会談
Ep5
ちょうど正午ごろエルはようやく目を覚ました。大寝坊である。
「ふあぁーあーあ、おはようレン。」
「おはようございます、アーサー様。昼食の準備ができておりますので食堂へどうぞ。」
レンはエルの執事的なポジションで落ち着いたのだ。
「それと、マンドラゴラ族の長老がアーサー様にお目通りを願っております。」
「へえ、それじゃあ食事が終わったらすぐに行くから客間で待っててくれと伝えに行ってくれないか、レナ」
「はいはーい、仰せのままにアーサー王。」
ドアの陰に隠れていたレナがひょこっと現れる。
「レナ、なんだそのしゃべり方は不敬だぞ、それに仕事はどうした。ただでさえ人手不足だというのに。」
「だーかーらー、今からその仕事に行くのよ」
それから十数分後、エルも客間についた。ゆったりとした足取りで用意されていた上座に腰を掛ける。
「すまない、またせたか。私がアーサーだ。」
「いえいえ、こちらこそ忙しい中お時間を取らせてしまい申し訳ない。儂はマンドラゴラ族の長老オルド・ルーというものじゃ。今日は貴殿にとりいって願いがありこのような場を設けさせてもらったのじゃ。」
と、気のよさそうなマンドラゴラ族の長老は穏やかな口調でそう返した。
「それで、願いとは?」
「では、率直に言いましょう。我ら、マンドラゴラ族を貴殿の配下に加えてもらいたい。」
先程とは打って変わり力強い口調で、顔つきも一族の長としてのものに変わっていた。
「なるほど。」アーサーは一瞬考えるようなそぶりを見せ次の言葉を口にする。
「それは、長老殿の独断ではなくマンドラゴラ族の総意と受けとっていいのか。」
「もちろんですじゃ。」
後ろに控えている二人を見る限り嘘ではなさそうだが。昨日の今日でこれだ、即決するのは急ぎすぎか?しかし、後々のことを考えれば駒は多いに越したことはない。
「ところで、オルド殿、こう云ったものに見覚えはないか?」
昨日夜中の会議で見せた稲の絵をオルドに渡した。。
「これは、・・・確かに知っていますが、固くて食べることもできませんしほかに利用価値があるとも・・・。ほっといても生えてくるものなので必要とあらば今すぐにでも持ってこさせますが。」
なるほど、この世界では、稲は雑草みたいなものなのか。もったいない。
「ああ、すまん、余計なことを聞いたな。それで、さっきの答えなんだが、こちらとしては、君たちがいいなら何の問題もない。・・・本当にいいのか」
自分で言うのもなんだが、俺はかなり怪しいやつだと思うぞ。こんな話を素直に受け入れるほどエルはまっすぐな性格ではなかった。
「もちろんですじゃ。我らマンドラゴラ族は弱小種族、ヴァンパイアの庇護が得られるのであればこれほど安心なこともないでしょう。」
まあ、予想はしていたが、やはり庇護を求めてのことだったか。ん!今こいつヴァンパイアって云わなかったか?
