黄昏
結局、木の下まで行っても何にも見つけられなかった俺たちは、行きより早い足取りで帰り始めた。陽がもうかなり沈んできている。
「な、なんてことなかったな!へっお化けも鬼も大したことないぜ!」
一番前でせかせか歩く船越が言った。いや、ちょっと小走り気味だな。
「そういう船越が一番怖がってるじゃないか。今だってそんなに早く歩いてるし」
「う、うるせー!そういう氷室だって昼に話したときはビビってたじゃねえか」
「あれは事実を述べただけだ」
実際そうだったし言い訳ではない。
すると怖がってしばらく黙っていた桜木が口を開いた。
「でも何にもなくてよかったね~。もし出ちゃったらどうしようと思ったよ」
「そんときはもう逃げるしかないって話だったろ?」
「走って逃げられるかな?」
たぶん逃げられないだろう。そもそもお化けは走るのだろうか?物質なのかも怪しい。
「大声出しながらだったら誰か来てくれるだろ」
「そっか~」
結局は他力本願だ。いざというときは自身の力でなんとかしなくてはならないのに。
「はぁ……。んな、アホなシミュレーションしてる間にお別れだぞ」
「お別れ?!」
隣で桜木が声を上げた。別におどろいてなんかいない。
「ん?だってお前んち、あっちだろ」
ここの十字路で三人とも家路が分かれる。船越は左の公園がある方向、桜木はスーパーに続く右の道路、俺はこのまままっすぐのところに家がある。
俺が十字路を見渡していると船越が言った。
「おい、氷室。送っといてやれないか?こいつが一番ビビってたし。」
「はぁ?こういうのは企画者である船越三郎、本人が責任もってだな……」
早く帰りたいだけだろ。俺だって、何にもなかったとはいえ心霊スポットに行ったのだ。早く帰りたい。
「えーと、あ!もうすぐハイパーマンZの時間だし」
ハイパーマンZは船越が毎週楽しみにしているアニメ番組だ。俺は見ない。早く帰りたいだけだったら五分五分だったが、仕方ない。
「ったく分かったよ」
「じゃ、よろしく!ばいばーい」
なぜそんなに嬉々と手を振る?こいつの切り替えの速さはネジが飛んでいる。
「おう。じゃな」
「ばいばい」
俺と桜木が手を振ると、船越は全速力で帰って行った。
「全くしょうがねえやつだな」
「でも船越くんらしいじゃん」
「んだな。んで、今日はおばさんに伝えてから来たのか?」
夕方から桜木の挙動がおかしかった原因を俺は俺なりに考えていた。
「うっ……実は……すぐ帰るって言ってきた」
どうやら合っていたようだ。
「すぐってもう家出てから30分は経ってるぞ。一緒に謝ってやるから早く帰ろう」
「うん」
俺は桜木の手を取って走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「この度はご心配おかけして、すみませんでした!」
「ごめんなさい!お母さん」
玄関で桜木のお母さんに謝る。こんなことするのは、一体いつぶりだろう。昔、庭の鉢をボールで割ってしまった以来か。あのときも申し訳ないことをした。
「ん~別にすずちゃんサブちゃんと一緒だったならよかったんだけどね~。心配したわ。すずちゃんも早く帰りなさい。お母さんには電話しといてあげるわ」
「ありがとうございます」
いい加減「すずちゃん」と呼ばれるのは気恥ずかしい。涼茂くんとか、もっとにしてほしい。
「こちらこそ陽花のこと送ってありがとね。この子、周り見ないから心配で〜ほら、小学校のとき」
「ちょっとお母さん!」
おばさん得意の長話が始まりそうになったが桜木が静止してくれた。
「あら、そうね。すずちゃん早く帰んなきゃ。気をつけてね」
「あ、ありがとね」
「ああ。それじゃ、さようなら」
「気をつけてね~」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ふと空を見上げると雲が紫に染まっていた。もうほぼ陽は沈んでしまっただろうか。早く帰らなくてはいけない。
俺がせかせか歩き出すと、誰かが俺の肩を2度叩く。
トントン
桜木か。早く帰らせときながら……
「なんだよ。明日にしてくれ。」
今度は3回叩かれた。
トントントン
「だから明日にしてくれ!」
4度叩かれる。
トントントントン
「だから!」
俺が振り向くと目の前に大きくおぞましい鬼の顔があった。
訳が分からない。
叫びたかった。叫ぶべきだった。泣き叫んで慌てて逃げ出すべきだった。でも足が動かない。口が開かない。全身が震えて冷や汗をびっしょりになるほど出していた。
すると鬼が、鬼が口を開いた。
「お…お前。」
しゃべった!気味の悪い声で「お前」と言った。そして鬼は半開きだった目をギョッと見開き
「なぜ、死んだ…」
死んだ?なにを言っているんだ?こいつは。俺は別に死んじゃいない。
「なぜ?ヒトを庇った?」
庇った?なにを言っているんだ?俺がヒトを庇って死んだ。どういうことだ。考えろ。どこかで、どこかで聞いたかもしれない話だ。そう。昼間に俺が話したおじいちゃんの話だ。俺の知っている鬼の話はコレしかない。
そしてこいつは、俺を子どもと間違えている。
「俺は、お前の、息子じゃ…ない。」
なんとか声を出して言葉を繋げられた。これさえ伝えれば俺に用はなくなる。
「なぜ!?」
大声を鬼が発しツバが飛んだ。この問いは「なぜ庇ったか?」というものだろう。人の話を聞いていないようだ。もういっそ息子のフリをしよう。
「あの人は僕を助けてくれた。だから庇った。」
「ヒトなど所詮、下等で愚かな者たちだ。売られた恩など明日には忘れる薄情者で嘘つきな者たちだ。あの男、刀を女に振るったのは一度や二度ではないぞ。お前が女を庇った前も後も事ある毎に己の妻を亡き者にしようとした。最後には女は男に殺され、男はその数週間後に女が漬けた毒きゅうりを食らって死んだ。誠に救いようもない奴らだ。お前は、なぜ庇った?!」
この鬼が今なんて言ったか、混乱状態の俺には半分くらいしか分からなかった。だが、言うべきことは決まっている。
「それでも彼らには優しさがあった。ぼくを助けてくれた。弔ってくれた」
「それが答えか?」
鬼はただでさえ近かった顔を近づけて問うた。
「そうだ」
「ならば!いまここで!!」
***
気付けば、あのとき僕はベッドの上にいた。そのあとのことはよく覚えていない。
若かれし夏の記憶。あれが夢だったか現実だったか。船越に聞いても陽花に聞いても「覚えていない」と言われ、その分別も付けられない。
人は記憶を悪いものから消してしまう。仕方ないことだ。だからこそ人は前を向ける。別に悪いことではない。
だが、何もかも忘れるのは間違っている。過去から学び成長することが、人を人たらしめる。だから少し覚えていよう。若かれし夏の記憶を。




