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幼馴染が勇者を好きすぎてヤバいんだが  作者: nau
第一章『鐘の音は高く』
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5 特別訓練はちょっと憂鬱

「今日は予定してた基礎体力向上訓練を取りやめて、特別訓練を行います。全員このまま第二訓練場まで移動してください」


 質問をする間もなく、担当教官であるリトリル先生は訓練室を後にした。部屋に残された俺を含む見習い兵たちは、何も知らないままに第二訓練場へと向かうこととなった。


「特別訓練だって、何だかわくわくするね」

「何ではしゃいでんだよ」

「だって、特別だよ特別。響きだけでいいよね。毎日『基礎』と名の付く訓練しかしていない私たちにとってみれば、見せ場を作るチャンスよ」

「ねぇよ見せ場なんて、それにたぶん建国祭関連の話だろうぜ」

「あ、そうか。でも面白そう」


 一人だけウキウキ気分で廊下を進むラミエラの横で俺は小さく息を吐いた。周りの連中も皆浮かない顔をしている。

 ラミエラの言う通り、特別と名の付く訓練とは途方もなく縁遠い俺たち最底辺クラスでは、こういった訓練は価値ある経験を積めるある種のチャンスとも言える。ここにいるのは見習い兵になってから一向に芽が出ず、日々劣等感に苛まれ続けている者たち。

 彼らとてこのままここでくすぶっている気などさらさらない。今すぐにでも上位のクラスに入り、自分の鍛えて立派な兵士になりたいと思っているに違いない。

 しかしそんな彼らであっても、大半はこういった特別訓練に対して前向きな気持ちでいる者はいない。チャンスというよりも苦行として捕えているに違いないのだ。

 なぜならば、特別訓練は通常行う各クラスごとでの訓練とは違い、合同訓練であることがほとんどであり、最底辺クラスと名高い俺たちのクラスは他のクラスの連中と接触した場合、決まって、いざこざが発生するからである。

