雨の日請け合います!
世の中は不思議な事で溢れている?
そんな妄想を元に仕上げました。
お仕事でお疲れの方も勉学でお疲れの方もほっこりして頂けると嬉しいです
ー世界にはいろんな不思議が溢れているー
そんな不思議のひとつが多分……俺。
「やっぱり、今日は主任が出勤だったのね!!おかしいと思ったわ!」
パートさんからの怒声混じりの悲鳴にせっせと品出しにあけくれていた俺は困った顔で振り返る。
「……戸浪さん……馴れてるけどさ、出勤してきた上司にその反応はなくない?」
今年で30歳。生きてる年月=彼女いない歴。そんな目からしょっぱいものがこぼれ落ちそうな高谷日夏は苦笑混じりに注意する。仮にも正社員だから、会社で決められた一ヶ月の拘束時間は出勤しないといけないし、月替わりの売り出し日に休む方が非難の的のはず……本来ならば……。そんな俺の切ない突っ込みにも戸浪さん……俺のサブ的存在は言い募る。
「主任が来たら、晴れちゃうじゃない!私の今日の完璧なスケジュールが崩れるじゃない!」
ちなみに戸浪さんはベテラン主婦パート歴15年。二人の子供を立派に育てあげた戸浪さんに怖いものはない。そんな戸浪さんの理不尽な叱責に俺はぺこりと頭を下げる。
「すいません…………」
「う~、今日主任がシフト変更したと知らなかったから発注数減らしちゃったのよ。後で、隣の店に連絡しとくから、アイスクリームの特売品取りに行って来てくれる?」
「慎んで、行かせて頂きます」
「なら、私に無断でシフト変更した事、許してあげるわ。ちなみに明日は?」
「あ、明日休みます」
「なら、明日の豆腐の発注数減らしておくわね」
「ありがとうございます」
豊満な肉体に似合った広い心で俺の無断のシフト変更を許してくれた戸浪さんが慌ててバックに下がっていく姿を見送って俺は心の中で再度、突っ込む。
ー戸浪さん、俺……上司だからね……一応……ー
戸浪さんにも関わらず、ベテラン主婦のパートさんがいるから多くのスーパーマーケットが回っている。やはり、日本は女性に支えられている……以上。とりあえず、戸浪さんがやろうとしていた仕事、ちゃんとフォローするからと思いながら俺は再び、台風が直撃するはずだった店の中で売り出し商品を積み上げる。そう昨日の夕方……今日来れるはずだった夜のアルバイトが休むという連絡をしてきたため、月末の日替わりPOPを替えるには人数が少ないな~と気遣って出勤を決めた。その後、直撃するはずだった台風はなぜか遥か東……大陸へ進路を変えた。昨日、上長から発注数を減らせよ~♪と指示を受けていたパートさんが予想外のお客様の来店に悲鳴をあげているが申し訳ない。
「ほんと……晴れ男なんて、嬉しいの小学生までだよな……」
世界中の雨男、雨女の皆様からお叱りを頂くかもしれないが、俺はそう思う。初めての遠足はもれなく晴れ。初めての運動会ももちろん晴れ。イベント、行事と名のつくものは全て晴れ。…………残念な事にただ今夏の真っ最中。記録的な猛暑と共に、外出時に雨に降られない日数も連続三週間。ちなみに本日も傘の出番はないだろう。梅雨時も傘をさしたのは一回だけ。そう思って、溜め息を吐いた日夏に声がかかる。
「主任~、ヤバイわ!豆腐が切れそう!」
豊満な肉体を揺らしてやってくる戸浪さんに日夏はひょろりとした体で振り返る。
「大丈夫、後で俺が商品もらってくるから!」
戸浪さんの叫びに俺はそう返すと品だしを中断する。晴れ男ここに極まりの俺に出来るのは発注数の減少による商品の欠品をなくす事だけ。鮮魚のパートさんが鬼気迫る表情で刺身を出す横をがらがらと台車を押しながら日夏は戸浪さんの後に続いた。
「つ……疲れた……」
「ま、主任本当に晴れ男ですもんね」
