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幼馴染が勇者を好きすぎてヤバいんだが  作者: nau
第一章『鐘の音は高く』
14/37

14 立ち塞がる存在


 昼間にもかかわらず、路地には深く暗い影が伸びていた。表の活気とは余りにも対照的な沈んだ空間。気が付けば、街の喧騒はどこかへ行ってしまい、路地を走る二人の足音だけが建物の壁に反響していた。


(こんな道があったのか……)


 男を追いながら、見たこともない景色に俺は驚いた。これほど国が沸いている建国祭の期間中であってもこの路地には人一人の姿さえ無かった。

 路地の角を曲がり、正面を向くと追いかけていた筈の男が待ち構えていた。男の顔には笑みがあり、待っていましたとばかりに両手に赤色の魔石を持っている。


「入ったな」


 男の言葉を聞くと同時に、俺は今自分が立っている場所を取り囲むように四つの魔石が設置されていることに気が付いた。


「あばよ」


 そう囁くように男が言ったのを聞く間もなく、俺の周囲が影を照らす赤色の炎に飲み込まれる。炎の切れ目から薄く笑う男が見え、直後底知れない怒りと悔しさの念が沸き上がった。


「くっそ……」


 爆発が巻き起こる。俺のいた場所が爆発の爆風で吹き飛び、砕かれた壁の瓦礫と粉塵が辺りに飛び散る。

 その光景を俺は建物の屋上から見下ろしていた。


「ったく、こんなところで何してる」


 俺と同じく建物の屋上の縁に立つロゼリエが呆れ顔で呟いた。


「おれは……」

「説教は後だ。お前はそこで見てろ」


 あっけにとられる俺を余所に、ロゼリエは直立の体勢のまま建物と建物の間に落ちていく。重力に従い、体は加速し、俺の死体を確認しようとしてる男目掛けて、体重全てを乗せた打撃を振り落とす。

 身が震えるほどの打撃音が響き、下からこちらを見上げるロゼリエの傍らで男は倒れていた。




「見習い兵がいったい何を考えているっ!」


 怒りの形相で叫ぶロゼリエに俺は何も言い返すことができなかった。力不足にもかかわらず、この危険な場に来てしまったという事実に俺は反省するしかなかった。


「勘違いするなよ。お前が弱いとか、そういう話をしてんじゃない」

「え……」

「お前は自分の役割を覚えていないのか」


 ロゼリエはピンと張った人差し指で俺の胸を付いてくる。


「お前の役割は何だ。もう一度考えてみろ」

「不審者がいないかを見張ること、そしてもし見つけたら…………近くの警備兵にその事を伝えること」

「誰がお前に犯人を追えと言った。見習い兵のほとんどは戦闘を行わないように警備内容が決められている。その理由はお前らが弱いからだ。だがそれ以外も冷静な判断を欠く可能性が高いと考えられるからでもある。今の自分を見てみろ。警備をほっとらかしにして不審者を追った結果、お前のいた場所には警備の穴が出来た。分かるか」

「そ、それは」

「今すぐに戻れ。恐らく事態は最悪だ」

「分かりました。ロゼリエさんは……」

「私はこいつに聞くことがある。縁があればまた会うこともあるかもな。さぁ行け」


 言葉に背中を押され、俺は急いで担当の警備位置へと走った。通りを抜けている最中、また一つ小さな爆発のような音が聞こえ、続けて民衆の叫び声が響いてくる。

 騒動の始まりは唐突で、急激に状況は変化していく。


(何が起きてる)


 男を一度追い詰めた路地へと到着し、辺りの様子を確認する。もう一人の見習い兵の姿は無く、壁の煤けた跡からは焦げた臭いが漂っていた。

 歩を進めるごとに街の喧騒は激しさを増し、配置に戻った時、そこには信じられない光景が広がっていた。


「何だよ、これ……」


 見習い兵は通りごとに三人から四人の班で警備を行っており、細い路地を含め、全部で四つの通りを警備することになっていた

 その日、俺と共に警備についたのはファナを入れて十七人。目の前に横たわる死体の数は、数えられるだけで十三人に上った。


「止めろ、撃つなぁぁぁあああ!」


 前方から聞こえる叫び声。

 表通りからは見えない建物の裏で何かが起きている。人一人がやっと通れる道を進み、俺は建物の裏へと回った。そしてその時、耳を打つ発砲音の響きと共に、見習い兵がまた一人湿った地面に倒れた。