 それも一方的な厄介ごとである。


「おい見ろよ。訓練学校のゴミ共が来たぜ」

「あぁ、いつ見ても貧相な連中だぜ」


 いつもと変わらぬ黒い声援を受けながら俺たちはクラスごとの列に並んだ。並び順はそのままクラス内での順位を示しており、末端の俺は当然ながら最後尾に並ぶこととなった。


「まだいたのかよ、あいつ」

「万年ドベの奴だろ。まだいられるとはな、どんな神経してんだ」

「頭の方も救いようがなさそうだな」


 周りの何処からか聞こえてくる声を無理やりシャットアウトし、俺は沈黙直立で前方だけを見ていた。


「あっ、ファナさ~んっ!」


 俺より八人前に並んでいたラミエラが何かに気が付いたように振り向いて手を振った。俺や他の見習い兵も釣られてその方向を振り向き、その瞬間、緊張感が辺りを包み込んだ。

 振り返った先にいたのは、俺と同じ見習い兵の一団だった。ただ一つ違うとすれば、彼らとその他全員との間にある階級クラスという絶対的な地位だろう。

 見習い兵の分際で大袈裟だというかもしれないが、エリートコースを進む者たちと一生積荷運びの仕事しか与えられない者とでは、それは歴然の差と言えよう。

 ともあれ、そこまでの差は通常あり得ないことだ。あり得るとするならば、万年ドベと名高い俺ぐらいだろうとはさすが思いたくはない。


「ラミエラっ!」


 ラミエラに気づいたファナが笑顔で手を振っている。あんな笑顔を見たのはいつぶりだろう。

 列を外れてラミエラがファナの方へと駆け寄っていく。

 少々驚かれる方もいるかもしれないが、ラミエラとファナは実は大の仲良しなのである。俺の知らないところで知り合い、いつの間にか仲良くなっていた。


「久しぶりだね。最近あんまり会わなかったからどうしてるのかと思ってた」

「ちょっと外の仕事に出ててね。訓練には顔出せてなかったから」

「外の仕事って、つまり正規兵に混じっての任務ってこと」

「まぁね」

「ひょえぇ、やっぱりすごいねファナは」

「ありがとう」


 楽しそうにお喋りをする二人の後ろからの方からブートとキイナが近づいて来た。


「よぉ、相変わらずの嫌われようだなお前らは」


 ブートがいつも通り気軽さで放った言葉に、内のクラスの連中が一斉にこちらを睨んだ。ブートはそれに気づいているのかいないのか、ハハハッと笑っている。


「はぁ…、あんたは相変わらず敵を作るのが上手いわね」

「なんか言ったか」

「別に」


 キイナの呆れようを余所にブートは俺の元へとやって来て、ポケットからそっと何かを取り出した。


「お、お前、まさか例の品をこの場に持って来たのか」


 他の誰にも聞こえないひそひそ声で俺たちは話し出した。


「まぁ、だが一枚しかねぇんだ。悪いな。お前は今ここでこれをその目に焼き付けておいてくれ」

「任しとけ。俺の瞬間記憶能力ならこんなの余裕だぜ」


 ポケットの端で見え隠れしていたのは、つい先日手に入れたというオルレン=パーシブン先生の秘蔵写真。特別訓練ということもあって特任教官が来る可能性が非常に高いことから、写真と生身を見比べるためにこの場に品を持って来たことは容易に想像できたが。


「お前はいつもとんでもないことを思いつくよな」

「己の想像力を掻き立てるために俺は生きてるからな」


 俺は写真を頭の中にインプットし、仕事を終えたブートは自分たちのクラスへと戻っていった。キイナも軽く手を振って、その場を離れた。

 ブートの粋な計らいに感動を覚え、あまり危うく涙を流しそうになったが、ぐっとそれを堪えて今も会話をしているラミエラとファナの方へ視線を移した。


「もうこっち側に戻ってくる気はないの」

「ごめんなさい。私にはもう戻る資格がないから」

「私はいつでも待ってるから、前みたいに一緒に語り合いましょう」

「でも、私は」


 何やらラミエラが謝っているらしいことは分かったが、ブートの粋な姿に感動していて何を喋っていたのは聞き取れなかった。


「確かそうよね。私の方こそごめんなさい」


 今度は何故かファナが謝った。


「それでどうなの。上手くいってるの」

「う~ん。頑張ってはいるつもり」


 チラッとラミエラがこちらを見たが、俺と目が合うと直ぐに視線を逸らされてしまった。いつもと少し様子がおかしい。顔も若干赤くなっているようにも見える。


「応援してるから」

「ありがと。それじゃあ」

「またね」


 話を終えたのか、ラミエラが列に戻って来た。ファナも自分のクラスの列の一番前の位置に戻り、ようやく見習い兵全員が第二訓練場に揃った。

 ちょうどそれを見計らったように一人の女性教官が訓練場に用意された台に上る。


「ごきげんよう見習い兵の諸君。今日は特別訓練ということで集まってもらった。初めに自己紹介からしておこう。私は特別教官のオルレン=パーシブンだ。これから建国祭の警備訓練の担当させてもらう。よろしく頼む」


 凛とした立ち姿に、意志の強さを感じさせる琥珀色の瞳。黒を基調とした戦闘服は通常支給される王国軍の正装よりも幾分生地面積が少ない。

 独自戦闘服の着用が許可されているのは軍の中でもごく一部の者たちで、彼らは皆、特別階級である『騎士』の称号を与えられている。

 オルレン先生が声を張り上げ、そのはち切れんばかりの胸部が僅かに揺れるたび、男どものため息が漏れた。


「今年の建国祭は前回に比べて規模が大きい。その為、見習い兵の諸君にも集まってもらうこととなった訳だ。本日の警備訓練は全クラス合同で行う。各担当教官と臨時の教官が付き、二十の班に分かれて実際の配置の確認をしてもらう。各所では教官たちの指示に従い速やかに行動すること。班分けは既に通達を受けているだろう。各人心して訓練に臨んでほしい」

「「はっ!」」


 見習い兵一同が一斉に声を上げる。

 オルレンが台を降りると、見習い兵たちは割り振られた班へと移動を開始した。ラミエラとも分かれ、一人で第十七班の元へ行くと、既に担当教官の周りには集まりが出来ていた。担当教官は俺の良く知るリトリル先生だった。