「ちょっと待て、今なんと言った。」
「? 『もちろんですじゃ。我らマンドラゴラ族は弱小種族、ヴァンパイアの庇護が得られるのであればこれほど安心なこともないでしょう。』ですが。」
「っ、どうして私がヴァンパイアだと?」
「フハハ、冗談召されるな。あれほど派手なことをしておいて、まさか、隠しているわけでもあるまいて。」
「ふん、当然だ。」
くそ、しくじった。ということは、他の奴らにもばれていると考えたほうがよさそうだな。人間にはばれてないと思うが・・・
「ところでアーサー様、見たところ血の契約は結ばれていないようですが、アーサー様はそういうのがお嫌いな方でしたか。いやはや、結構、結構。」
「血の契約とは何だ、長老殿。」
「では、僭越ながら説明させてもらいましょう。儂も祖父から聞いた話ですので詳しくは知らないのですが、かつてこの世界には旧支配者と呼ばれる5つの種族がいました。旧支配者にはヴァンパイアでいうブラッティー・マジックのようにそれぞれ特異な能力があったとされています。ブラッティー・マジックの真に恐ろしいところはその攻撃性ではなく血の契約という一つの魔法にあるのですじゃ。契約対象者に絶対服従の首輪をつける代わりに大きな力を与えたとされています。この力ゆえにヴァンパイアはマヤ族と並び最強と恐れられ、悪の代名詞となっているのじゃ。」
ぐっ、知らなかった、まさかヴァンパイアが悪の代名詞とは、それにしても何とも恐ろしい話を聞いてしまった。
「ま、まあ 希望者がいればやってみるのも面白いかもな。」
その言葉にオルドの目が怪しく光った。
「おお、それでは、初めての契約書となる名誉をこのじいに下され。」
「ああ、そんなことなら構わんが。」
謀反の意思がないことを示そうとしているのだと思うが、こちらとしてはありがたい。
しかし、そこに横やりを入れてくるものがいた。この会談で発言権のあるのはオルド、アーサー、ドンチャのみである。
「いやいや、ご老体で無理をなされるものじゃない、それに今貴殿に何かあったとなればまずいでしょう。私が変わりましょう」
「はっはっは。年寄扱いしてくれるな。それに年というならドンチャ殿もいい年だろう。」
「何を言いますか、私はマンドラゴラ族との関係を心配して、」
「心配には及ばんよ、後ろの二人を証人として付き添えればいいだけの話。」
まじかこいつら、今の話のどこにそんな魅力があったというんだ。というか、これが男の取り合いとかいうやつか。取り合ってるのがおじさんということですべてが台無しだが・・・。ふぅ、落ち着け、まずは話を整理しよう。
・ヴァンパイアには血の契約というものがある。
・血の契約とは強制的に相手を服従させる類のものである。
・ヴァンパイアはかつてそれを使い覇権を握った。
うん、どこからどう見ても死の宣告にしか見えん。
そこに、後ろに控えていたレンが近づいてくる。
「ん?どうしたレン。・・・・なるほど確かに一理あるな。」
その間にもおじさん同士の舌戦は繰り広げられている。
「ごっほん、とりあえずこの話はみんなに意見を聞いてからにする。」
こうして、会談はマンドラゴラ族の参入ということで終わった。
結局、全員と契約することとなった。
余談だが誉ある初めてを手に入れたのは長老殿だった。
レン視点
執事となってすぐに会談に出席することになるとは。レンは少し緊張していた。
「アーサー様、ご客人は東の客間にて接待しております。」
「そうか、では、そろそろいこう。」
レンはエルの後ろを静かについていった。
執事心得その1 執事たるもの主の半歩後ろを歩くべし。
(あれ、半歩だったか?三歩だったか?)
もちろん、『執事入門書』などという都合のいいものがあるはずもなく、昨日の夜レナに言われたことを実践しているだけである。それにしても、あいつはどこでこんなことを覚えてきたのか。昔からよくわからんことを口にする奴だった。いかんいかん今は仕事に集中しなければ。確か
『執事心得その二 いついかなる時も主の周りに気を配り、危険があればそれを取り除くべし。』だったか?
右好、左好、上方好、うん、大丈夫そうですね。レンは非常にまじめだった。しかし、そんなに目をきょろきょろさせている執事はいないということに気付くのはもう少し後のことである。そんなことをしているうちに目的の部屋の前までついたらしい。
「それでは、(ドアを)お開けしてよろしいでしょうか。」
エルはさっと身なりを確認し軽くうなづいた。
部屋の中にはすでに五人の人物がいた。上座にエルの席、右の一段下に族長であるドンチャ、対面にマンドラゴラ族の長老のオルド、その後ろにマンドラゴラ族の若者が二人いる。
「それで用とは?」会談が始まった。
(疲れる、まさかただ立ってるだけなのがこんなに疲れるとは)
レンはかれこれ十五分くらいこの状態なのである。
「ああ、すまん、余計なことを聞いたな。それで、さっきの答えなんだが、こちらとしては、君たちがいいなら何の問題もない。・・・本当にいいのか」
(ふぅ~~うー、ようやっと終わりそうだ。)
レンは今すぐにでも動きたい衝動に駆られるが、何とか我慢する。
「ところで・・・」
(おいじじい、いま完っ全に終わる流れだっただろ)
そんなことを考えていると聞きなれない言葉が入ってきた。
(血の契約?聞いたことがありませんね?)
