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幼馴染が勇者を好きすぎてヤバいんだが  作者: nau
第一章『鐘の音は高く』
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6 人の人生にとやかく言うつもりはないので


 ラミエラと合流し、俺、ブート、キイナ、ラミエラの四人で宿舎三階のファナの部屋へと向かう。

 今日はファナの誕生日であり、皆でプレゼントを持ち寄ってお祝いをしようとのことだった。言い出したのは俺とラミエラで、ブートとキイナがそれに加わった。


「ファナの部屋に行くのは初めてだな」


 階段を登っているとブートが呟いた。


「変な想像をするな」

「してねぇよ」


 キイナはいつもの調子でブートにお叱りを入れ、ブートは不機嫌そうになる。


「ストラはファナ部屋に入ったことあるのか」

「一度だけな」

「どうだったよ、幼馴染の部屋は」

「どうって、まぁ行けば分かるよ、ハハハ……」

「何でそんな苦笑いしてんだ?」


 ラミエラは持って来たプレゼントを確認中。俺も手に下げたプレゼントに視線を落とす。人形屋で買い付けた一点ものなので、運ぶにも慎重を期せざるを得ない。


「ところで我らが同士よ。一つ提案があるのだが」


 俺の肩に腕を回し、ひそひそ声でブートが話しかける。


「プレゼントについてなんだが、どうだろう、ここは二人で一つのプレゼントを買いました作戦で行かないか」

「あんたほんとに最低ね。そのまま地獄の釜で茹でられて死ねばいいのに」


 背後から聞こえる声にも耳を貸さず、ブートは作戦の締結を申し出る。


「だめだ。これは俺がファナのために買ったんだ。他の奴にはやらねぇよ」

「なるほど、じゃあこれでどうだ。プレゼントは二人のもの。しかし俺の持つ秘蔵コレクションの半分は今日からお前のものだ」

「それも却下」

「頼むっ、どうか慈悲の心でもって私めに救済を!」


 そうこうしている内にファナの部屋の前に到着し、一呼吸を置いてから俺は扉を叩いた。中から声がして、薄く開いた扉からファナが顔を出した。


「何かご用?」


 少し暗めの口調で用件を聞くファナ。俺は前に立ってもう一度深呼吸した。


「その、えっと……、た、たたた」


 何故だ。言葉が出ない。この日のために練習してきたあの言葉がここに来て喉に詰まる。


「しっかりして」


 俺の背中をポンポンと叩きながらキイナが小声で言った。

 満を持して言葉にするのだ。この日のための血の滲むような努力を無駄にするな。俺は心を鬼にして己を鼓舞した。


「たたん…じょうび、お、めでとぉう」

「ん、何て言った?」


 俺の言葉が完全に風に流れて消え去った。もう一度、もう一度だ。腹筋に力を入れ、顔を真っ赤にしながら俺は言う。


「た…」

「誕生日おめでとうっ! 今日はね、ファナさんの誕生日を祝いに来たの」


 その瞬間、俺の胸の中で何かが砕け散る音が聞こえた。ラミエラの完璧なまでの言葉を聞き、ファナも驚いた表情を浮かべる。


「ありがとう」


 とてつもなく可愛かった。


「そっか、来てくれたんだ。で、どこでやるの?」

「一応、ファナさんの部屋でって思ってたんだけど」

「そうなの。でも私の部屋はちょっと」

「固いこと言うなよ。お邪魔しまぁす」


 ブートが扉を開き、なだれ込むように俺たちはファナの部屋に入った。

 見習い兵の内、自分の個室が与えられるのは上位十名まで。当然ながらキイナも個室であり、ブートもそれを手にする権利は持っているが、一人じゃつまんねぇと言って自分から相部屋を希望したのだった。