「それではこれからオーボン市場周辺の警備訓練に向かう。今日は警備の配置と緊急時の避難誘導および配置変更の確認を行うから、きちんと頭に叩き込んでおくように。それじゃあついて来て」

「あの、教官。一ついいですか」


 俺と同じ班の一人が手を上げた。


「何かな」

「集まった時から気になっていたんですが、こいつらを警備に回して大丈夫なんでしょうか」


 そう言ってその見習い兵が俺たちの方を指差した。


「警備の数を増やしたいというのは分かりますが、逆に警備に弱点を作るようなものです。彼らがいては警備全体の質が落ちてしまう」

「何だと」

「何だよ、本当のことを言っただけだろうが。見習い兵最弱のテメェがいるだけで俺たちの負担が増えるって言ってんだよ。テメェの実力ぐらいテメェで自覚しとけ」


 俺がその男に詰め寄ろうとした時、リトリル先生が片手でそれを制した。


「え~と、ダインくんだったかな」

「はい。ダイン=ヘンデルと言います」

「君の意見はよく分かりました。僕からの結論を伝えておこう」


 リトリル先生はお得意の混じり気のない笑みを浮かべた。それからダインの前に立ち、静かな口調でこう言った。


「君がこの班を抜けなさい」

「な、何を言っておられるのですか」

「君が抜けろと言っているんだよ」

「なぜ、納得いきません。明らかにこいつらの方が戦力不足です。それは校内順位がはっきりと物語っている」

「何か勘違いをしているようだね。この場合に校内順位は関係ないよ」


 徐々に凍り付いていくような冷気すら感じる口調に、目の前に立つダインも言葉を失っていく。


「君たち個人が何を置いて人を評価しているのかは、僕にとっても関係のない話だ。しかし、この班に任された仕事は建国祭の警備と緊急時の避難誘導だ。戦闘などは含まれていない。君たち見習い兵の仕事はあくまでも正規兵のバックアップ。だから安心していい。君がいなくても君の穴埋めは彼らがやってくれるだろう」


 そう言って、リトリル先生は俺たちに手の平を向けた。


「警備や避難誘導で勝手な自己判断は必要ない。君は今この場で一番害となる存在だ。君の身勝手な発言は警備意識の低下や行動抑制を引き起こす。分かったかい?」

「は、はい」

「以後気を付けなさい。二度目はないからね」


 リトリル先生が微笑みかけると、ダインはゆっくりと頭を下げた。班の先頭に立ち、リトリル先生が歩き出すと、ダインは俺の方を睨みつけ舌打ちをした。

 市場に到着したのは、それから三十分後だった。

 街を歩く中で、建国際当日に予想される様子をリトリル先生が順を追って説明していく。

 建国祭は五年に一度の周期で開催される国家規模の記念祭であり、五日間をかけて行われる。毎年、国王が街を巡りながら国の各所で儀式を行い、リデリアの神に祈りを捧げる。国の繁栄のための儀礼であり、それぞれの場所にはこの国を代表する要人たちが顔を揃える。

 その為、オリガナ王国が最も騒がしくなる五日間であり、王国軍にとっては最も忙しい五日間となるのだった。

 前々回と前回、つまり十年前と五年前の建国祭は第二次魔王大戦の影響から中止を余儀なくされたため、オリガナ国民とっては十五年ぶりの祭りとなり、その分だけ皆の熱気もこれまで以上の高まりを見せていた。

 さらに第二次魔王大戦の終戦と都市復興の祝いも兼ねている部分もあり、規模拡大の予想から通常であれば召集されることのない見習い兵も警備人員に含まれたのだった。


「四日目の昼に国王様が通り二つ先の市場をお通りになられる。国民たちとの触れ合いの場としてね。そこでは市場の関係者はその他大勢の人が国王様を一目見ようと集まって来るだろう。人が集まれば当然危険も増える。君たちはその警備の一番外側を守る役目を任されている。この場で敵を取り押さえることが出来れば、危険を未然に防ぐことが出来るわけだ」


 先日リトリル先生と偶然出会った通りを抜け、その周辺を回りながら警備についての説明が為されていく。人員配置に付いては事前通達があったので、この場では当日の動きや役割などが話され、現状で予想される事態の確認も行われた。


