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物作り異世界小説紀行

サキュバスが愛した靴屋

 人間の住むオウド大陸の中でも最も盛んな首都、ホグウッド。

 耳が長いエルフが男に言い寄られ、獣の特徴を持った獣人達が冒険者組織ギルドの仕事にて街の外で魔物を倒すために旅立っていた。空を飛べる鳥人達が今日も今日とて仕事をするためにさっさと飛び回り、妖精が皆の手伝いのためにこちらもせっせと仕事をしていた。

 そんな王都の街外れ、そこには1軒の小さな靴屋があった。その名も『小鳥の靴屋』、これはそんな靴屋と、そのお得意様となる女性の物語である。




 靴屋の中では1人の男性が、お客様の靴に合ったサイズで作って置いた精霊樹で作った靴の木型に紙をあてがい、靴に沿って慎重に紙に型を写し取っていた。1センチ、1ミリでもずれれば履き心地に影響する為にその男は緊張しながらも、大胆に線を引いて行く。

 そして線を引き終わると机の上に置くと、置いてあった皮を取って動物の油や植物の汁を漬けて丁寧に、柔らかくドラゴンの皮をなめしていた。


 その男性は皮をゆっくりと柔らかくするのには向いてなさそうな、巨躯の筋肉質の男。

 人間族の平均を優に超える2メートルの若者は、筋肉で力を込めながらも皮を一切傷めずに、傷が消えるようになめしながら配慮に配慮を重ねて皮をなめす。


「終わったぞ、後は頼む」


 男がそう言って皮をなめし終えて革にすると、ボロ屋とも言うべき靴屋を揺らすほど多数の妖精達が現れた。

 嬉しそうな顔を浮かべた1メートルサイズの妖精達は巨躯の男が本来ならば裁断出来ないものをなめして切れるようにした革を、靴のサイズに写しておいた紙に合わせて裁断していく。


「噂通りね~。凄い技術力の高さと言うべきね~、この靴屋の店主であるキケヌスさん?」


 と、古びた木の扉を開けて1人の女が入って来る。

 その女は同性であろうとも立ちくらみそうになるほどの凄まじいボディラインを強調するかのような紐だけしか着ていないような服、そしてその背中からは黒い羽を生やして妖しい色香をこれでもかと漂わせる女。


「……サキュバス、か」


 巨躯の男、靴屋の店主であるキケヌスは入って来た女を見て一瞥(いちべつ)する。


 サキュバス、それは魔物の中でもその色香と魔力にて人間を魅了し、誘惑して、その生気を食らう事を生業としている恐ろしい魔物だ。

 力はそれほど強くなくても、そのクラッとしてしまうようなフェロモンによって竜殺しを行う程の冒険者をいとも簡単に騙して殺してしまう、ある意味男にとってはこれ以上ないほど恐ろしい魔物である。


「えぇ、そうよ~。まっ、とは言ってもあなたの生気を吸いに来たんじゃないから、それだけは安心してね~」


「……客、とでも言いたげだな」


「そうよ~、わたしはお客様。あなたにこの私を彩るための、最高の靴を用意して欲しいの」


 サキュバスはそう言いながら古びた店の中で唯一綺麗な、お客様を座らせるため用の少し高めの椅子に座ると、脚を惜しげもなく、誘惑するようにキケヌスの前に魅せる。


「私達サキュバスは、知ってのとおり男の生気を吸って生きる魔物ではあるんだけど~、それと同時に1人の女でもあるのよね? そんな私達は自分達を美しく飾り立てるのに惜しげもない労力を使うのよ~。それこそ、人間の女以上にね~。