 ファナの部屋に入るのはこれで二度目。ラミエラは何度か入ったことがあり、キイナとブートはこれが初となる。


「こ、これが、第一位の部屋……」


 部屋に入って直ぐにブートは目を丸くする。キイナも言葉を失い、俺も少しばかり驚いた。

以前よりもグッズが増えている。


「何なんだ、これは……。右を見ても、左を見ても勇者勇者勇者。アスタ=クレイエルだらけだ」

「様を付けなさい、様を」


 ファナからのご指摘があり、ブートは硬直したまま、はい、と返事をした。


「遂に見られてしまったわね、私の楽園を。今までストラとラミエラにしか知られていなかったのに、ちょっとだけ恥ずかしい」


 両手を頬に当て、もじもじと体を揺らすファナ。

 ワンルームの部屋には、タンスとテーブル、それに本が並べられた机が置かれ、部屋の隅にはファナ愛用の短刀二本が立てかけられている。そして、そのテーブルやタンスの上には所狭しと勇者アスタ=クレイエルのグッズが並び、壁にはポスターと金の額縁に入れられた絵画が飾られていた。


「いや、世界観おかしいだろっ!」


 ブートが叫んだ。俺は部屋を見回してグッズの数を数えてみた。前よりも十個ほど数が増えている。

 キイナはひきつって笑うほかなく、ラミエラは輝く瞳でそれらを眺めている。


「もう一度聞くけど、ラミエラ。戻ってくる気は本当にない?」


 ラミエラは両目をきつく瞑り、固く握った拳を胸の前で合わせながら声を絞り出した。


「……戻りません」

「そう、少し残念だけど仕方ないわね。今日はみんな集まってくれてありがとう。くつろいで行って」


 どうやって、と俺にしか聞こえない音量でブートが言葉を漏らした。テーブルの周りに腰掛けると、ブートが絵画の方を指差した。


「あれって、フィリア王女じゃないのか」


 絵画に描かれていたのは、勇者アスタ=クレイエルともう一人。オリガナ王国の第一王女であるフィリア=オリガナティー様だった。白いドレスを着た美しい姿でアスタ=クレイエル様の隣に並んでいる。第一王女と勇者の浮世話は巷のゴシップ好きにはたまらないネタだった。


「そうよ、それが何?」


 ブートの首筋に鋭く尖れたナイフが向けられる。背後に立つファナが先程まで壁に立てかけられていた短刀を抜き去り、それを無礼者の首筋に添えたのだった。


「今すぐにでもアスタ様だけを切り抜きたいところなんだけど。絵画だし、そこそこお高い品だから手を出せなくてね。わかるでしょ」

「はい、凄くわかります」

「分かってくれてありがとう」


 血の気が引いたブートの顔を俺はその時初めて見た。

 ファナがお茶を持ってくると、俺たちは各々が買ってきた物をテーブルに並べた。初めにキイナがケーキを出し、バースデーソングと共にファナが蠟燭を吹き消した。続いて、ラミエラが限定版の勇者ポスターのプレゼントを渡し、続いて俺とブートが二人で買ったと無理やり進言された品をファナに差し出した。


「こ、これは……幻の」


 ファナが驚きのあまり口を半開きにし、隣に座っていたラミエラもこの一品に驚愕した。


「これをどこで」

「まぁレプリカだけどな。オリジナルじゃない」

「それでもこのクオリティ、この臨場感。凄い作品だよ。もしかしたら本物を越えるかもしれない」

「それならよかったよ。人形屋の人とは仲良くしとくもんだぜ」


 三か月にも渡る交渉(ただひたすらに頭を下げ続けた日々)の末に手に入れたのは、第二次魔王大戦時、リデリアの地にて『銀泉の剣』を抜き取った際の勇者をイメージして作られた最高傑作のフィギュアのレプリカだった。


「これは私も噂でしか耳にしたことのない一品。ストラ、ありがとう」


 目にうるうると涙をためながら、ファナが感謝してくれた。それだけで俺は天にも昇る気持ちになった。この日のために綿密に計画された作戦は、このファナの笑顔を見た瞬間に完遂された。長く苦しい日々を越え、俺はようやく終末の楽園へと足を踏み入れたのだった。


「まさか第一位のファナにこんな趣味があったとはな」

「趣味じゃない。これは私の人生よ」


 それからの楽しい時間は俺にとっての一生の思い出となった。仲間と共に祝った宴は夜まで続き、他愛のないお喋りをしながら消灯の時間を迎えたのだった。



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