「この国にも反王族主義の組織が幾つか存在している。彼らの狙いは当然国王様の命であり、建国際はそのための絶好の機会ともなり得る。皆、心して警備に就くように」

「「はっ!」」


 特別訓練を終えた俺たちはその場で解散を言い渡され、俺は市場でリンゴを買い、少し離れた場所にある人形屋で予約した商品を受け取った後、宿舎へと戻った。宿舎の敷地に入ったのは午後五時を回っていて、夕焼けが空を赤く染めていた。


「おいお前、ちょっと面かせよ」


 宿舎の入り口で俺を待ち伏せしてたダイン=ヘンデルと取り巻き二人に連れられて、俺は宿舎裏へと移動した。宿舎裏へ到着すると、壁を背にして三人と向かい合った。


「あの頭ボサボサの教官、お前のクラスの教官なんだってな。底辺クラスを任される奴だけあるぜ。頭がいかれてる」

「何の用だよ。それ言うためだけに連れてきたなら今すぐ帰る」

「っなわけねぇだろうがよ、ボケが。察しろよ、おめぇはここで痛い目を見るんだぜ」

「どうしてそんな目に合わなくちゃならない」

「俺に恥をかかせた罰だ」

「そうか、そりゃ悪かった。このリンゴ一個あげるから許してくれ」

「なめてんのかテメェっ!」


 眉間に幾重もの皺を寄せ、ダインは一歩ずつこちらに近づいてくる。拳を握り、殴り掛かろうと構えを取ったその時、


「美味そうなリンゴだな。俺にも一個くれ」


 頭上から聞こえた声に、その場の全員が反応する。見ると、少し突き出した二階部分の屋根の上からブートがこちらを見下ろしていた。


「その登場に何の意味があるのよ」

「雰囲気だろ雰囲気。こうやった方がカッコいいじゃねぇか」


 右方向からはキイナが姿を現し、これで三対三となった。


「ブート=フルフェイスに、キイナ=プレシェディッサ」

「名前を覚えてくれてありがとう。で、あなた誰?」

「お、俺は」


 ダインは後退り、取り巻き二人と並んだ。俺の隣にブートが降り立つと、その三人は更に後ろに退いた。


「おいおい、そんな離れることはねぇだろ。楽しく行こうぜ」

「何で五位と三位がこんな所にいるんだよ」

「何処にいようが俺たち勝手だ。指図される覚えはないねぇ」


 ダインは歯ぎしりをしながら、ブートを睨み付けた。あとの二人は既に戦意を喪失していて、ダインの腕を掴んだ。


「おい、もう帰ろうぜ」

「馬鹿言うな。こんな所で帰れるか」

「俺たちとやり合うなら相手になるぜ」


 ブートも張り合うように言葉を返す。


「何でお前らがそんなゴミの味方をする。そいつは校内最下位のクズ野郎だぞ。そんな奴の味方していい事なんか一つも」

「うるせぇ。黙ってろゴミクズ野郎。お前らの方がよっぽど最低の連中だ。俺の親友に手ぇだしてみろ。ただじゃおかねぇぞ」

「な、くそっ。覚えてろよテメェらっ!」

「名前も知らない奴の事なんか覚えてられるか」

「なにっ、俺の名前はなぁ。ダイン=ヘンデルっつうんだよ」

「あ~はいはい、ダイン君ね。忘れた忘れた」

「くっそ、てめぇこっち見やがれ」


 もう帰ろう、と他の二人に肩を担がれ、ダインなにがしは退場した。ブートは、謝礼、と言って俺の持つ袋からリンゴを一個取り、むしゃむしゃとそれを食べた。


「それで二人はどうしてここに」

「おいおいおい、まさか忘れたのかよ。幼馴染の大切な誕生日をよぉ」

「誕生日……、いや覚えてるけど。六時に集合してそれから部屋に行こうって話だっただろ」

「だからその前に集まっとこうって話だろ。気の利かねぇ奴だな全く」

「いや、プレゼント買い忘れたあんたが言うか」


 キイナの追及にブートは視線を逸らした。


「まぁともかく行こうぜ。ラミエラも呼んでるしな」


 陽気なステップを踏むブートの後に続いて、俺は宿舎へと帰った。


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