着任して早半年、店内中に広がった俺の晴れ男っぷりは最早、止まる所を知らない。自己紹介の時にー晴れ男なんですーが冗談だと思われた半年前が懐かしい。
「たしか、日夏って名前も真夏日に生まれたからだったっけ?」
日夏の出勤の余波を受けて、昼間は加工や品だしに追われていた各部署の主任達が揃いもそろって、台風がくるからやろうとしていた仕事に追われている一室。その質問に明日しようと思っていた仕事を前倒しでしながら日夏は苦笑する。
「今世紀最大の真夏日に生まれたからです」
「あはは、本当面白いよね~」
「他人事ですね、先輩」
「だって、高谷主任が来る日大概、晴れるもんね~」
「パートさんの子供の運動会や、遠足。揚げ句の果てには、地域行事の時に雨による損失をなくすために……次長から遠回しに出勤を打診されるとかおかしいでしょう!」
イベント事=売上になるスーパーマーケットにおいて日夏の能力は最早、予算達成のためのスキルになりつつある。来月の運動会も遠回しに出勤するのか?と聞かれたがするだろ……普通。地域行事でパートさんがいなければ、主任の出勤は確定だ。そこに拒否権はない。
「今では……友達のお母さんまでが俺と外出すると聞くと雨予報出ても、洗濯物干しますからね」
『あははは!』
目の下にクマを連れた主任達が日夏の自虐にゲラゲラと笑うのに深い溜め息を吐いた。
ー晴れが嫌ってわけじゃないんだけどなー
あれから2時間後、閉店とともに夜間責任者から店を追い出された日夏は空に光る星を見上げて嘆息する。子供の時は単純に遠足や運動会などイベントに必ず晴れる事が単純に嬉しかった。ただ……それが年々喜べなくなったのはいつからだろう。
「………………………………」
別に仕事中にパートさんから『主任、出勤替わる時は必ず連絡して下さいね!』と念押しされる事が嫌な訳じゃない……。上長から、『高谷、来月の1日と10日は出勤するよな?』と無言の圧力をかけられるのにも慣れた。俺が役に立つのならと思うが、晴れを呼び寄せる替わりにどこかが渇いていく。
「ふー」
通勤に使う最寄り駅のベンチに腰を下ろしてようやく一息つく。仕事が嫌いな訳ではない。人付き合いが苦手な自分を『主任』としてみてくれるパートさん達にも恵まれている。
それなのにー渇くーのだ
心のどこかがサラサラと音をたてているように何とも言えない気持ちが増えていく。これもあれ以来……なのかも知れない。
ーあんたの存在が不愉快なのよー
その言葉が忘れられない。ただ、愛して欲しかった。それだけなのに……欲しい言葉は貰えなかった。自分には『晴れ』をあげる事しか出来なかったのに……それなのに……。
「つ……………………」
ずっと見ないふりしてきた心が限界を迎える。人がいる所で泣いてどうすると思いながらももーああーと思う。終電間際の田舎の駅は人がいない。それも次の電車まで時間があればほぼ貸切状態だ。苦笑しながら、頬を伝った涙を拭いて顔をあげた日夏の前でなせか目を丸くした女性が立ち尽くしている。
「す、すいません!」
泣いていた所を見られたと慌てて顔を背けると気まずそうに女性がひとつ離れたベンチに腰を下ろすのが分かる。
「…………………………」
「…………………………」
長い沈黙が二人の間に流れる。大の男が人前で泣くなんて恥ずかしいと顔を俯かせていると視界になぜか雨具が入る。
「…………………………」
雨具なんて珍しくもないが、台風の直撃を避けた今日に薄いピンク色の可愛らしいカッパに黒のブーツのような長靴と完全武装しているのは珍しい。思わず顔を上げると前を向いた女性の横顔が視界に入る。電車までまだ20分もあるのにただひたすらに前を向いている横顔はどこか儚い。自分と同い年ぐらいのとりわけて美人という訳でもないがどこか小柄ながらも凛とした横顔についつい視線がいってしまう。
