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 それから数日、私は最低限の自己主張だけで過ごした。

 使用人にはそれこそ、病気のせいで人形のようになってしまったのだと伝えたらしい。

 娘の死とその体に乗り移った謎の存在。数日程度で結論がでるものでもないのは分かるけれど、待たされる側としては結構辛い。


 使用人にしてみれば、手は掛かるけれど基本放っておいて良い相手なので、ある程度決まった時間にしか来ないのは良かった。

 大きな音は立てられないけれど、軽い運動くらいは出来る。

 侯爵家の壁は厚いらしい。


 今日もベッドの上で固まった体をほぐしていたら、いつもは誰も来ないタイミングでドアノブが動いた。

 あわてずにベッドに横になり、人形に徹する。

 ボーッと天井を見ていると「起きて構いません」と声がかかった。


 どこかで聴いたことがある声だけれど、起きろと言われて起きて良いものか分からない。

 かまを掛けられているかもしれない。


「貴女がリューディアではないのは分かっています。

 異なる世界の闖入(ちんにゅう)者」


 そこまで分かっているのであれば、人形のふりは不要だろう。

 体を起こして相手を見れば、初めて目が覚めたときに見えた赤い髪の女性がいた。

 彼女がリューディアの母、つまり侯爵夫人になるのか。


「お見苦しいところをお見せしました。初めましてリンドロース侯爵夫人」

「……本当にリューディアではないのね?」

「申し訳ありません」


 貴族の表情の中にわずかに見えた縋るような何かに、謝らずには居られなかった。

 一瞬の中に深い愛情をみた。私はその中に土足で踏み込んでしまった。


「そう……ね。リューディアはそんな表情はしないもの。

 座り方も違う。わたくしを見る目も違う。貴女は本当にリューディアとそっくりなだけの他人なのね」

「申し訳……」

「いいえ、謝らないで。代わりに教えてちょうだい。

 貴女は何故死を望むの?」


 死を望む? そんなことはない。死ぬのはいやだ。怖いのだ。

 だけれど、確かに死ぬ覚悟はしている。それはどうしてかなんて、難しい話ではない。


「お言葉ですが、私は死を望んではいません。

 死ぬことは怖いのです。とても、とても。

 ですが、侯爵様が望むのであれば、死ぬ覚悟は出来ています」

「何故? 怖いのでしょう?」

「私はリンドロース家における異物です。きっとご家族の幸せを壊す存在になるでしょう。どれだけリューディア様に似ていても、私はお嬢様ではありません。


 私がお嬢様に成り代わることができれば、穏便に済んだかもしれません。

 ですがそれは叶いません。侯爵ご夫妻は私の稚拙な演技など見抜くでしょう。

 仮にすぐにはバレずとも、どこかで歪みが生じてしまうかもしれません。


 そうなった場合、最悪全員が不幸になるでしょう」


 私の演技など簡単に見抜いてしまうほどに、侯爵夫妻はリューディアを愛していた。

 最初は病気のせいだと騙せても、どこかでぼろが出る。


「万が一、私の演技がうまくいったとして、一生バレずに過ごせてもリューディア様の名誉は汚されてしまいます。

 いえ……違いますね。誰かの人生を横から奪い取るような行為を意図せずではありますが、行ってしまったことが耐えられないのです。

 死をおそれる私が、誰かを殺して成り代わるなど、出来るはずがないのです。


 それに私はもとより死んだ身です。ここで殺されたとしても、正しい状態に戻るだけなのです。

 ですから、私のことは気にせずに、どうぞ侯爵ご夫妻が良いと思う選択をしてください」


 まっすぐに侯爵夫人を見て、一気に話す。

 それくらいしないと話せないような気がしたから。

 時間をかけると、体が震えてしまうかもしれないから。


 リンドロース侯爵夫人は表情を変えることなく、口を開く。


「貴女の気持ちは分かりました。

 貴女がどのように生きていたかは分かりません。ですがここはリンドロース侯爵家です。

 リューディアはその第一子でした。その価値がいかほどのものか、少しは理解できますか?」

「想像の域はでませんが」

「今はそれで構いません。中身が変わってしまっても、貴女に流れる血はリンドロースのものです。

 貴女にはリンドロースの子としての義務を負ってもらいます。

 リンドロースの名に恥じぬ淑女になってもらう必要があります。貴女にその覚悟がありますか?」

「それを選択されるなら」


 私は私を捨てることくらい構わない。

 だって既に私は死んだのだから。前世にこだわっても意味はない。

 私はただ死を恐れているだけの存在。生かしてくれると言うのであれば、精一杯それに報いよう。


「侯爵夫人1つお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「貴女は今よりリンドロース家の子です。わたくしのことは母と呼びなさい」