「何してやがる、ダイン=ヘンデル」


 その場に立っていたのは、俺とダインだけだった。

 ダインはその手に黒のステッキを持ち、感情を見せない表情でこちらを見た。何も語らず、ステッキの先を俺の方に向けると、先端に描かれた模様が輝きを放つ。

 俺は咄嗟に横に飛び、放たれた魔力の弾丸を紙一重で回避し、直ぐに建物の角に身を隠した。


(いきなり攻撃してきやがった)

「他の連中よりは状況判断に優れているようだな。不用意に近づくのは良くないことだ」

「お前、本当にダイン=ヘンデルか」


 明らかにダインとは違う声色。落ち着いた口調も彼の印象とは全く異なっていた。


「ダインとはつまり、今私が()()()()この子のことかな」


 壁に背を預け、建物の影から頭だけを出す。視線の先に捉えたのは、ダインの皮を今にも脱ごうとしているチョビ髭を生やした初老の男性だった。


「少しばかり容姿をお借りしたのだよ。この場に潜入するためにね」


 初老の男性は皮を脱ぎ終えると、どこからか取り出した黒の帽子をゆっくりとかぶった。


「お前は何者だ」

「私は反王族主義者レジスタンスだよ。この国の解放を望むものだ」

「解放? これだけ皆が楽しそうにしている国で何を解放しようって言うんだよ」

「それは違う。この国で今起きているのは平和の束縛だ。現国王が強いている政治によって人々は平和を強いられている。この世界で生き抜くためには戦わねばならぬのに、そこから目を背け、今だけの平和を享受しようとしているのだ。強国でなければ生き残れん。民たちが平和であり続けるためには、他の国を打ち倒し、真に一つの国となった時に成し得るものなのだ」

「わるい、何言ってるか全く分からない」

「軍の仔犬にはまだ理解できぬこと。だからもうよい。そこから出てきて平和への礎となってくれ」

「御免こうむる」


 俺は走り出した。一人では絶対に勝てない。そして何よりも先に自分の役目を全うするために。


(もう間違えない)

「それは困ったな」


 走り出した直後、背後から声が聞こえてくる。


(嘘だろ、早すぎる。ホントにジジイかよ)


 ステッキの先端が俺の体を捉える。白い輝きは一点に集まり、人を貫く弾丸となって発射される。間一髪で腰を捻ったことで、弾丸は俺の脇腹を掠り、地面に穴を開けた。俺は態勢を立て直し、初老の男に飛び掛かる。俺の体が触れるより早く、相手の蹴りが俺の懐に命中し、呻き声を上げる暇もなく背後の壁まで吹き飛ばされた。


「ぐはっ」 


 ずり落ちた体から力が抜けていく。力の差があり過ぎる。


「予定の時間を三分も過ぎてしまった、やれやれ」

「お前たちはその解放とやらのために国王を殺すのか」

「国王だけではない。王族全てを抹殺する」

「そんなことをして何になる。悲しみが増えるだけだろう」

「それはない。いずれ人々は我々に感謝する。この反乱は偉業として語り継がれるだろう」

「寝ぼけんな。命を殺める行為は決して偉業にはなり得ない」


 フフッ、と初老の男は笑った。


「本当にそうかな。かの有名な勇者は魔王の抹殺によって偉業を成した。一見して悪ともとれる行いも、見方を変えれば正義となり得る。要は立ち位置の問題だ。新たな視点を持てば、新たな思考が生まれてくる。君も成長すれば分かること。ただ私はそこまで気が長くはないがね」


 死の弾丸が光を発している。


(ファナ……)