 私は綺麗に、そして美しくありたくて、この脚を綺麗に保ち美しく見せる靴を貰いに来たの~」


「今は勘弁して欲しい、先に貴族様(おきゃくさま)の靴を仕上げねばならぬ」


 そう言うとキケヌスは妖精達が切った革を場所ごとに合わせて薄くしていく。

 最終的な出来を左右すると言っても過言ではないこの作業は、パーツ毎にその薄さをほんの少しずつ変えつつも出来上がった時に革の厚みを一定になるように作る重要な工程。

 靴作りにおいて最も集中力を使い、難しくて普通の人ならば尻込みしてしまうその作業をキケヌスは瞬時に、迷うことなく行っていた。


 そしてその後、金槌を使って靴の木型に革を折りこみ、張り合わせると再びキケヌスは妖精に渡す。


「へぇ~、そうやって作るのね~」


「……まだ居たのか。集中力の妨げになる、用がないなら帰れ」


「あらあら、せーっかく集中しているから催淫は使わなかった私に対して、なにか言う事はないのかしら~?」


「サキュバスは居るだけで作業の邪魔になる、集中している時に催淫されたら溜まった物ではない」


 靴作りは集中力が物を言う作業だと、彼はそう言った。

 物作りとはどれもが集中力を用いるため、サキュバスのような人を乱して誘惑する存在は物作りに置いては天敵中の天敵と言っても過言ではない。

 そう言うとサキュバスはむぅ~、と頬を膨らませる。


「じゃあ、脚だけ測って置いてくれるかしら~? 邪魔だとしても、お客様としてお金を払えば良いんでしょう?」


「……仕方ない、か」


 妖精が布を縫い上げて、木型に釘で留め、中底と中物を入れると言う靴が作り上げられる中、キケヌスは静かにサキュバスの足を手に取る。

 そしてゆっくりと、美術品でも扱うかのようにして俺は彼女の脚を触る。


「ひゃん! ちょ、ちょっともう少し……や、優しくお願い……」


「……動くなよ、動くときちんと測れんからな」


「あっ、やめっ……」


「ふむ、爪先よりも踵の方が酷使されている。これは動くよりも立っている時間の方が長いと言う事か?」


「いやっ、こんなの……はじめて……」


「さらに変な体勢を続けて来たのか、全体的に足の軸自体が歪んでいるな。これは脚先の形が問題があるな。普通、どんな種族も指先の長さは親指が一番長かったり、人差し指が長かったりとどこかの指が長かったりしているが、あなたのは全ての脚の長さが同じくらいだ。この靴はあまりない故に、市販の靴を履き続けてたせいでこのような結果になってしまったのか……」


 そう言いながらキケヌスは真剣に、彼女の足の形をその指先で覚えていく。

 一方、されているサキュバスはと言うと興奮していた。普段はこのようなところを重点的に責められる事などなく、その上その手先で感じているのだ。


「だ、だめ……こんなの……いやっ、やめっ……ア――――ン!?」


 数分後、完全に足の形を覚えたキケヌスが手を離すと、サキュバスは若干涙目になりながらそのまま帰って行った。

 けれどもきちんと靴の代金と、「お前が1人で作れ!」という置手紙を載せて。





 数日後、『小鳥の靴屋』の店主であるキケヌスは1人で靴を作っていた。

 いつもだったら精霊を使って作業する方が作業効率的にも良いのだが、今回はお客様の要望と言う事もあるので1人で作業をしていた。


(こんなのは、久しぶりだな)


 キケヌスは革を靴上に整えながらそう思う。最近では精霊に大部分の作業を任せ、自分は靴の出来を左右する作業をしたりしていて、こうやって1人で一から作り上げるのは久しぶりである。

 そう思いながらお客様の肌触りも考えて冒険者に取って来て貰った、コットンフォックスという物凄く柔らかい触り心地の毛皮で作った靴に仕上げとして、火炎魔法をその手に宿らせながらその熱で靴底を磨いていく。


 と、その時バンッと無作法に靴屋の扉を開ける音が聞こえる。そしてタタンッと、大量の人間が入って来る音が聞こえる。

 靴底を磨くのを止めて、振り返るとそこには金属の鎧を身に纏った獣人の兵士達、そして豪華な服装を着た狐の姫が現れていた。


「ふむ……ここであんな、美しいくつをつ作ってるとは思えませんの。けれども、ここのくつこそが妾にふさわしいのは確かなようね」


 そう言いながら彼女はゆっくりと置いてあった靴を、今さっきまで作っていたサキュバスに頼まれた靴を手に取る。そんな彼女の腕をキケヌスの無骨な手が掴む。


「――――触るな、それはお客様のものだ。お前の物ではない」


 そんなキケヌスに大量の槍が向けられる。


「妾のこうきな身体にふれるとは、おぬしこそゆるさぬぞ。なーに、ただのくつなぞを作る者など、ころしてしまっても構わんじゃろう?」


 そう言って狐の姫は自信の身体の周りに火炎を玉として複数作り上げると、それをゆっくりとキケヌスの元へと近付ける。

 貴族の中にはプライドが高く、靴職人というのを軽んじているのは知っていた。


「さぁ、死ね!」


 そう言って槍を向けられたまま、狐の姫は火炎をキケヌスにぶつけようとする。

 もうダメだ、と思ったその瞬間――――。


「これ以上は許せませんわよ、アミィ?」


 と、そんな声と共に一瞬にしてキケヌスを覆っていた殺意と言う名の圧が消える。

 そして現れたのは、あの時のサキュバスだった。そのサキュバスに獣人の兵士達が取り囲んでいるが先程までのキケヌスを取り囲んでいた時のような殺意を含んだ警告ではなく、あくまでも恋い焦がれる者に群がる普通の男達の姿であった。

