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『誰かのノート』 鉤咲蓮

作者: 鉤咲蓮

【童話】『ちいさな劇場で』


軽快なリズム。

御伽話によく合う、滑稽で美しい音楽が流れている。

寂れて廃れた舞台では、首が曲がった踊り子が、操り糸でゆらゆら動く。


“おじょうさん わたしといっきょく どうですか?”


手と足がちぐはぐな紳士が来たら、互いにぶつかって倒れてしまった。

“ああ いたい”

“うごけない”

操り糸も絡まって、二人を生かしていた誰かはため息をついた。

もういいや、と呟いて。

両手を離せば板が落ち、たわんだ糸では生きられない。

舞台に残った死体は2つ、次の操り手を待っている。


耳を澄まし、目を見開き、僅かに口を開けて、それらに埃で蓋をされ。

乾燥しきった喉からざらりと埃を吐き出してしまいたいけれど、

それもできずにひたすら待つ。

意識が途絶えるまで。


本当に死ぬまで。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―



【道化師の話】


やあ、こんにちは。

君は「グロテスク」の意味を知っているかい?

装飾文様じゃない方だよ、言語的には形容動詞の方だ。


『ひどく異様なさま、怪奇なさま。異様、グロ』。

もちろん私は辞書をひいたよ。

それも電子辞書の方だ。紙の辞書は重いし指を切るからね。


それでまあ、何を言いたいかって言うとだね。

グロテスクでありたいからといって、別に血も臓器もいらないって事さ。

ピエロは怖いという人がいるけれど、それもある種、僕らのメイクや動きにグロテスクなものを感じているんだろうね。


…え?嫌じゃないかって?

そんな事はないよ、その気持ちはわからなくはないからね。

だってあたし、こんな顔の人間見たことないし。鏡以外ではね(笑)。


…結局なんでこの話をしたかって?

そりゃあ君、わかってよ。

わからなかったら明日の朝刊でも見てよ。

きっとうちの団長が仕掛けた『ショー』が載ってるからさ。

忠実なフリはしてるけど、俺だってたまには愚痴をこぼしたいのさ。




【猛獣使いの話】


私が知っている事…ですか?

そうですね、このサーカスはサーカスはごく普通だという事くらいでしょうか。

ほらら、役者は大体有名どころが揃ってるでしょう?

ピエロとか…ブランコとか。

猛獣使いはどうなんでしょうね。

人は猛獣の方方方ばかり見ているから、あまり目立っていないと思いますよ。


いえいえ、いいんです。

猛獣こそが主役であって、私は影でそれを操る事に楽しみを感じていますし、

まあ、やりがいでもあるんです。


変わった事は本当にないのかって?

あるといえばあるんじゃないですかね、このサーカスにしかないもものが。

なにかって、そりゃ当然全部ですよ。

猛獣使いなんてあちこちにあちちこちにいますけど、私はここにしかいない。

全員そうですよ、見習いの子まで全部ね。

他とは違う人がやっている。当たり前の事です。


まあだからといって、全員と仲が良いか良いかと聞かれたら、違うんですけどね。

私にだだって人の好き嫌いはあります。

食べ物の好き嫌いもしますけど。




【曲芸師の話】


ああ、嫌だね。

何って、あの金切声がだよ。

怒った女ってのは何でああもキーキーうるさいのかね。

こちとら芸の練習が忙しいのに、見習いがやるような些事をいくつも言いつけてくる。やってもやってもキリがない。


あんまり腹が立ったから、さっきは俺まででかい声出して喧嘩しちまったよ。色々言い過ぎたかなぁとは思うけど、俺だって随分と我慢したんだ。

もうご勘弁願いたいのさ、あいつのわがままに付き合わされるのは。


出てくのかって?んな事はしないさ。

元々…団長の芸が好きで入ったんだ、多少の事じゃ出ていけないね。

それに、さっき言われたんだよ。今までの事を謝りたいとさ。今夜は懐かしい場所で、酒でも持ち寄って語ろうじゃないかってね。


もちろん行くつもりさ。

それで、昔みたく楽しくやれないかって、話してみるよ。

皆で馬鹿やってそれがウケる、あの頃が俺は一番好きだったんだ。

なのに…いつからこうなっちまったのかねぇ。




【見習いの話】


忙しい、忙しい。

あれ、そんなところで何をしているんですか?

そこに居たって団長には会えませんよ。

今はお食事中ですから向こうにいらっしゃいます。

聞きたい事があるなら、食後には多少時間があると…、僕にですか?

少しだけなら構いませんよ。でも手短にお願いします。

何せ手が足りなくて。


見習いの数が他よりずっと少ないんですよ。意外ですか?