 浮かび上がったのはずっと一緒に歩んできた少女の姿だった。今では遠い存在になってしまった彼女を、俺は追い続けている。彼女を守るために彼女と共に戦うために。俺はまだ、死ぬわけにはいかない。


「ん?」

「こんなところで死んでられるかよ、クソ野郎」


 俺は黒のステッキを掴み、渾身の力でそれを圧し折った。木の屑が飛び散り、先端に集中していた光が霧散する。


「魔法具を素手で破壊するとは驚いた。火事場の馬鹿力とは恐ろしいものだな。だがそれでも、私の服に木屑を散らすのが関の山。子供はもう寝なさい。ここからは大人の時間だ」

「その通りだね」


 頭上から聞こえる声に初老の男が真上を向く。初老の男は後方に飛び、不意の一撃を躱した。その初老の男が飛びのいた場所に降り立ったのは、ボサボサ寝ぐせがトレードマークの担当教官、リトリル=トレイダー先生だった。


「間に合ってよかった」

「全然間に合ってない」

「………そうだね。本当にすまない」


 周囲に倒れる人たちを見回し、リトリル先生は目を伏せた。


「戦闘中に敵から目を逸らすのはいけないことだ」


 隙を見極め、初老の男は敏捷な動きで間合いを詰めて殺気を込めた突きを放った。しかし、リトリル先生は相手の動きをよんでいたかのようにそれを躱し、お返しに敵の顔面に拳をめり込ませる。


「ぐぶっ!」


 避ける隙すら与えず、クリーンヒットした一撃に初老の体が吹っ飛ばされる。


「酷いことをしてくれたね。君にはもう弁解の余地はない」


 身体から染み出る魔力がリトリル先生の全身を覆っていく。これまでに見たことのない激しい形相でその拳を握った。


「ストラ、君はまだ動けるね。直ぐに市民の避難誘導に当たりなさい」

「先生は……」

「この老人の相手をしてから向かうよ」


 リトリル先生は背中越しにそう言った。眼前の敵を見据えたその姿は、味方であるはずの俺から見ても身震いするほどの威圧感を持っていた。

 俺は軽く頭を下げ、反対の方向を向いて駆け出した。

 大通りに出ると周りの音が一際大きくなった。悲鳴や叫び、兵士たちの声、家やモノの焼ける音、遠くの方から爆音すら聞こえてくる。

 慌てているのは俺だけじゃない。通りで避難誘導をしている正規兵や見習い兵たちも、皆不安そうな顔をしていた。


「何が起こっているんですか」

「俺にも分からねぇよ。ただ、東の郊外の方で大型の魔獣が出たらしい。そいつらが真っ直ぐにこっちに向かってるって話だ。市民たちは一時的に広場に避難させろとの命令だけ受けてる」


 名も知らぬ正規兵の言葉に俺は目を見開いた。


「こっちでは大勢の見習い兵がレジスタンスと名乗る男に殺されました」

「何だとっ!」

「今はリトリル=トレイダー教官が戦っています」

「魔獣だけじゃなくレジスタンスまで、内乱でも起きてるっていうのか」


 魔獣、レジスタンス、明らかにこの国を攻撃するために現れた二つの力。魔獣が郊外まで来ることはまずあり得ない。とすれば、魔獣をここまで連れてきた者がいるはず。

 レジスタンスか、

 それとも、

 思考を巡らせる中で浮かび上がってくるのは、勇者の影だった。


(魔獣を連れてくるにしても、それ相応の力がいる。強力な魔獣に対抗できるだけの強力な力が)


 そこまで考えて俺は丘の上に立つ王城の方を見た。

 何かが起こるとすれば、狙われるのは当然……。


「国王はどうなったんですか」

「俺が知るか。テメェが気にすることじゃねぇ。自分の仕事をしろっ!」


 市場に現れたレジスタンスの標的は王族だった。だとすれば、勇者の方はどうだろう。


「まさか、全員の標的は……」

「なに突っ立ってやがる。動け」


 今の俺の役目は市民を安全な場所に避難させること。それ以外の事を考える必要はない。何度も言われた。俺はやるべきことをやるだけだ。


(あれ、待てよ、ファナは何処に行った……)


