13 タイミング
建国祭の三日目は一日目と変わらない様子で警備任務を終えた。これといった騒ぎも起きず、至って平和な建国祭に俺は逆に不気味さを覚えていた。
『この先に進むのは俺だ。俺は魔王が望んだ世界を創る』
あの夜に告げられた言葉は、その後何度も俺の頭の中で繰り返された。何を意味するのか、その真意を知る術は持ち合わせていない。しかし解釈の仕方は幾つもあれど、その結末が幸福であるというイメージは全く湧かなかった。
(建国祭も今日を入れてあと二日。何事もなければいいが)
不安に駆られ、思うように眠りにも付けず、体も気怠い。
宿舎のベッドから降りると扉を叩く音が響いた。
「ストラいる?」
聞こえたのはラミエラの声。俺は扉を開け、彼女を招き入れた。同室のブートは既に警備の方に出ていて、今部屋にいるのは俺とラミエラだけだ。
「建国祭も四日目だね。明日の夕方にはお祭りも終わっている」
「そうだな」
俺は窓から外を眺めながら相槌を打った。ラミエラは少し俯きながら真剣で曇った表情をしている。
「どうかしたのか」
「あのさ、あの夜から私、ずっと勇者様の言ってたことが気になってて」
「俺も同じだ。最近一人の時はそればっかり考えてる」
「ちょうど建国祭だし、何かが起きそうで怖い」
ラミエラの言うことは俺自身も最もだと思った。建国祭前のタイミングで勇者があの言葉を告げたということは、この建国祭に何かを行うという宣戦布告とも取れる。そんなの馬鹿らしいと考えるには、状況が切迫し過ぎていたし、何よりファナの表情がこれは嘘ではないと物語っていた。
あの場にいたのは、勇者アスタ、ファナ、俺、ラミエラ。
宣戦布告にしては告げる相手を間違えている気もするが、何かをしようとするなら初めから誰にも言わず行えばいいはずだ。勇者ほどの力があれば尚更だ。
「ストラは何が起きると思う?」
「想像できないな。勇者様があれだけの強い意志を持って成し遂げようとしていることだ。俺たちの頭じゃいくら考えても答えなんて出ないだろ」
「そう…だけど」
「ともかく不安がっても仕方ない。今日は俺たちの警備区域に国王が来ることになってる。気を引き締めて警備に務めないとな」
「そうだね」
宿舎を出た俺たちは真っ直ぐに警備場所へと向かった。市場付近でラミエラとは別れ、俺は一人、第十七班の人達と合流した。
「おはようございます」
顔馴染みとなった面々は既に全員集合しており、加えてリトリル先生とファナ=アシスタの姿もあった。
「なんでここに」
俺は思わず叫び声を上げ、周囲にいた者たちの視線がこちらに集まる。ファナは目を背け、代わりにリトリル先生がみんなの前に立った。
「皆さん、三日間のお勤めご苦労様でした。皆さんのおかげで大きな騒動もなく、市民の方々も安全に建国祭を楽しんでいることでしょう。そして本日は、この区域にとっては最も重要な一日となります。もう皆さんは知っていると思いますが、本日の夕刻に国王陛下が市場の通りを抜けてダインセル公爵邸に参られます。ダインセル公爵はこの市場街を取り仕切る貴族家であり、公爵邸で開かれるパーティーに国王も参加されます。その際、この市場では市民と国王との関係を深める場として利用されることになっています。当然ながら国王様が来られるので警備はいつも以上に万全でなければなりません。我々の任務は国王様と市民の方々の安全を守ること。それを忘れないでください」
リトリル先生は一度言葉を区切り、後ろで待機していたファナを隣に呼んだ。
「そこで本日は警備強化のためにファナ=アシスタさんにもここの警備を担当してもらいます。配置は後で指示しますが、連携を取れるように周りとのコミュニケーションを忘れずに」
リトリル先生が言い終えるとファナは、よろしく、と言って深く頭を下げた。
それを見ていた者たちもファナに向かって頭を下げた。何といっても見習い兵トップとして名の通っている彼女である。皆の緊張が俺にも伝わって来た。
「それでは僕はこれで」
そう言ってリトリル先生はその場を去り、各人も自分の警備配置へと向かった。
「移動になったのか」
「話しかけないで。警備に集中して」
俺の問いを冷たく払い除け、ファナは背を向けて歩き出した。いつもよりも暗い印象の彼女に俺は掛ける言葉も見つからず、彼女が路地の角に滑り込んでいくまでその場に突っ立っていた。
(タイミングか……)
祭りの様子は昨日と同じように活気づいていて、人々は楽しそうに通りを闊歩する。ファナの登場に驚きはしたが、少し経てば大した変化ではない様に思われた。
何といっても本日はこの市場が建国祭のメインの場所となる。この場所から二つ先の通りに国王が来られ、市民と憩いのひと時をおくられる。