「血の契約とは何だ、長老殿。」
(なんと慈悲深い、私の心を察してわざと知らないふりを・・・)
「では、僭越ながら説明させてもらいましょう。儂も祖父から聞いた話ですので詳しくは知らないのですが、かつてこの世界には旧支配者と呼ばれる5つの種族がいました。旧支配者にはヴァンパイアでいうブラッティー・マジックのようにそれぞれ特異な能力があったとされています。ブラッティー・マジックの真に恐ろしいところはその攻撃性ではなく血の契約という一つの魔法にあるのですじゃ。契約対象者に絶対服従の首輪をつける代わりに大きな力を与えたとされています。この力ゆえにヴァンパイアはマヤ族と並び最強と恐れられ、悪の代名詞となっているのじゃ。」
(なんと、そんなものがあるとは。このあとっこそりと契約してもらいましょう。)
しかし、その直後オルドが聞き捨てならないことを言い出す。
「おお、それでは、初めての契約書となる名誉をこのじいに下され。」
(今さっき臣下になった分際でなんと図々しい)
「ご老体で無理をなされるものじゃない、私が変わりましょう」
(お前もか)
「はっはっは。年寄扱いしてくれるな。それに年というならドンチャ殿もいい年だろう。」
(くそ、なんだかんだでこの二人に決まりそうだな。)
執事であるレンにはこの会談で発言権はなかった。できることといえば小声で助言する程度である。
「アーサー様、この件はここで決めてしまうのは早計かと、一度皆に話をしてからのほうが・・」
この後すぐに会談は終わった。その晩、マンドラゴラ族の参入を祝い宴が行われた。
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皆が寝静まった夜中の2時。一室でろうそくの明かりがともっていた。
その部屋には、蜘蛛人族が三人、ロド、ドンチャ、トム。マンドラゴラ族の長老オルド、村主たるアーサーがいた。
「すまない、こんな夜遅く。」エルはそういい用意されていた席に着く
「いえ、それは構わないのですが、いったいどんな用件で?」
「ああ、会談でも少し話に出したんだが稲のことでな。」
「はあ、あの植物ですか、そういえば何に使うか聞いてませんでしたね。」
「ごっほん、稲はな、食用にする。」
「は」皆さん、何言ってんだこいつって顔になってるんですが。
「もちろん、このまま食うわけじゃない。」
「ふぅ」「よかったよかった」「まったく、驚かせてくれる」
(おまえら、・・・)
「(話)進めるぞ、この稲をかまどというもので炊くと米というものができる。この先これを主食とするつもりだ。まあ、強制するつもりはないが。」
「かまど、米、いったい何のことですか?」
「詳細は後で伝えるがそのかまどというものを作ってほしいんだ。」
「ふむ、それならヒースに頼むのがいいじゃろう。ああ、ヒースというのはサイクロプス族の族長でなここにある家具や武器のほとんどはやつ一族の製品だ。」
「それで家具や槍の質が良かったのか。(家だけ作るのがど下手なのかと思ってた。)しかし、そんな奴らがいるならそいつらに頼んだほうがいいかもな。それでどこへ行ったらヒースとやらに会えるんだ。」
「それなら問題ない、もうすぐ、彼らに会う予定があるんだ、その時頼んでみよう。」
ドンチャが言う。その後、話し合いはつつがなく終わった。
ドンチャがその部屋から寝屋に帰る途中後ろからオルドが話しかけてきた。
「のお、あの事アーサー殿には言わなくていいのか?」
「ああ、無駄な心配を掛けたくない。」
ドンチャはそういうとすたすたと去っていった。
翌昼、「ふあぁーあーあ、おはようレンん~~~!」
「おはようございます、アーサー様、昼食の準備ができております。食堂へどうぞ。」
「??? 誰だ、お前。」
眼の前には、見覚えのないものがいた。