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幼馴染が勇者を好きすぎてヤバいんだが  作者: nau
第一章『鐘の音は高く』
11/37

11 魔女という存在


 鐘の音が高く高く響き渡る。


 オリガナ王国建国三百年祭の開催を知らせる音色が国中に広がり、人々は歓喜の渦にその身を投じる。

 第二次魔王大戦後の初めての建国祭。

 午前七時の鐘とともに王都オーリフェル内のランゼンビル広場にて国王の演説が行われる。オリガナ全土で開かれる祭りは、その場での王の言葉より始まるのだった。

 王都には入れないので、俺は訓練場でラミエラと鐘の音を聞いていた。


「警備召集だってさ。行こうよ、ストラ」

「警備につくのがこんなに遅くていいのか。ファナは二時間も早く出ていったっていうのに」

「ファナさんの配置は王都内でしょ。私たちとは全然違うんだから当然よ」


 訓練場に集められた見習い兵の面々が各自の持ち場ごとの班へと別れていく。俺はラミエラと別れ、市場近辺の警備を任された面々の元へと向かった。

 一つの班は十一人から十三人で構成されており、各班には一人ずつ小等兵一名と中等兵一名が付き、彼らの指示に従いながら職務を熟すことになる。


「それではこれから担当配置に付くように」


 班長からの指示で俺たちはこれまでの訓練同様の配置についた。普段とは全く違う喧騒が響き、人の数も数倍に増えている。


「今日はよろしく」


 配置についた俺に声を掛けてきたは、ダイン=ヘンデルだった。不気味なほどに自然な笑みを浮かべながら差し出された手を前に、俺は一瞬固まる。


(どういうつもりだ……)


 以前の一悶着を思い出し、もう一度ダインの顔を見る。彼は笑顔を崩すことなくこちらを見ている。ブートやキイナがこの場にいないことで、自分が優位に立っているという余裕か。それとも皮肉交じりの宣戦布告なのか。それともそれとも祭りの空気に影響されて心機一転しちまったとか。

 次々に浮かぶ考えを一先ず置いておき、俺はダインと握手をした。握っている力加減もそれほど強くはない。というより、普通に握手をしただけだった。

 俺にはダインが何を考えているのか、全く見当がつかず、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 警備としての仕事は主に周囲への警戒と市民たちのトラブル解決がメインとなった。訓練で繰り返し行われた緊急時の対策などとは縁遠い、簡単な人助けばかりとなった。時にはお婆さんの抱える重たい荷物を運んだり、時には迷子の案内などの仕事を熟した。

 市場の方では店主と客との間で幾つかのいざこざが発生したそうだが、配置の関係上、目にすることもなかった。

 とても平和で賑やかな祭りは見ているだけで楽しいものだった。


「で、お前は何をしてんだ?」

「美味しいよ、綿あめ」

「そんな話してんじゃねぇんだよっ!」


 俺は何故かこの場にいるラミエラの手からふわふわの綿あめを奪い取り、それを地面に叩きつけた。


「わたしの綿あめがぁぁぁああああああっ!」


 発狂し、ラミエラは膝をつく。路面を流れる風に、ピンク色の雲を少しちぎったお菓子が木の棒からはぎ取られ、ころころと転がって行く。

 ラミエラは目に涙を浮かべ、こちらを向いた。その顔に俺もつい勢い余ってしまった自分に反省する。


「いや、その、悪かった」

「返せ……、私のお菓子。返せ、返せ返せかえせかえせかえせがえせがえせがえせぇぇぇえええっ!!!」

「怖い怖い怖い怖いっ!」


 俺の服の襟を両手で掴み、血走った眼がこちらを凝視する。恨みの念が身体中から溢れ出ているような纏わりつく威圧感に俺も思わず息を呑む。


「そんな事より」


 何とかして話を逸らそうと、俺は両手でラミエラの肩を掴んだ。真剣な表情で彼女の顔を見ていると、なぜかラミエラが頬を赤らめた。


「えっと、あの……そんな急に………」


 ラミエラはもじもじしながら俺から視線を逸らし、それから目を瞑ってこちらを向いた。何してるんだろう。率直な感想が頭に浮かんだが、それよりも重大な疑問を俺は口にする。


