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ホーム・アローン~原田朋晴の場合~

作者: 九川ナノ

 毎年この時期になると放送される外国の映画。クリスマスの夜、一人で留守番することになった少年がさまざまな事件に巻き込まれる話。今年は、キッチンの冷蔵庫がなぜかサンタの国につながって、少年が連れて行かれてしまうという話だった。

 家族が出払っているのをいいことにリビングでテレビゲームに勤しむ少年の背後で、がたがたとドアを叩くような物音がして少年が振り返る。台所の冷蔵庫の扉が少し開いていた。少年はゲームを中断し、扉を閉めにキッチンへと向かう。細い隙間から冷気を吐き出す冷蔵庫の扉に手を伸ばした刹那、冷蔵庫から大きな手が突き出した。謎の手は少年の手首をがっしりと掴み、そのまま少年を冷蔵庫の中に引きずりこんでしまった。誰もいなくなったリビングに、テレビゲームの安っぽい電子音だけがむなしく響く――

 ソファの上で膝をかかえてテレビを凝視していた朋晴は、閉ざされた白い扉がズームアップされていく様子に堅い唾を飲み下した。

 奇しくも今夜の朋晴は、テレビの中の少年と同じ状況だった。両親は今日に限って遅くまで仕事だし、兄の悠仁はサッカークラブの仲間と遊びに行ったきり帰ってこない。まだ夕方の七時前とはいえ外はもう真っ暗で、家の中は不気味なくらい静まり返っている。

 人気のないリビングにゆっくりと視線をめぐらせる。今朝からテーブルの上に出しっぱなしになっているケーキの箱だけがこの不気味な静けさとは対照に華やかで、そこだけ周囲から浮いていた。カウンターの向こうの薄暗い台所には、テレビで大写しになっているものとよく似た、けれどあちらよりいくぶんか小さい冷蔵庫が、ぶうんと低いモーター音を響かせてたたずんでいる。

 本当に一人きりなのだということを改めて認識するとなんだか急に心細くなって、ボリュームを上げようとソファから身を乗り出した。

指先がテレビの音量調節ボタンに触れる直前、かすかな物音が聴覚に引っかかった。がたがたとドアを叩くような音。

 始めは、テレビの音だと思って気にも留めなかったのだが、どうやら音は背後から聞こえる。テレビに手を伸ばした中途半端な格好のまま、ぎくしゃくと台所を振り返る。リビングの明かりを跳ね返してうっすらと光る冷蔵庫の白い扉が、少し開いていた。既視感が背中を駆け上がって、首筋がすうっと寒くなる。

 閉めなくちゃ。弾かれたように体を起こして、立ったついでだからケーキも冷蔵庫に戻しておこうと箱を手に取り、早足で台所に足を踏み入れる。キッチンには薄く開いたドアの隙間から吐き出される冷たい空気が停滞していた。足首にまとわりつく冷気に肩を震わせ、冷蔵庫の前に立つ。目をつぶって、勢いよくドアを開いた。

 恐る恐る目を開けて覗き込んだ冷蔵庫の中は、雪降るサンタの国につながっているなんてことはなく、悲しいくらいに空っぽの、いつものうちの冷蔵庫だった。

 無意識に止めていた息を吐き出して空いた棚にケーキの箱を置き、ちょっと強めに扉を閉める。ほうらやっぱり何もなかったじゃないかと安堵すると同時に、なんだか拍子抜けした。心持軽い足取りできびすを返し、リビングに戻ろうと冷蔵庫に背を向ける。

 そのときふと、スカートの裾が何かに引っかかってぐん、と引き戻された。え、と頭に疑問符を浮かべて首を回す。

 たったいま閉めたはずの冷蔵庫から白い手袋をはめた大きな手が突き出して、朋晴の服をつかんでいた。

「ひゃっ……」

 声にならない悲鳴を上げて手を振り払おうと暴れてみるが思いのほか力が強く、容易には振りほどけない。足に力が入らず、引っ張られるままに尻餅をついてしまった。途端に体は冷蔵庫に向かって引き寄せられる。

「やだ、やっ……たすけてっ」

 声を上げても答えてくれる人は誰もおらず、悲鳴は静寂に飲み込まれて消えた。細く開いたドアの隙間から、にやりと笑う赤い服のおじさんの顔が見えた。足を踏ん張って必死に抵抗しても、口をあけた白い箱は目前に迫っている――

 ばたん!

 ひときわ大きな音が部屋中に響いて、「きゃあっ」ソファの上で朋晴は飛び上がった。え、ソファ?体を起こしてあたりを見回す。さっきまで冷蔵庫の前にいたはずなのに。けれど、付けっぱなしのテレビは映画の続きを映してちかちかしているし、時計はもう夜の八時を示している。夢……だったのだろうか。どこからが夢でどこからが現実だったのか、まだ思考回路がつながらない。

 ぼんやりした頭のままで音のした方を見ると、「あれ、ハル。どうしたの」廊下から赤い鼻をした兄の悠仁が顔を覗かせていた。

「れ、れいぞうこが……」

「冷蔵庫?」朋晴が震える声で示すほうを見て悠仁が首を傾ける。それからすたすたと台所へ入っていって冷蔵庫を開け、「なにもないけど」

「で、でもさっき音がして……っ」

 急いで冷蔵庫に駆け寄り、兄の背に隠れるようにして肩越しに中を覗きこむ。確かにサンタのひげ面も大きな袋も食べ物も、なにもない。けれど何かが頭の隅で引っかかっている。

「あ、」

 よく見ると、テーブルに出しっぱなしだったはずのケーキの箱が、いつの間にか冷蔵庫の中で大人しく座っていた。

オフ会用に書いたのが2009年とかでした。

当時のものをそのまま掲載します。

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