「……わかりました。お母様。ですが、この問いが終わるまでは、闖入者とさせてください」

「聞きましょう」

「リューディア様にご兄弟はおられますか?」

「生まれたばかりの弟が居ます」

「では、リューディア様に向けられるはずだった愛情は、その子に」

「……分かりました。侯爵にはわたくしから伝えることとします」


 リンドロース侯爵夫人――お母様はそう言って、部屋を出ていった。




 後日、私の部屋にリンドロース侯爵――お父様がやってきた。

 本当なら私が向かうべきなのだろうけれど、未だに私の病気は治っていないと言うことになっているから、一人で向かうことは出来ない。

 今更なのだけれど、どうやら今のリューディア(今の私)は5歳らしい。学園が15~18歳までにあって、卒業したら成人として扱われる。

 学園に行かなければ15歳から見習いで、18歳になった段階で成人になる。


 ゲームのスタートはヒロインが17歳の時。

 平民として暮らしていた彼女が、実は貴族の子どもだったと判明し、彼女が優秀だったために入学が許可された。

 ゲームだと最初に編入試験があり、その成績でヒロインのステータスが決まる。


 編入に必要な点数は既に取っているものとして、ヒロインの得意不得意などを決めるための制度だったのだろう。

 内容も4択で調べたら簡単に答が分かるようなものばかりで、賛否はあったけれど私は好きだった。


 成績次第では攻略不可のキャラクターも居て、ゲーム性はなかなかのものだったと思う。

 問題の内容はランダムでそんなにプレイしたことのない私は、終ぞ満点を取ることは出来なかった。


 エンディングが卒業式で、最終学年の1年間がゲームの本番となる。

 要するにあと12年ほどでゲームが始まり、13年ほどで命運が決まる。


 今日はそのあたりについて、話が出来れば上々だろう。


「マルティダから話は聞いた。これからの話をする」

「わかりました。マルティダ様とはお母様のことでよろしいですか?」

「……そうだ。私はアードルフ。お前の父になる」

「はい。お父様」

「それから正式には変えられないが、お前の名前はリーデアとし、我々はリディと呼ぶことにする」


 リューディアと私は別の存在として、でもリューディアとして扱わなければいけないから、似たような名前にしたということだろう。

 何にしても私は粛々と受け入れるだけ。

 一度死んだ以上前世の名前には拘りはなく、リューディアという名前にもあまり思い入れはないから気にならないというのもある。


「公式の場以外ではリーデアを名乗ればいいのでしょうか?」

「……いや、基本的にはリューディアを名乗っておけ」

「畏まりました」


 お父様は複雑そうな顔をするけれど、心中は察せるので素直にうなずくだけにしておいた。

 数日かそこらで、私と言う異物を認めるというのは難しいのだろう。

 侯爵家当主と言っても、まだ30代にもなっていないだろうし。下手したら、私が死ぬ前と同い年ではないだろうか?


 そんなことを考えていたら、お父様が精悍な顔をこちらに向けていた。


「リーデアには侯爵令嬢として相応しくなるように、明日より家庭教師のもとで勉強してもらう」

「わかりました」


 5歳からが早いのか遅いのか私にはわからないけれど、弟に愛情を向けてほしいとお母様に頼んだ以上、私を押し付けておくにはちょうどいいのだろう。

 私も今後この世界で生きていくうえで必要になるだろうし、私のせいでこの家にケチをつけるつもりもないので真面目にやるつもりだ。


「それで我がリンドロース家が没落するとはどういうことだ?」

「私もそのことについては詳しくお話ししたいところでしたので、尋ねていただいて助かります。

 お答えするために、今一度確認させてください」


 私の心を見透かすような、鋭い視線を向けるお父様に、私はあらかじめ考えていたセリフを伝える。


「私を生かしておくと、没落する恐れがあります。

 それでも私を生かしますか?」

「生かさぬと言えば、話さないということか」

「無駄になってしまいますから」

「構わぬ。まずは理由を話せ」

「恐れながら、私はこの世界に来る時に断片的かつ限定的な予言を授かりました。

 例えばお父様は私をアルベルト第二王子と婚約させようとしていませんか? もしくは王家の側から乞われていませんか? そうでなければすでに婚約することになっていませんか?」

