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エッセイ

鹿児島で生きること

作者: 柊 紫音

 夕方、大隅半島の垂水港からフェリーに乗り込む。鹿児島市へ帰るためだ。夕方とは言っても、季節はもうすぐ冬、外はもう既に暗くて夜の海は黒々としていた。


 動き出したフェリーの中で私は海が見たくなり、雑談に興じる仲間の輪を抜け出しデッキへ出た。右を見れば、垂水市の灯り。左を見れば、鹿児島市の明かり。下は黒々とした海。上は曇り空。

 海風に吹かれながら、ぼーっと海を眺めていた。深く考えずに参加した農作業の手伝い。仲間が増えて、お土産もたくさん貰って、何をしに行ったのだろうか――。

 そんなことを考えていると、桜島が正面に見えてきた。ちょうど噴火したのだろう。硫黄の匂いが鼻まで届いた。鹿児島に来てから、桜島の火山灰は厄介者にしか思えなかった。硫黄の匂いがしていると、また噴火か……と溜息をついていた。窓を開けていると風と一緒になって勝手に入ってくる灰や、自転車のサドルをうっすらと白くする灰。ほんとうに困りものだ。


 でもこの日はちょっと違った。硫黄の匂いを吸い込みながら「あぁ、私は鹿児島に生きているんだな」そう感じた。鹿児島に生きることを受け入れられたような、私の存在が鹿児島に受け入れられたような、そんな感覚に襲われた。


 すぅっと硫黄の匂いと潮の匂いが混じった空気を吸い込んだ。肺が鹿児島で満ちていく。

 辛いこともある。でも今日みたいに楽しいこともある。そんな毎日を繰り返しながら四年間を過ごすんだろう。


 そんな風に思っていると、もうすぐ鴨池港に着くという放送が入った。ちょっぴり泣きそうな、そんな気持ちを押し込んで仲間の輪の中に戻った。「何してたの?」「海を見てた」そんなやりとりをしつつ下船の準備をする。

 なんとなく非日常な一日が終わってしまうのが淋しくなった。あぁ、もうこんな風に「鹿児島で生きている」なんて思うことは無いんだろうな、なんて曖昧なそれでいて確固とした確信を抱えて船を降りた。


 さよなら、あの時の私。たぶん私は、鹿児島で生きるということに違和感を抱えながら生きていくのだろう。

 どれだけ長く過ごしても第二の故郷なんて思うことは無いだろう。それでも鹿児島と言う土地は、私が4年間を過ごす町だ。大人になってもそれなりに身近な場所ではあるだろう。


 夜の桜島に会うなんて、最初で最後だ。そんなことを思いながら、灰と潮でゴワゴワになった髪を洗っていた。


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