「ここで何してるんだ。警備はどうした」


 驚いたように彼女は目を開けた。それからまたしても視線を別の方へと向け、とぼけたような顔になる。


「それがね。皆が私は居てもいなくても一緒だよっって言うからさ。その……」

「まさか、それを素直に聞き入れてここに来たのか」

「だって、どっか行ってなよ、とも言われたし。私も祭り楽しみたかったし」

「それで引き下がってどうすんだよ。強くなろうって言ってただろうが。それをたかだかそんなことで折れてどうすんだっ!」

「だって~、お祭り楽しそうだし」


 俺は怪訝そうに目を細めた。


「ということは、あれこれ言われたことよりお祭りを楽しみたいという気持ちが勝ったと、そう言いたいんだな」

「別にそうとは、言ってない、かなぁ」

「こっちを向け」


 首を曲げ、頑なにこちらを向こうとしないラミエラ。そんな彼女を前に俺はとうとうため息を吐きながら両手を彼女の肩から離した。


「折角のお祭りなんだから楽しもうよ。明日は警備担当じゃないんでしょ?」

「まぁな」


 見習い兵は正規兵とは違い、建国際の期間中に一日だけ休日が与えられる。三日目までの間で各人一日の休日を楽しめとのことだった。

 正規兵は休めず、下っ端の俺たちが休めるのは、何というか途轍もなく楽しみづらいお祭りである。そうは言いつつも、目の前にはこうして能天気にお祭りに雰囲気を全力で楽しんでいる者もいる。


「何か、色々やりづらいな」

「えっ、何かするの。私もしたいっ!」

「お前はもう黙ってろ」

「ストラのケチ」


 綿あめは後日弁償するということになり、ラミエラは去っていった。今日はもう警備に戻るとのことだった。


(結局戻るのかよ)


 時々、ラミエラの思考と行動に不信感を抱かずにはいられない。


「警備に戻るか……」


 見上げると通りの先に、飾りつけの施されたオリガナ城が写り、その周りでは小さな花火が打ち上げられているのが見えた。夜になると花火の色がより鮮明にあり、町全体が色付く景色は何だか夢の世界にいるような気分になった。


「こんな景色も見られるのか。祭りも悪くないな」


 きらきらと輝く街並みに少しばかりの感動を覚えつつ、建国際初日は終わりを迎えた。



「おっはようっ! お元気かなストラ君」

「最近キャラに迷走してんのか、お前は」


 宿舎の入り口にて明るいご挨拶で迎えられ、俺はラミエラと共に街へと繰り出した。祭りの間は至る所で露店が立ち並ぶ。周囲に人も大勢いるので、必然的に露店商人の懐はウハウハなのだ。

 街に入って直ぐにラミエラが叫び声を上げ、俺の腕を引っ張った。


「綿あめ屋さん発見! ストラ今すぐ買って」


 遠い記憶のように忘れかけていた昨日の綿あめ事件を思い出しながら俺はため息を吐いた。


(やはり覚えていたか)


 ラミエラが忘却していることに一縷の望みを託していた俺としては少々残念な気分となった。別段綿あめを買うことにそれほどの抵抗はないが、如何せん今日は建国祭。露店で売られている食べ物はどれもこれも通常の値段の数倍はする。

 高すぎる。開いた財布に目を落とし、残った小銭を勘定する。隣ではラミエラが出来立てほやほやふわふわの綿あめを美味しそうに頬張っている。他人が食べている姿を見ると美味しそうに見えるなぁと、小さな感心を覚えた。


「ストラ、ありがと」

「昨日は悪かったよ。いきなり綿あめを投げ捨てたりして」

「気にしない気にしない。いま食べれてるし、昨日はすでに半分くらい食べてたから今日買ってもらえて、食べる量が半分増えた計算になる」

「じゃあ、その半分は俺が」

「だーめ。これは私のだもん♪」


 にこにこしながら綿あめを頬張る姿に、不覚であるがほんの少しだけ可愛いと思ってしまった。


「それで今日は何処に行くつもりなんだ」

「それはね……」


 一度もったいぶらせてからラミエラは言う。


「なんと、パプアン広場で魔法演舞が見られるんだって。だからそれを一緒に見に行こうと思って」

「魔法演舞」

「そう、魔法演舞。普段じゃ絶対に見られないもんね。というより魔法そのものが日常で見れることはまずないから」


 ラミエラの言う通り、魔法演舞は普段では決して見ることのできない特殊な舞台である。

 魔法とは我々の体内に流れる魔力をエネルギー源とし、その魔力に規則性を与え、魔力が元々秘めている特異な性質を発現する能力である。規則性を与えるために使われる法則図は術式と呼ばれ、魔女と呼ばれる者たちは大抵その術式を用いて魔法を扱う。