「どれも違うな」


 お父様が胡乱げな目を向けてくるけれど、残念ながら私が覚えているのは、リューディアが第二王子と婚約することだけ。

 いつしたのかとか、どのような経緯でしたのかとかは分からない。


「では、今後そうなる可能性があります。そうでなければ、予言は外れたとして心配することはないでしょう」

「リーデア。お前が王子と婚約したらどうなる」

「信じていただけるのですか?」

「婚約の話は出ていないが、リューディアはアルベルト王子の名すら知らないはずだ。

 もちろんリーデアも知る機会はなかっただろう。だとすれば、一笑に付すことは出来んよ」


 これは私を信用してくれた、ということなのだろうか。

 聞いたうえで判断するということかもしれない。

 どういうことにしても、私は私が話せることを伝えるだけだ。


「詳しくお話しします。私が授かった予言は、私が学園の最終学年でのことです。

 その時には私と王子殿下は婚約していました」

「だからアルベルト殿下と婚約の話をしたんだな?」

「はい。ですがどのような形で婚約に至るかは私にはわかっていません。

 そして最終学年になった時に、転入生が来ます。名前は分かりませんが、エルッキラ家の令嬢です」

「エルッキラ伯爵家か、あの家に娘は居なかったはずだが?」


 お父様の瞳に疑いの色が現れる。


「彼女は伯爵と平民との間で生まれた子です。現在は市井の人として暮らしているでしょう。

 その子の親が亡くなり、伯爵家に引き取られたといった話だったと思います。

 予言は基本的に彼女がどう動くかによって、大きく変わりました。リンドロース家が没落するのは、その中の1つです」

「行動と言うのは具体的にはどうなっている?」

「彼女が誰と恋をするかです」


 お父様は眉を顰めて、その瞳は私を信じるべきか、信じざるべきかで揺れているように見える。

 お父様は根っからの貴族。1人の恋のせいで没落すると言われても、意味が解らないのだろう。


「リンドロース家に影響するのは、彼女がアルベルト殿下に恋をした場合です。

 私は罪を着せられたうえに断罪・処刑され、婚約者を奪われます。

 その時の悪評とリンドロース家が行った不正が表沙汰になったことで、没落していくことになります」

「没落を回避する方法をリディ。お前はどう考える?」

「まずエルッキラ伯爵令嬢が見つからなければ、今言った未来は起こり得ません。

 それからアルベルト殿下との婚約がなかったとしても、同じことが言えるかと思います。

 根本的なところを断ってしまうという意味では、私を殺すのも1つです」

「それで……か」


 お父様が何かつぶやいたかと思うと、考え出す。

 話を続けていいのかわからないけれど、とりあえず話して、後で聞かれたら答えるようにしよう。


「策を講じても予言の通りになってしまった場合には、出来ることは少なくなります。

 私は罪を犯すつもりはありませんが、犯さずとも私がしたものとして扱われる可能性が大きくなるでしょう」


 いわゆる強制力というものだ。

 悪役令嬢であるリューディアが既にその強制力から抜け出したような状態なので、どんな行動をとっても未来は変えられないということはないはず。

 だけれど、どんな道筋を通っても結末は同じということもある。


 強制力など全くない可能性もある。

 この世界がどれだけゲームに則しているのか、現状では判断はできない。

 だからと言って、知りながら手をこまねいているというわけにもいかない。


「私を殺さないというのであれば、アルベルト殿下とエルッキラ伯爵家の動向には気を配っていてください。

 そして、エルッキラ伯爵令嬢とアルベルト殿下の噂が流れ始めた段階で、私を切り捨てる準備をお願いします。

 私がリンドロース家ではなくなれば、お父様やお母様に類が及ぶこともないでしょう」

「わかった。そのように手配しよう。だが、リディが本当に別の世界から来たのであれば、その知識を提供してもらう。良いな?」

「私にできることであれば、喜んで」


 確かに地球の方が文明のレベルは高いのかもしれない。だけれど、この世界の方が優れているところもあるだろう。

 下手に技術を用いればそれだけでこの世界を混乱させるかもしれないが、お父様が取り入れるべきところ、取り入れなくていいところを判断してくれるのであれば下手なことにはならないはずだ。


 リンドロース家が不正をすることなく栄えるのであれば、私は協力することにためらいはない。


「話はこれで終わりとする。今よりリーデアとは親子関係となる。そのつもりで接するように」

「わかりました。お父様」


 そうしてお父様との話し合いは終わった。

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