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1 勇者の背中
その背中を見たのは二度目だった。
地が震え、煙が立ち上り、轟音が響く戦場で、その人だけが笑っていた。尻餅を付き、ただ震えていることしか出来ない自分に笑顔を投げ掛ける。
不安と恐怖に沈んだ心を引き上げるように、彼は手を差し伸べる。
「もう心配はいらない」
優しく発する声は、負の念など微塵も抱かず、聞いた者に安心を与えてくれる。彼が戦場に立つだけで、そこにまるで希望の光が降り注いでいるかのようだった。
人々はそんな彼をこう呼ぶ。
「勇者……」
立ち上がった俺の肩にそっと手を乗せ、彼は言う。
「よく頑張った。後は任せろ」
肩の感触が消えたと同時に、彼の姿もその場から消え失せる。目にも止まらぬ速さで戦場を駆け抜け、森を荒らす魔獣を両断する。俺が振り返った時には、縦一線に断たれた魔獣の屍が戦火に焼け果てた地面に横たわる瞬間だった。
今回の魔獣討伐における負傷者は六名。後日、王都オーリフェルの王国軍病院にて、その内一名の死亡が確認された。