊した表情のテトが帰ってきた。
「ただいま」
「テトさんお帰りなさーい」
「リサ、ただいま。ソフィアは大丈夫だったか?」
「すっごく偉かったんですよー?さすがですね」
リサとテトの会話が耳に届いたソフィアは拭いていたお皿を置いてテトのもとへ走って駆け寄る。
「テトーーー!お帰り~~~!」
「おおう、ソフィア、ただいま」
テトに抱きかかえられるソフィアの笑顔はその日一番の輝きだった。
店が閉店した後の夕食後、私たちはテーブルを囲んで談笑していた。
主にソフィアの事で盛り上がり、当の本人は私の膝の上でニコニコしながらミルクでのどを鳴らしていた。
「さてと、食後のデザートだ!」
アランが私とアラン自身の分も含めたパフェを持ってきた。
「ほあああ!すごい!テトっ、クリームがこんなに一杯!」
ソフィアはさっそくスプーンで生クリームを掬って頬に手を当てて喜んでいる。
「私の分まですまないな、あといつもありがとう」
「いいって事よ」
「そうですよ、それにソフィアちゃんのおかげで売り上げも上がってますからね!」
「ソフィア、大手柄だな?」
「え?ソフィアえらい事したの?」
「ああ、お手柄だ」
そう言ってスプーンに生クリームを乗せて差し出すと、ソフィアは小動物の様にぱくりと食いつくのだった。
九話です。
八話に続き二話連続で最後に落書きを乗せたんですがどうですか?
良ければそちらの感想も頂けたら嬉しいです(笑)
白黒なら毎回挿絵入れられるのではないかとひそかに考えてたりします。
そして今回、待ちに待った日常回ということでワクワクしながら書くことが出来ました!
もうね…ソフィアが可愛すぎて辛いです。ほんと…可愛いんです。
もっともっとソフィアの可愛さだけを書いていたいんですが、流れ的に次はテトのお仕事について書かないといけないのでソフィア回は次々回に持ち越しです…
次回は設定の調整に時間がかかるかもなので週末までに投稿できたらと思います!
PS:ソフィアやシーナの落書きはtuitterにて随時投稿しますので興味がある方は覗きに来てください!
https://twitter.com/arumisyama