でも仕方ないんですよ。やたら怒鳴られたり、必要のない用事を言いつけられたり。

皆、辞めていくか……いえ、辞めていくだけですね。


団員は大抵の方は優しいんですが、一部は少し。

どこにでもある人間関係だと思いますから、騒ぐのは勘弁してください。

…おっと、そろそろ行かなくちゃ。


いえね、団長が食後に飲む薬の調達とか準備、僕が任されてるんですよ。

ええ、昔ちょっとだけ薬学をかじったもので。

薬は数年前に勧めてからずっと飲まれてます。団長がよく効くというので、他にも何名か。

今向こうで逆立ちをしてる方とか…っと、薬の事より団長ですよね。

じゃあ、行きましょうか。




【踊り子の話】


全くびっくりさせてくれるわ。

あいつの事よ、逆立ちで私を追いかけて楽しんでるの!

そんな風に来られると思わず逃げちゃうのが人間の心理ってものじゃない?

なのに…あら、違う?そうでもない?

でも私はそう思うし、とりあえず逃げようとするわ。私はね。


面白いからつい許しちゃうけど、それも頻度が少なければの話だわ。

数年前からだんだん多くなってね、最近は普段でも急に逆立ちしてたりするの。いきなり出くわしたらそれはもう驚くんだから。


彼は何でそんな事をするかって?

構ってほしいんでしょ。私が好きなのよ、恋人になってほしいんですって。

でも私あんな男タイプじゃないわ。

ちょっと傲慢で自信家だし、私以外には偉そうな態度を取りがちで。割といい仕事するのに、残念よね。

ふざけて笑わせてくれるのは構わないけど、しつこく言い寄ってくるのは嫌。


だから聞いてみたの、私の為に人が殺せる?って。それほど私が好きなら考えてあげてもいいわよ、って。

できるとか言ってたけど、馬鹿よね。

もしできたとしても、私が人殺しを好きになるわけないじゃない。




【オウムの話】


ショーが始まります、ショーが始まります。

お客様、困ります。困ります。こちらはサーカス団員専用通路。

困りまます。こちらはサーカス団員専用専用用通路。

お席に座ったら立ち上がらず、どうか最後まで当サーカスをお楽しみください。

オウム、喋ります。おいらは喋るオウム、名前はオウム。


私さっき言ったでしょう、どうしてまだやってないの!?

オウム、いいですか。今から私が言う事を言う事をくり返してみるんです。

いい加減にしろ!お前のその癇癪で何人辞めたと思ってるんだ!

ああ、ああ、愛しいあの子の頼みなら。人ってどうやったら死ぬのかなぁ。


わかりました、あの新しく入った女ですね。任せてください。

ショーが終わります、ショーが決まりました。

いやぁね、だからやめてって言ってるじゃない。来ないでってば。

僕の苦労をわかってくれてる人っているのかなぁ。いらないけど。


口答えはいい!早く!!ああ、本当に使えない奴!!

サーカス、終わらない。

また来てください、サーカス!サーカス!




【空中ブランコ乗りの話】


そこの君、うちの猛獣使いを見なかったかい。

髪が長くて背が高くて…ああ、そうだね。世間じゃ美人って言われてるけど。

俺はそういう風には思わないけどね。


それで見たの?見てないの?

曲芸師に会いに行くところを見た?そう、あいつに。ふーん…

何の用事とか言ってた?見ただけじゃ知ってるわけないか。

ああいや、向こうに用事があるならいいんだ、俺は後で。


何かあったのかって?そうだ、聞いてくれよ。

あいつが新しく持ってきた犬が俺の手を噛んだんだ。もう三度目!

俺はサーカスの花形だっていうのに、ブランコが掴めなくなったらどうする気なんだか。

それに、向こうに見習いの小僧がいるだろ?

あいつの手袋もたまに血の匂いがするんだ。きっと被害者は俺だけじゃない。


まあ…すぐ離してくれたし、深い傷じゃないんだけどね。

ほら、この通り自分の体重も支えられるよ。でも結局痛いんだけど。

だから三度目の正直って事もあって、今度こそ謝ってもらえるかと思ったんだ。

おかしいだろ、足でちょっと頭を小突いただけで噛みついてくるなんてさ。まったくあいつは猛獣使いのくせして、躾がなってないんだから。




【団長の話】


これはどうも、よくいらっしゃいました。

私が当サーカスの団長をしております。初めまして。

ああ、どうか声に驚かないでいただきたい。これは機械で出しているのです。

この仮面とマントでもおかわりいただけるかと思いますが、

当サーカスでは団長の正体は完全に秘密。


今日あなたが見た誰かが私かもしれないし、舞台に上がらない何者かが私かもしれない。

詮索は無用に願いますよ、これはうちの伝統ですから。

もし知ってしまったら…ふふ、猛獣に食べられてしまうかもしれませんね。


私達がこの町に来た理由ですか?

確かに都会から遠く離れた田舎ですが、そう不思議な事でもありません。

実はうちがまだ小さな劇団だった頃、この町を拠点にしていたのです。

外れにある小劇場はご存じですか?

もうとっくに潰れてしまいましたが、あそこには大変お世話になりました。

昨日見てきましたが随分と廃れてしまって…寂しいものですね、知っているものが無くなるのは。


しかし、古い劇場というのもなかなか味がある。

人気もないですし、内緒話をするにはちょうど良い場所かもしれませんね。




【メモ】


・男の多いサーカスだ。会っていない女性は見習いの2人だけ。昔は女性も多かったようだが、女性には働きづらくなったのか…?