「?……なにかついてますか?」
「す、すいません!」
無遠慮に横顔を眺めてしまっていた事に相手から声をかけられて気がついた日夏は慌てて謝罪する。
「いえ、雨も降ってないのに……珍しいな……と思って……」
弁解するために口から出た言葉に日夏は更に落ち込む。その言葉にキョトンとした女性は何度か瞬きした後、ニカッと笑う。
「私、今から雨を降らしに行くんですよ~♪」
「……はい?」
突然、電波に近い事を言い出した相手に日夏は怪訝そうな顔をする。そんな日夏に気分をよくしたのか、更に女性は楽しそうに笑う。
「なんて、おかしいと思いますよね!」
日夏の表情にクスクス笑いながらも、女性は続ける。
「私、こう見えて超雨女なんです」
「…………………………」
「今までの人生の一大、イベントは全て雨。終いに、遠足や運動会に来ないでくれと言われるぐらいに」
クスクスと笑いながら伝えてはいるがかなり子供にとっては厳しい内容だ。遠足や運動会は子供にとって最大の楽しみだ。思わず、同士として同情の視線を送ると女性がでもねと笑う。
「雨を降らしに行くと喜んでもらえるんです」
「つ!」
「どうしても“ハレ”の日需要が多いんで、出張は少なめですが“晴れ”があれば“雨”もないと……人はダメなんですね」
顔を強ばらせた日夏にふわんと女性は微笑む。
「だから、お兄さんにもいつか雨の日が来ますよ!」
「つ…………………………」
何気なく言い放った女性の顔と病気で逝った彼女の笑みが重なる。恋とは呼べない淡い記憶。彼女の病気が治るようにと何度も祈った記憶。病室に足を運んだ回数だけ、彼女に晴れた空を見せた。……なのに……
ーあなたの存在が不愉快なのよー
もう長くないと分かった時、彼女は自分の先に『晴れの日』がないと知った。その言葉に傷付いて、逃げて……逃げ回った後、彼女を見送った日はなぜか“雨”だった。
「俺には“晴れ”しか呼べない……」
自分がどれほど気味悪い事を初対面の女性に呟いているのかと思いつつも、口にすると女性は再びニコリと笑う。
「お兄さんは“ハレ”の日が嫌いなのね……」
「え?」
思わず、目を見開く先で女性は微笑む。
「知ってる?“ハレ”って簡単に言うけど、日本人にとって普段と違う特別な日の事も“ハレの日”って呼ぶのよ」
「…………………………」
女性の顔を見続けると女性は更に柔らかく微笑む。
「人の数だけ、“ハレの日”があるし、人の数だけハレの日に相応しい天気があるんじゃないかしら」
「……………………」
そう告げる女性の顔が滲んでいく。電車を待つ間のたった20分だったはずなのに……渇いた心に“アメ”が降る。顔を覆って俯いた俺を横目に反対向きの電車がやってくる。それに気づいた彼女が完全武装で立ち上がる。
「さ、私雨を降らしに行くわね……お兄さん」
そう言って、偶然泣いていた顔を見たお兄さんに笑いかける。
「ちなみに、死者を送り出す時に降る雨は“涙雨”っていうらしいの。その人を悼む人が多い程、降るんだって」
ただの偶然で出会ったお兄さんが自分の言葉に頷くのを見て、栗花落はやって来た電車に乗り込んだ。
かたんかたんと電車が走り去る音を聞きながら、日夏は苦笑して目を開く。そこに彼女の姿はないが…………。
「雨女か……」
そうぽつりと呟いて見上げた空に星はない。曇った空から雨が降る。
「どこに降らしに行くんだが……」
なぜか二度と会えないと分かっている出会いに苦笑していると暗闇から日夏の乗る電車が姿を現した。
名前を見てあれ?と思われた方、申し訳ありません。ただ今、ムーンライトの更新が遅くなっております。亀並みの更新になりますが、頑張って仕上げていきますのでお待ち頂ければと思います。
お読み頂いてありがとうございました!