596列車 日本最大勾配90‰
2062年3月27日・月曜日(第20日目)天候:晴れのち曇り 大井川鐵道井川線千頭駅。
千頭駅に到着。千頭まで来るとかなり山の中に連れてこられたような気がする。しかし、僕たちはまだこの先を目指そうと思う。だが、その前にお昼を確保しないと・・・。何にも無いけど・・・。
見慣れた大きさの鉄道車両が止まっている傍らにはそれよりも一回り小さくした車両が止まっている。「コトコト5分ばかり乗っていたと思ったらもう降りなければいけない」という言葉が似合いそうなマッチ箱が何両も連なっている。
「アレが井川線のかぁ。」
「まぁ、今見ても小さいなぁ・・・。」
車両はマッチ箱だが、「5分で降りられる」ほど生やさしい路線じゃない。
千頭13時35分→大井川鐵道井川線→井川15時26分
マッチ箱は1両の小さいディーゼル機関車に牽引され、千頭駅を後にする。それからしばらくするとマッチ箱は鉄道線が通っているとは思えない自然の中へと吸い込まれていく。こういう光景は三江線に似ている。我、三江線と違って川沿いをずっと走っていく者とは違う。
「スピードなら三江線と良い勝負じゃない。」
「ハハハ・・・スピードならね。」
少なくとも機関車が走れるレベル・・・いや、ドングリの背比べかな。
山の中をゆっくりゆっくりひたすら登る。時折急カーブを曲がるため、列車の最後尾に立つディーゼル機関車を見ることが出来る。ディーゼル機関車は大きい音を立てて頑張っているのだろうが、僕たちにはわずかにあがる煙でしか、彼の頑張りを見ることが出来ない。
この辺りの温泉地の基幹駅奥泉駅を通り過ぎ、次の駅はかなり開けた場所に止まる。アプトいちしろ駅という駅で、井川線の目玉となる駅だ。
「ちょっと降りてみよう。」
僕は萌を誘ってアプトいちしろ駅のホームに降り立った。ぺったんこになっているホームには僕たち以外にもこの井川線に乗ってきた人たちがいる。彼らも僕らと同じ方向に歩いて行く。
僕たちがディーゼル機関車の所に来たときにはずんぐりとした電気機関車がやってきていた。ED90形電気機関車だが・・・。
「ここ電気通ってるんだ。」
(まぁ、そう思うよなぁ・・・。)
井川線はこの先長島ダムを回避するため日本最急勾配を登坂する。当然普通の方式では登ることすら出来ないため、専用の機関車を連結するようになっている。今後ろに連結された電気機関車には線路と線路の間に設置された歯車つきのレール(ラックレール)に噛み合わさる歯車が付いている。そうしないと登れないのだ。
「連結ヨシ。」
の声がすると車両から降りてきた人たちもマッチ箱に収まり始める。
「僕たちも乗ろうか。」
アプトいちしろ駅に降りた人が車内に戻ったのを確認してから、後ろに新しい機関車を連結した列車はゆっくりと発車する。
今までもかなりゆっくりと登ってきたが、ここからはそろりそろりと坂に挑んでいく。それだけ鉄道にとって急坂であり、何かあったら僕たちは即死出来るだろう。
足下から感じる傾斜も今までとは桁違いだ。
「ヤバい、ヤバいって。」
「このくらいなんて事無いって。」
車窓にこの鶏舎を生んだ張本人長島ダムが見えるようになる。
「うーん、良い景色。」
久々に来てみたが、ここはやっぱり良いところだ。
列車を井川駅まで乗り通し、僕たちはすぐに折り返して、今日泊まる宿へと向かった。
千頭→バス→寸又峡温泉
一口メモ
大井川鐵道ED90形電気機関車
大井川鐵道が所有する電気機関車。井川線のアプトいちしろ~長島ダム間では日本最急勾配90‰(1000メートルで90メートルと藩)の坂が存在しており、普通の電車方式ではこの坂を登坂出来ない。ED90形の車体下部には歯車が取り付けられており、この歯車をラックレールにかみ合わせることで急坂を登坂するアプト式という方式がとられている。この機関車は当該区間を走行する井川線全列車の千頭側に連結される。