・よく喋るオウムがいたが、愛玩用であって舞台には出さないらしい。愛玩用というか、余計な言葉を覚え過ぎただけだと思うが…。

・見習いは酒を飲んではいけないらしい。可哀想に。

・突然の悲鳴。女子トイレに黒くてカサカサ動くものが出たらしい。ブランコ乗りが向かったが、私は色んな意味で入れなかった。


・団長は私より少し低いくらいの身長だった。マントが足元まであるとはいえ、中腰にしているような違和感はなかった。

・帰り際、どこか見覚えのある小太りの男とすれ違った。あれは誰だっただろうか…やはり見覚えがないような気もする。

・曲芸師と話す猛獣使いは顔をしかめ、首を振っていた。彼らは一体何を話していたのだろうか。

・道化師の言葉が気になる。明日は朝食を食べたらすぐ新聞を買おう。彼は団長が何かすると知っていて止めないのか…何かのイベントか?




【朝刊の切り抜き】


昨夜遅く、××町の建物内で男女の遺体が発見された。

第一発見者と亡くなった男女は共に××町を訪れていたサーカスの団員であり、第一発見者は女に現場へと呼び出されていたが、彼が到着した時には既に二人は亡くなっていた。


建物は町外れにある今はもう閉鎖された小劇場で、舞台上にいた彼らに向かい、老朽化した舞台照明が丸ごと落下した。

客席の照明はついており、二人がやったのか定かでないが、そちらだけ電源が引かれていた。


舞台照明に積もっていたもの、また落下の衝撃で舞台の埃が舞いあがったのだろう、発見された二人は全身が埃まみれだった。

飛び出しかけた眼球だけでなく、鼻腔、口内にも埃が入り込んでおり、即死でなかった可能性が高い。

遺体は客席を見つめる形で倒れており、第一発見者のショックも大きかったようだ。

身体が歪に曲がった状態で、外出血も少ない上に埃が降り積もり、血だまりはあまり目につかない。


現場は「壊れた人形が落ちているかのようだ」と表現された。

客席から照らされる舞台の上、埃まみれの歪な遺体。こちらを見つめる目と目が合って、現場を見た警察官が「夢に出てきそうだ」「吐き気がする」と発言し非難を浴びている。

しかし実際に嘔吐してしまった者もいたようだから、それが無理もない景色だったのだろう。


「自分が遺体を見ているというより、人型の何かに自分を見られている気になった」。

第一発見者のこの言葉が、より正確に現場を現しているものと思われる。

サーカスでは人気役者の二人だけに、民衆の悲しみも大きい。




【団長の話】


ああ、これはどうも、昨日振りですね。お元気ですか?

こちらは見ての通り元気ですよ。少し予想外な事もありましたが…

二人の事ですか?いえ、私の言う予想外はちょっと違います。物は同じなんですが、内容が違うというか。

…誰か死ぬとわかってたのかって?やめてください、物騒な。

あの建物は我がサーカスにとって思い入れのある場所だというだけですよ。


二人の死は本当に残念です。仲間としてもそうですが、この町の公演期間が残っていますし。

だからサーカスは残りますが、僕はもうすぐいなくなるかもしれません。

その時は彼らも連れて行ってあげた方がいいのかな?

原因から離れたとしても、彼から抜けるかわからないけど。薄れる可能性はありますしね。

彼さえ治れば、ノイズみたいになってるあの鳥も少しは静まるでしょう。

仲良く再出発といきましょうかね。


本当はもう長らく、仲間に対して諦めてたんですけど。でもほら、今回動きがあったから。

あいつも一緒に来るって言いそうですが、そこはおいらの力の見せどころかな。


…何の話をしているのかって?

知らない方が良いですよ、世の中知らぬが仏だらけです。

知ってしまったら上手く見逃すか、全力で逃げるかのどちらかで。

でもどちらを選ぶにせよ、俺は御免ですよ。

妙な薬漬けにされるのはね。




【???より】


とある日の夕方から翌朝までが過ぎました。

誰がどんな人物で、いつ何が起こっていたのか。

今このノートを読んでいるあなたには、それがわかったでしょうか。


これまでサーカスを取材してきた彼は、何もかもわかって逃げて行きましたよ。

知ってしまった事実を手放すから、だから自分に手を出すなと。

そう伝えるために、敢えてサーカスのすぐ側にノートを捨てて行きました。


つまり、彼がそう伝えたかった相手がこの近くにいるという事です。

そして、その相手がノートを処分する前にこれを拾い、読んでしまったあなた。

見てはならないものを見て、知ってしまいましたね。

今度不幸な目に遭うのは、あなたかもしれません。


…ノートを読んだ上に書いてるお前はどうなんだって?

まあよく考えてみてください、こんな事を書けるのは誰かって。

そうしたところで、誰にも何もされない自信があるのは誰かって。

あなたがこれを拾って読んでしまうのを待っていたのは、誰かって。


わかりましたか?わかりませんか?

誰か知りたいのなら、さあ。




後ろを振り返ってみてください






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