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それから私はリンドロースの令嬢としての教育を受けることになった。
勉強自体はそこまで難しくはない。歴史など初めて覚えることではあるけれど、勉強の仕方は前世の物を流用できる。
それにリューディアは頭が良かったらしく、すんなり覚えられる。
前世もこれくらい優秀であれば、人生が変わっていただろうか。
勉強とは別にマナーの方は大変だった。
こちらは前世の記憶が邪魔をする。マナーが悪い大人だったとは思わないけれど、上流階級でやっていけるような家でもなかった。
ふとした時に、庶民根性が顔を出す。それを矯正するのは、一から覚えるよりも難しい。
一日の多くを勉強とお父様からの質問に答えることで過ごす。マナー教育の時にはお母様も顔を出すので、結構な頻度でリューディアの両親に会っていたことになる。
流石は貴族と言うか、気まずい雰囲気を見せることはなく、むしろ私の方が一人で恐縮していた。
とは言え、本当の親子関係かと言われるとそう言うわけでもなく、ビジネスライクな関係と言うのが適当だと思う。
私は侯爵令嬢としてリューディアが行うはずだった役割を果たす代わりに、衣食住を保障してもらうと言った感じだろうか。
それで私は良かったし、むしろそれくらいの方がこちらもやりやすいので助かった。
一度、慣れない環境のせいか、子供に戻ったせいで測り間違えたのか、熱を出して倒れてしまった。
死ぬほどではないにしても、意識が朦朧としていて、誰が看病しているのかわからなかった。まあ、私付きのメイドのアルメだと思うけれど。
治った後お父様から「無理をして体調を壊しては元も子もない」とお小言を言われてしまった。
体調管理は基本だから、私もその言葉を真摯に受け止めた。
◇
熱を出して以降、私の教育は滞りなく進み、10歳になるころには最低限の教育は終わったと言われた。あとは誰に嫁ぐかによってやることが変わる。侯爵家と男爵家では必要な知識や立ち居振る舞いが違うのだから、当たり前なのだけれど。
今後私は王子妃となるにふさわしい教育を受けるようになるのだとか。
何だか嫌な予感がしていたら、お父様の執務室に呼ばれた。
「よく来たなリディ」
「お呼びとのことですが……やはり避けられませんでしたか……」
5年も一緒に過ごすと、お父様も私の存在に慣れたらしく、リディと呼んでくれるようになった。
これで表面上は仲のいい親子に見えることだろう。
お母様も同じで、たびたび母娘でお茶会をするようになった。
マナーの確認がメインで最初は何度も注意されたけれど、今では程よい緊張感の中で歓談できるようにはなった。
貴族として生きていく以上避けられないところなので、お母様には感謝している。
注意も怒鳴り散らしたり、ヒステリックに言われるのではなくて、ちゃんとどこがどう駄目か指摘してくれるのでわかりやすかったし。
さて今は目の前の問題。呼ばれた理由が予想できるだけあって、私のテンションは低い。
「リディの噂が王家にまで伝わって知ったらしい。
王より是非にと話があった」
「それでは、仕方ないですね」
国王からの申し出であれば断ることなどできるはずもない。
果たして強制力のせいなのか、私が頑張りすぎたのかはわからないけれど、ゲームのストーリーからは簡単に逃れられないらしい。
「来週にでも顔合わせになる。心づもりだけはしておけ」
「わかりました」
すっかり馴染んだ貴族の礼をして部屋を後にしようとしたところで、お父様に呼び止められた。
「何でしょうか?」
「いや、何でもない。下がっていい」
「では失礼いたします」
今度こそ頭を下げて部屋を後にした。
◇
数日後、アルベルト殿下との顔合わせが行われる日になった。
いつもよりもめかし込んで王城に行く。
行くとは言っても、ここは王都の貴族街。行くのに時間はかからない。
西欧風のお城は一度時間をかけて見て回りたいところだけれど、今日はそんな暇はなくまっすぐに殿下のところに連れていかれる。
緊張しないためか、綺麗な花々が咲き誇る庭での対面。
殿下は王族らしく見目麗しく、このまま成長したらきっとモテモテになるだろう。
でも、今は睨みつけるように私の方を見ている。
親に勝手に決められた婚約に対して漠然と嫌なのだと思う。
10歳がそう言う年代かは忘れたけれど、結婚相手を親が勝手にと言うのは、地球の感覚でも嫌だ。
王侯貴族としてそれはどうかと思うけれど。
殿下の側にはあとお父様と同じ年代の男性。
お父様も容姿が整っているけれど、この男性も同じくらい顔が良い。
普通に考えれば陛下になるだろう。周りに護衛がいるみたいだけれど、こんなところに出てきていいのだろうか。
私の緊張が増すのでやめてほしいのだけれど。
殿下の様子は気にしないことにして、お父様に促されたので挨拶をする。
「初めましてアルベルト殿下。私はアードルフ・リンドロースが娘、リューディア・リンドロースです」
カーテシーをして挨拶をする。
国王様の前でやるのは緊張したけれど、何とか問題ない範囲には収まっただろう。
それなのに頭を上げた瞬間、ドンと誰かに押された。
突然のことに踏ん張りがきかず、しりもちをついてしまう。
顔を上げるとアルベルト殿下が見下すようにこちらを見ていた。
「お前など知るかっ」
それだけ言った後、走ってどこかに行ってしまった。
これには陛下も予想外だったらしく、一連の流れが終わるまで唖然とした様子で黙っていた。
護衛の人たちは驚いた様子はないけれど、彼らは護衛。主の行動を阻害できるわけがなく、走っていった殿下を追うに留まる。
「馬鹿息子が悪かったなリンドロース侯爵。そしてリューディア嬢」
「子供のやることですから、そこまで目くじらを立てる必要もないでしょう」
お父様が丁寧に話している。当然なのだけれど、いつもと印象が違って驚いた。
お父様の反応を見た後、陛下がこちらを見てくる。
「私もお父様と同意見です。一度もあったことがない者を婚約者にと言われても、なかなか納得できるのではないでしょう。
それに貴族の結婚というものがどういったものなのか、私も理解しているつもりです」
言って頭を下げれば、陛下が笑いだす。
こちらは笑い事ではないのだけれど、不快に思われていないのであれば、ひとまずは良しとしよう。
貴族の結婚なんてものは、仮面夫婦で問題ない。
むしろお互いを慈しみ合う結婚の方が少ないだろう。
お父様とお母様は、その数少ない例だと言える。子供役としてみている分には本当に仲がいい。
それともそれも見せかけなのだろうか?