この場からは直接国王を見ることは出来ないにしても、人の数が増すことは容易に想像できる。
「気を引き締めないと」
小さく呟く両手に力を込める。
以前一度だけ目にしたことのある国王は顎に白髪を蓄えた優しそうなお方で、その瞳には強い意志の力を持ったお方だった。現在の平和な国の情勢もあの方無しには成し得なかっただろう。それゆえ国民の支持も高く、国王が人前に出る時は決まって大群衆が集まった。
遠い遠い存在ではあるが、人々の心に残る国王なのだ。
そして当然ながら群衆が集まるということはトラブルの発生率も多くなり、俺たちの仕事も増える。新たな人員の投入は至って自然と言えた。
(引っ掛かるとすれば、やっぱり……)
その時、大歓声が北の方から響いた。ちょうど国王が来られる通りの方からだった。
「何だ、時間にはまだ早いぞ」
今は昼の十五時半。国王が来られるのは一時間ほど先のはず。
周囲を目を配ると、俺と同じように見習い兵の数人がきょろきょろと辺りの様子を見ている。皆動揺を隠せない様子で指揮官が不在の許でどうすればいいのか分からない。
「国王が来られる時間が早まった。直ぐに特別警備配置に移ってくれ」
路地の向こうから走って来た正規兵の男が到着するなりそう言った。俺は他の見習い兵と顔を見合わせ、頷くと直ぐに訓練で行った特別警備配置へと移動した。
特別警備配置は普段の区域ごとに均等に割り振られた配置とは違い、国王のいる通りを背にして外部からの不審者を徹底的に排除するための配置となる。
俺はその中でも最も外側を見張ることとなり、三階建ての建物の屋上から下の様子を伺い、何か不審な事があった場合は直ぐに近く見習い兵に伝達する役目を任された。
(敵が来た時の特攻役。真っ先にやられる配置だ)
捨て駒のように扱われるのは慣れている。訓練学校では毎日誰かに蔑まれる日々を送っていた。
「お似合いってことかねぇ」
背後ではまた歓声が上がり、続いてこちら側にやって来る人の数も増えていった。特別な許可が無いものは、国王のいる通りへは入ることができないので、大通りの十字路の辺りでそれでも国王を一目見ようという人々がごった返しているのが見えた。
相変わらずの人気で、十字路の辺りからも時折歓声が上がる。
「これじゃあ、不審者を見つけるのも一苦労だな……って、早速一人目。マントを着てフードを深く被った変な奴発見」
屋上から隣の建物にいる見習い兵に合図を送り、お互いに不審者を確認し終えると、通りへと下りた。
不審者は人通りを抜けて細い路地へと入っていく。直ぐにもう一人の見習い兵が回り込み、俺と二人で不審者を挟み撃ちにする。
不審者は慌てだし、見習い兵がすかさずその場を取り押さえる。
「そんな恰好をして何処へ行くつもりなんだ」
地面に不審者を抑えつけたまま見習い兵が問う。
「どこって、し、知り合いに会いに行く途中だったんだ。いいから離せよ。俺は何もしてねぇだろ」
「今この付近は特別警戒区域となっている。不審な言動をした者は問答無用で取り押さえることができる。詳しく事情を聞かせてくれれば、この場で解放してやる。さぁ、これからどこで何をするのかを話せ」
「ちょっと待て。こいつ、一昨日の……」
フードが捲り上がり、男の顔が目に入る。それはまさしくつい二日前に飲食店の店先でロゼリエと争っていた連中の一人だった。マントの中の服装もあの時と同じ。リュックサックもそのままだった。
「こいつらは裏で魔石を売ろうとしている連中だ。二日前に目撃した」
「本当か」
「間違いない」
「二日前に目撃していたなら、何故その時捕まえなかった」
「それはその……」
言い淀む。とても巨乳好きの赤髪の女の邪魔をして取り逃がしたとは言えない。
「色々あって……」
「まぁいい。とにかくこいつを収容テントまで運ぼう」
建国祭の期間に限り、街の各所で取り調べなどが行える簡易的な収容所代わりのテントが配置されており、不審者などはそこに運ぶように指示を受けている。
「だからそれも誤解だって言ってんだろうがっ!」
「それは後で聞くよ。それよりも……何だ、その右手に持っているものは」
「ったくよぉ、俺たちは魔石商人なんかじゃねぇんだよ。れっきとした反王族主義者だ」
瞬間、真っ赤な光が辺りを覆い、オレンジ色の火炎が見習い兵に襲い掛かった。
「ぐあぁぁああああっ!」
全身に纏わりつく必死に払おうと見習い兵はその場で暴れ回る。拘束を解かれた男は直ぐに立ち上がり、その場から走り去っていく。
(くっそ、追いかけたいがその前に)
俺は立ち並ぶ商店の隅に置かれた水入りのバケツを掴み、見習い兵の体にぶっかけた。
「大丈夫か」
「俺のことはいい。早く奴を」
息も絶え絶えに見習い兵は俺の体を叩き、俺は直ぐに男を追った。