711列車 大富豪系なお遊び
2062年5月19日・金曜日(第73日目)天候:晴れ時々曇り 東日本旅客鉄道東海道本線品鶴線(湘南新宿ライン)武蔵小杉駅。
ご飯を済ませて戻ってくると完全に帰宅ラッシュである。ホームには朝の千葉駅同様サラリーマンでごった返している。今度は安堵と言うよりも仕事の疲れを滲ませる人が多い。誰しも、今日という日の戦争を終えてきたのだ。
そして、そんな彼らに待ち構えるのが15両編成でさえギュウギュウ詰めの通勤電車である。横須賀線、湘南新宿ラインのそういう列車がやって来るとサラリーマンがこんなの乗りたくないという嫌悪感さえ辺りに振りまいた。
それは僕たちも同じである。あんなのには乗りたくない。大体、僕たちがなんの為に「びわこエクスプレス」や朝の「さざなみ」を利用したかというのを忘れないでいただきたいものである。
「はい。この時間がやって来ちゃったよナガシィ。」
萌が言う。
「やって来ちゃいましたねぇ。」
僕がそれに続けた。
「こんな事するキチガイって私達ぐらいなもんでしょ。」
「まぁ、正常な頭の持ち主なら考えることないよねぇ。」
現代人は一瞬のコンピューターだからなぁ。無駄なこと、意味のないことはしない。僕たちがこれからしようとしていることなど到底多くの人間には理解出来ないものである。もちろん、それはその人が馬鹿だからじゃない。僕たちが馬鹿であり、キチガイなだけであるからだ。
18時02分の快速高崎行きが出発すると電光掲示板には特急「成田エクスプレス」の表示が出る。その下に18時14分発の普通宇都宮行きの表示が出る。同じ方面へ向かう列車は8分後に1本。12分後にもう1本ある。大体の人は12分後の普通列車に乗っていくことだろう。
しかし、僕らみたいな支配者階級はひと味違う。次の列車が特急列車だろうがお構いなし。ちゃんと特急料金を払って正当に特急列車に乗るのだ。
「こういう場面で言うこと無い。」
「辞めろ。恥ずかしい。」
武蔵小杉18時10分→「成田エクスプレス49号」→品川18時20分
僕たちは特急券を携えて、入ってきた6両編成の「成田エクスプレス」に乗り込んだ。全車指定席の空港行き特急。車内はさぞ混んでいると思ったが、それほど混でもいない。まぁ、グリーン車だからなぁ・・・。
「グリーン席なのに4列。」
「こういう所は東日本らしいところだよねぇ・・・。」
僕ら以外にグリーン席に乗っている人間は3人。皆金髪だったり顔つきが日本人じゃなくアジア系だったりする為、外国人であることは間違いない。この列車の中に日本人はいないのか・・・。
「成田エクスプレス」はホームにすし詰めとなった黒いスーツ集団を横目に出発。このうち何人が「快適な通勤」を望んでいるのかは想像に難くないだろう。
「こういうの見たら得した気分ね。」
「実際に得してるしね。」
まぁ、ここは個人の主観にもよるだろう。僕たちはこれに乗る為に2810円支払っているからだ。これを安いと取るか、高いと取るかだ。
「10分で2810円って贅沢だな。」
「贅沢よね・・・。」
「播州さんでもこの区間はグリーン車じゃなかったからなぁ・・・。」
「そうだったわねぇ・・・。」
「頭おかしくなりすぎたかな。」
「頭がおかしいのは元から。」
「ハハハ・・・。」
快適な10分はあっという間に通り過ぎた。僕たちは仕事場から解放されたサラリーマンの中へと放り出される。あのまま「成田エクスプレス」に乗っていっても良かったかもしれないが、成田空港に行くほどのことはない。
「ところでさぁ、萌「N’EX」乗ってみてどう思った。」
「N’EX」とは「成田エクスプレス」の通称だ。
「グリーン席4列って言うのがいただけないわねぇ。それに北海道よりもちょっと固いって言うか。グリーン席座ってるのにあんまり得した勘がないのよねぇ・・・。」
「最近の普通席のスペックが高すぎるからなぁ・・・。」
「でも、10分は悪くなかったわね。」
「それは同意。ああいう事するから僕たちラッシュの新快速に乗れなくなったんだろうなぁ。」
「それはそれで良いんじゃないの。ラッシュの新快速なんて乗りたくないもん。」
「ハハハ。」
「次こういう機会があったら遊ぼうよ。」
「・・・ははぁん。次は京都→新大阪間でもする気。「のぞみ」のグリーン車は高いぞ。「こだま」、「ひかり」よりも210円。」
「高くても良いでしょ。大富豪がいるんだから。」