「アードルフ。できた娘を持ったようだな。アルベルトと同じ年だとは思えん」
「自慢の娘ですので」
「思わぬ収穫だったな。アルベルトの方の問題も浮き彫りになったが……。
こうなってしまっては仕方がない。今日はここまでにする。お披露目の時にまた会おう」
そう言って陛下が歩き出す。
本意ではないとしても、お父様に自慢の娘と言ってもらえたことが、なんだかうれしかった。
考えてみると、日本の親は私を誰かに紹介するときに「自慢」だと言ったことは一度もなかった。それが日本の慣習のようなものだとは、わかっているけれど。
◇
貴族は皆15歳で学園に入学する。だからその前にお披露目として、王城に招かれる。
要するに陛下への顔見世だ。
例外として、エルッキラ嬢のように庶子を迎え入れることがあるが、その時には当主となるものだけは陛下に報告に行かないといけない。
この辺は細かく法律で決まっていて、本当はもっと細かく決められているけれど割愛。
今日はそのお披露目の日であり、学園への入学が近くなったとも言える。
殿下との関係だけれど、あの後謝罪があり一応は決着がついた。
それからは、月に1度のお茶会と手紙のやり取りを続けている。
王子妃教育も始まって忙しくなった合間に出来るだけ殿下に会っているのだけれど、相変わらず殿下は私を疎ましく思っているらしい。
私が王子妃教育を優先していることも気に入らないらしい。
当の殿下の教育は何とか合格点と行ったところらしく、私に突っかかってくる前に自分の勉強を頑張ればいいと常々思っている。
逆に自惚れでなければ、王妃様からは良く思われているらしい。
この国――ヒュヴィリア王国の王妃様もまた、見目麗しい人だった。
王子妃教育のために顔を合わせることが多いこと、リューディアの頭のお陰で王子妃教育も滞りなく進んでいること、あと私が中身大人であることもあって殿下よりも話が合う。
度々「大人と話しているようね」と言ってくるのだけれど、その時ばかりは内心冷や冷やしていた。
陛下も面白がって会いに来るので気に入ってもらえたのだと思う。
リンドロース家の者として恥ずかしくない態度で居られていると良いのだけれど、自分では何とも言えない。今のところお父様から怒られたこともないので、大丈夫だと思いたい。
さてお披露目だけれど、貴族の一般的なパーティと違うのは子供が大勢いることくらい。
この中にアルベルト殿下以外の攻略対象もいるのかもしれないけれど、顔を見ても思い出せなかった。
侯爵家ということで早い段階で陛下のもとへと挨拶に行く。
友好的な国王夫妻とは違い、アルベルト殿下は私の姿を見た瞬間から隠してはいるけれど、機嫌が悪そうだった。
何と言うか、そんなに私が嫌なら入学前に婚約解消してくれればいいのに。
一方的に嫌われているせいで、私からはどうすることもできないし、せめて王族の義務くらいは果たせるようになってほしい。
お披露目が終わって、屋敷に戻る馬車の中でふいにお父様が「殿下とはうまくいっていないみたいだな」と話しかけてきた。
お父様の言う通りなので、私は素直に頭を下げる。
「申し訳ありません」
「いや。構わん。陛下にも話を聞いているが、殿下の方の問題だ」
「ありがとうございます。ですが、予言の状況が整いつつあるということでもあります」
「エルッキラ伯爵家でも、小さいながら動きがあるらしいからな」
つまり令嬢を探そうとしているのか、見つけて受け入れようとしているのかと言ったところだろうか。着々とゲームのスタート時の状況が組み上がりつつある。
「そうですか。あと数年。足掻いては見ますが、準備の方はよろしくお願いします」
「ああ、滞りなく進んでいる」
頷いたお父様に少しだけ安心した。あとは私が破滅しないようにできればいいのだけれど。
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