 どうして今まで忘れていたんだ。

 あの場に、あの倒れている者たちの中に、ファナの姿は無かった。

 ファナは……どこだ。

 沸き上がる不安は瞬く間に脳内を侵食していき、鼓動が速くなるごとに息づかいも荒くなる。辺りに視線を向けてもファナがいるはずもなく、日が落ちかけた空が紺色に染まり始めていた。

 避難誘導を行いながら周辺を走り回り、ファナがいないかを確認していく。広場には十人ほどの正規兵が集まり、現状を話し合っていた。


「かなり凶暴な魔獣で正規兵の大勢がそちらに向かっちまった」

「それだけじゃない。市場周辺を警備していた見習い兵のほとんどが何者かの手によって殺されたと」

「見習い兵が、何者かとは一体……」

「レジスタンスです」


 正規兵の会話に俺は割って入った。


「所属は」

「見習い兵です、まだ所属はありません」

「見習い兵か、市場の警備を任されていた者か」

「はい。同じ班の他の者たちは一人を除いて、全員殺されました」


 正規兵二人の顔が青ざめる。身近に死を感じた者たちは皆こんな顔をするのだろう。俺も含めて。


「レジスタンスと云ったな」

「奴はそう名乗っていました。見習い兵の一人に化けて潜入していたんです。今はリトリル=トレイダー教官が戦っています」

「トレイダーさんなら安心だ。あの人は強い。必ずそのレジスタンスとやらを倒して情報を聞き出すだろう。それで他に情報は」

「いえ、これ以上の情報は。それよりもここに俺と同じ見習い兵の女の子が来ませんでしたか。水色の髪で短剣を二本持ってる」

「見ていない。生き残ったもう一人というのはその子か」

「はい。でもどこにもいなくて」

「そうか、見つけたら教えよう。今は避難誘導が最優先だ」

「はい」


 振り返り、再び通りへ戻ろうとした時、前方から見知った人影がこちらに走って来た。黒髪を靡かせながらいつもとは違う焦った表情を浮かべている。


「ラミエラ、無事だったのか」

「はぁ、はぁ、ストラ……やっと見つけた」

「俺を探してたのか」

「そうだよ、早く教えて上げなきゃと思って」


 なにを、と聞き返す前にラミエラが手の平をこちらに向けて息を整える。肺に溜まった空気を吐き出し、落ち着いたところで彼女は言う。


「ファナさんを見たの。何て言うかすごく不安そうな顔して走ってた」

「なにっ! どこへ行ったんだ」

「分からないけど、オリガナ城の方へと向かってたよ」

「オリガナ城、どうして……」

「分からない。とにかく私も訳が分からなくて、ファナさんも私の傍を通り過ぎたのに気付いてなかった。ストラ、早く行ってあげて」

「でも、俺の役目は避難誘導で……」


 こんな時に何を考えているのだと、俺自身も思った。ただ役目という言葉に身体のブレーキを掛けられる。


「そんなこと私が代わりにやってあげる。私がストラの分も働くよ。だから行って。今行かないと絶対に後悔するよ」


 ラミエラが俺の胸を叩いた。固く握った拳の感触がじんと胸に染み込んだ。


「ファナを救えるのはストラだけ。最下位が一位を助けるなんて最高にカッコいいじゃねぇかよ」


 言いなれない言葉使いに、ラミエラは、えへへ、と照れ笑いを浮かべた。


「何でそこまで……」

「質問はなし。時間が惜しい」


 俺は頷き、そして、走りだした。


「ありがとう」

「そうだ言い忘れたことが」


 頭のてっぺんを糸で引かれたように俺は走りを止めて振り返った。ラミエラは少し目を細めてこう言った。


「ファナさんが通り過ぎていく時、たぶんだけど呟いてたの」


 その時の光景を思い出しながら、ラミエラは言う。

 ファナの行動原理はいつもそれだった。

 彼女の中にいるのはたった一人。


「アスタ様……って」


 勇者の存在はどうしようもなく俺の前に立ち塞がる。



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