 そしてサキュバスの姿を見て、アミィと呼ばれた狐の姫は怯えたようにガタガタと震えていた。


「ひ、ひぃ! お、お姉さま!? な、なぜここに!?」


「アミィ、小国の獣人の国で姫様としているのは別に構わないわよ? けれども、その権力が他国に、ましてや大国を治める魔王(・・)のお気に入りにたかが小国の姫ごときが手をかけて良い事にはならないわよね? そんなあなたには、すこーしおしおきが必要だとは思わない?」


「ご、ごめ――――ゆ、ゆるしてぇ! ゆ、ゆるしてぇぇぇぇ!」


 そう言うとアミィと呼ばれた狐の姫は尻尾をペタンと下ろしてビクッと震える。そして自らの身体と尻尾を同時に押さえるように両腕で抱きしめて、そのまま座り込む。

 獣人の騎士達は惚けていたが、サキュバスが指をパチンと鳴らすと我に返ったようで、慌ててアミィを連れて店を出て行った。


「うふふ、しばらくはそうしていると良いわ。ちょっと可愛いしね♪」


「……何をした?」


 キケヌスがそう聞くと、「ただの魔法よ」とサキュバスは答える。


「私達サキュバスには他者を魅了する力があるんだけど、それも最上位ともなれば相手に夢を見続けさせて悶え苦しませる事が出来るの。簡単に言っちゃえば、好きな相手の事を永遠に思いながらも、その興奮を解消する事が出来ないっていう感じかしら? まっ、今回はまだ子供って事で1週間彼女は夜も眠れない日が続くと思うわ♪ まっ、こんなの『色欲の魔王』とも言われる私くらいしか出来ないけれどもね?」


 「それよりも――――」とサキュバスはそう言って、キケヌスの事をじっと見つめる。


「大丈夫? 怪我はなかったかしら?」


「……あぁ、それに関しては大丈夫だ。靴も、な」


「あら♪ それは嬉しい限りだわ、私、出来上がるの楽しみにしてたの」


 そう言いながら初めて来店した時と同じく、来客様用の椅子に座る彼女。それに対してキケヌスは「靴に触らないのか?」と聞く。


「良いわ、完成してから履くのが楽しみなの。まだじゃないかしら?」


「……あぁ、革に防御魔法を付与して磨けば完成だ」


「そう、じゃあ待ってるわ♪」


 キケヌスはそのまま火炎魔法の熱を使って靴を磨き、最後にハーピーから作った磨くための布にて磨く。

 そうして出来上がった靴を、キケヌスはいの一番でサキュバスに渡す。受け取ったサキュバスはそれを自分の大きな胸の谷間に挟み込むかのようにして、抱きかかえる。


「ありがとう……やっぱり良いわね、肌触りも良いけど、ここには心が……"生気"が詰まってるわ。

 ――――履いてみても良いかしら?」


「あぁ、良いとも」


 そう言ってゆっくりと、靴の中に爪先から入れていくサキュバス。そしてかかとを直して、少し余裕があるその靴の出来に、満足するお客様(サキュバス)の姿を見てキケヌスまで微笑ましい気持ちになっていた。



 その後、『小鳥の靴屋』にこのサキュバスがしばしば来る事になるのだが、それはまた別の話である。

〇キケヌス

…『小鳥の靴屋』の職人。恵まれた体格を持ちながらも、武器適正などの戦う才能がなかったために靴職人を志している。集中力が非常に高く、サキュバスの誘惑が効きにくい稀有な体質の持ち主。


〇サキュバス

…キケヌスのところに靴を頼みに来た女。凄まじいボディラインと、それを強調するような紐のような服を着ている。実はとある大国の魔王であり、魅了の魔法を使う。


〇アミィ

…獣人の小国の王女様。12歳とかなり幼く、甘やかされて育てられたために我儘。サキュバスの魅了の魔法によって、ずっと悶えて1週間眠れぬ夜が続いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 靴屋の物語としての作り込みが良かったです。 靴屋の職人気質に好感がもてました。 サキュバスの脚を見ての考察など感心させられましたね。 世界観的にもまだまだ広げられそ…
[一言]  素敵なストーリー展開、楽しかったです。 一方で、気にし始めれば設定面や文章におけるブラッシュアップの余地がそこここに見られたことも確か。 例:>靴屋の中には1人の男性がお客様の靴に合った…
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