 これまでの魔法研究で分かっていることは魔法を発現できるのは女性に限られるということ。女性の体内には男性には無いプロタナと呼ばれる物質があり、そのプロタナが術式を起動させるスイッチの役割を果たしているらしい。

 女性以外で魔法を使えるのは魔界に住むものたちだけであり、その影響もあってか人間界において強い魔法の素質を示す者たちは『魔女』と呼ばれ、迫害を受けてきた歴史を持つ。

 噂ではそう言った迫害を受けた者が密かに集まり、魔女総会なるものを結成しているとも言われている。

 今でさえ、魔女たちは戦場でちらほらと見受けられるが、古い昔には人外と呼ばれて恐れられてきた彼女たちは基本的に人前に出ることはない。ましてや魔法演舞のような舞台を開くことはとても稀なのだ。

 建国祭という式典に上流階級の方達が呼んだのか、それとも賑わう人の波に流されてきたのか、どちらにしてもこれ以上ない特別なイベントと言える。


「行くっきゃねぇな」

「もちろん」


 俺とラミエラは小走りでパプアン広場へと向かった。広場へ近づくにつれて人の数は増えていき、予想していた通り広場は人で埋め尽くされていた。

 俺たちは人混みを掻き分けながら広場中央に設置された舞台の方へと進み、舞台の周りに綺麗に並べられた客席の傍までやって来た。一本のロープが客席の周りを囲み、俺はそのロープから乗り出す様にして、舞台の上に目をやった。


「ちょっとちょっとそんな事されちゃあ困りますよ。さぁ下がって下がって」


 突然の注意を受け、俺とラミエラは声のする方を見た。


「すみません、ってブート! どうしてお前がこんなところに」

「いいから下がってもらえますかお客さん。このロープより先は座り見席なんです。ロープを持つのも禁止、身を乗り出すのも禁止。もう子供じゃないんだからルールくらい守ろうねぇ」


 ブートは俺の肩を押し、それから耳元で囁いた。


「ここから先は別料金だからさ。もっと前で見たいって言うなら、ほら、分かるよねぇ」

「あくどい商売してんじゃねぇよ。まさか他のお客にもそんなことしてるんじゃないだろうな」

「するかよ。てか、金貰ってもこれ以上先には入れられねぇよ。席と席の間の通路にも薄っすらとではあるが、術式が書かれてるからな。何も知らずにここを歩けば、間違いなく怪我人が出る」

「そんなに危険なのか」

「当たり前だろ。魔法だぞ。危険に決まってる。危険で美しい、それが魔法だ」

「その通りっ!」


 子供の様にはしゃぎながらラミエラが言った。彼女のテンションは既にピークに達していて、何か言うたびに叫び声のように聞こえそうだった。


「それにしてもいいタイミングで来たぜお前ら。見ろよあれ」


 ブートが肩越しに左方向を指差す。目を向けた先には明らかに広場に似つかわしくない豪奢な席が用意されており、その周りを四人の兵士が取り囲んでいた。


「あれって……」

「そうさ。フィリア王女だ」


 周囲の観客席より二段ほど高い台に紅い絨毯が敷かれ、その上に置かれた席にはこの国を代表する王女が腰掛けていた。席のすぐ後ろには王女の近衛騎士であるフリアニクロス=アルバンテの姿もある。


「王女様も見に来るんだぜ。半端じゃねぇよな」

「確かに」

「今裏で準備してるらしい。すげぇぜマジで。昨日見たがありゃただ者じゃねぇ」

「そう言われてもな。魔法を見るのは初めてだからな」

「俺だって生で見たの初めてだ。だが、一目見ただけで分かるぜ」


 ブートがにやりと笑い、俺が期待に胸を膨らませたところで、一人の男が舞台に上がった。まんまるとした胴体を上下に揺らし、頭に小さな黒い帽子を被った男は舞台の中央に立つと、小さな魔石道具を口に当てて話し始めた。


「紳士淑女の皆様、ようこそおいで下さいました。本日は皆さまに世にも珍しい魔法演舞をご覧いただきます。これまでの日常から暫しの別れを告げ、この夢のようなひと時をどうぞお楽しみくださいませ。魔法演舞開演でございます」


 男は言い終えると直ぐに舞台から降り、そして、男と入れ替わるようにして艶のある金髪を靡かせた美しい魔女が舞台に昇った。


「さぁ、始まるぜ」


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