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幼馴染が勇者を好きすぎてヤバいんだが  作者: nau
第一章『鐘の音は高く』
19/37

19 二人だけの時間


 太陽を遮られ、地上に埋め込まれた広い空間。

 巨大な部屋でありながら、家具や生活機器は何一つ置かれていない。リトリル先生の話を聞き終え、俺が案内されたのは隣に立つ軍の施設の戦闘訓練場だった。地下一階から二階までをぶち抜きで作られたこの場所は上等兵たちの戦闘訓練に使用される特別製だそうで、全力で戦っても傷一つつかないらしい。


「上等兵たちの武器はどれもこれも破壊力が規格外でね。一般の施設じゃ丸ごと吹っ飛びかねない」


 笑い交じりにリトリル先生は説明を挟んだが、俺はこの時まだその説明の意味するところを知る由もなかった。


「遅かったね。待ちくたびれたよ、ねぇルレにゃん」

「第三者がいる時に限り、なぜその名で呼ぶ」

「何故ってそりゃぁルレにゃんの怒った顔がすっごく可愛いからで……」

「三度目はないぞ」


 腰に備えた剣の柄を握りながらオルレン=パーシブンは眉間に皺を寄せた。おっとっと、とわざとらしい慌てぶりで口に手を当てるのは、いつの日にかラミエラの胸を揉みしだき、またある時には俺の命を救ってくれた人物、ロゼリエ=ハープリーだった。


「私としては断ってほしかったが。見習い兵を引き入れるなどどうかしている。それも最下位の生徒だと」

「だからこれから強くしていくんでしょ。全くルレにゃんは色々気が短いんだか……」


 ロゼリエの言葉が途切れ、続いて物凄い打撃音が室内に反響した。見るとロゼリエが蹲り、オルレンの拳からは薄っすらと白い湯気が立ち上っていた。


「三度目だ」

「ぅう、この威力……鉄拳制裁だけで…ランクBの魔獣の頭が吹っ飛ぶよ」

「ともかく素質が無ければその場で拘束し、監視下に置くからな。セカンドコアを開けるならさっさと開け」


 豊満な胸を下から持ち上げるように腕を組み、人差し指でトントンと鍛え抜かれた腕を叩く。壇上に立つ姿からは想像できないオルレン教官の素の部分を垣間見たようで、とてもとても失礼ながら不思議な落胆めいたものを俺は身の内に感じた。


「まだ開けるとは言っていないだろう。これから開けるように訓練するんだ。とは言っても一度は開いたことがある。彼自身がその感覚を思い出しさえすればすぐにでも開けるさ。そうすれば正式に『レビレス』への入隊を認めるという話だっただろう」


 セカンドコア? レビレス?

 何を言っている。


「あの、俺にも分かるように説明してください」

「君を鍛える。期間は三か月。三か月後の入隊試験と突破し、その後君には勇者討伐隊に入ってもらう」

「いやでも、入隊試験は半年先で、それに国がこんな状態なのに入隊試験なんて」

「こんな状態だからこそだ。現在オリガナの国力はかつてないほどに低下している。特に軍備については今すぐにでも兵や武器の調達が必要だ。そこで王族と貴族院の緊急議会で三か月後に特別入隊試験が行われることになった。同時にこの国を裏切った反逆者、アスタ=クレイエルを討伐するために新たな部隊が組織された」

「それが……勇者討伐隊……」

「既に軍の精鋭たちが集められ、隊は動き出している。さらに次の入隊試験結果の内、上位八名が新たな討伐隊として入隊する権限を与えられる。新兵に出来るだけ早く戦闘経験を積ませたいという上からの計らいだ。それほどに今のオリガナは焦っているんだよ。オリガナだけじゃない。四大大国やその他の小国も世界中が緊張状態にある。勇者の起こしたこの戦争を皮切りに世界がまた戦乱の時代に突入するかもしれないからね」


 話のあまりの唐突さと規模の大きさに理解が追い付かず、俺はその場で呆然とリトリル先生の方を見ていた。リトリル先生はそんな俺を余所に更に話を進めていく。


「具体的に君に任せる仕事は勇者討伐隊に入隊した後のことだ。君には討伐隊に入り、そこで出来事の一部始終を我々に報告する。王族権限下で組織される新編成の隊の動きを逐一ね」

「つまり……」


 拙い俺の頭でも、今言ったリトリル先生の言葉の意味は解釈できた。潜入し、情報を持って来い。言い方は色々だが、要はそういう事だろう。

 つまり、俺の役割はこの乱れつつある世界の情報を得るための諜報員。

 それが力を得るために俺が為すべきこと。


「納得してもらえたかな。それとも怖気づいたかな」

「上等だ。やってやる。俺はもう立ち止まらない!!」


 自らに誓う。

 己の大切な人を守るために、そして、自らの信念と誇りを取り戻すために。


「威勢だけは認めよう。最後までその言葉を忘れるな」


 オルレン=パーシブンの瞳が鋭く光る。真正面に立つと、更にその威圧感に押しつぶされそうになる。


「ん、ちょっと待て、私とどこかで会ったか」

「今更なのぉ、ルレにゃん。前に建国祭の時に会ったでしょ」

「そうだったか、すまないが覚えていない。私はオルレン=パーシブン。もう一度君の名を聞かせてくれ」

「王国軍訓練学校所属第102期訓練兵、名はストラ=エリレックです。これからよろしくお願いしますっ!!」

「よし、それなら早速私と殴り合うか」

「へ?」


 こうして俺の楽しい楽しい特訓の日々が幕を開けた。

 けれどどうやら、初日で死んでしまいそうな予感がした。


   ◆


 ゆっくりと空を見るのはいつぶりだろうか。

 静寂と暗闇だけが辺りに広がる森の中でアスタは静かにそう思う。月はようやく雲から解放されて、淡い輝きが降り落ちてくる。

 傍らに座る女性の横顔を見つめながら、一時の安らぎを全身で噛み締める。彼女は久方ぶりに見る月に心を奪われているようでうっとりとした瞳が美しく煌いている。


「外の世界は斯くも美しい。塔の中にいては決して目にすることのなかった景色でしょう。私の願いはあの塔の中に一生閉じ込められることだった。その願いは果たされることはなかったけれど、このような月を見られるのならばそれでも良いと思えます」

「人の願いっていうのは大きくなればなるほどに叶わなくなるものさ」

「何を仰います。あなたが連れ出したくせに」

「そうだったか。そんな昔のことは忘れてしまったよ」


 今度は銀髪の女性が英雄から反逆者へと落ちてしまった哀れな戦士を見たが、戦士は月を眺め、女性はその横顔を見て優しい笑みを浮かべる。女性は勇者の肩にそっと寄り添い、つかの間しかない二人だけの時間をその肌で感じ取っていた。


「残り二つ……」


 勇者は呟く。

 目的のためのカウントダウン。

 その向こう側に待つまだ見ぬ未来を見据えながら、勇者はそれでも止まらない。


「共に行こう」

「はい、どこまでも」


 二人の歩む先に未来があるのなら、必ずそれを掴み取る。

 例えこの世界が、滅びようとも。

 勇者はただ己が願望に、全てを捧げる。


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