577列車 行ったり来たり
2062年3月19日・日曜日(第12日目)天候:曇り時々雨 西日本旅客鉄道山陰本線鳥取駅。
「見てみて。すっごく広いよ。」
萌がそう言いながら、両手をいっぱいに広げる。ちょっと痛そう・・・。
「無理に広げようとするなよ。」
「ハハハ・・・。分かった。」
「そんな顔されたらなぁ・・・。」
それにしても、一面の砂である。緑がなければ砂漠に見える風景が見渡す限り広がっている。3連休の中日と言うこともあって、多くの人が靴を脱いで砂を踏みしめて歩いている。僕たちも靴を脱いで歩き回りたいところであるが、靴の中に砂が入るのはごめんである。じゃりじゃりした状態でこの先列車に乗りたくはない。
とは思っていても、砂というのは向こうから入ってくる。ありとあらゆる隙間に「隙あり」と言わんばかりに入ってくる。
「わっ。」
足を取られそうになった萌が僕の腕を掴む。
「ちょっ・・・。」
「ごめん。」
「はいはい・・・。」
「・・・ナガシィ。」
「んっ。」
「私達ってさぁ、中田島砂丘って行ったこと無いよねぇ。」
と言う。中田島砂丘は浜松にある砂丘だ。規模は鳥取砂丘ほどではないが、広かった・・・か・・・。確かに、行ったことは無いなぁ。地元のものってなかなか行かないものだなぁ。
「行ったこと無いねぇ。」
「これ見た後じゃ中田島砂丘も可愛く見えちゃうよねぇ。」
「そりゃ、そうだろうなぁ・・・。行きたいって訳じゃないの。」
「えっ、ただ言っただけよ。」
「・・・。」
鳥取砂丘12時00分→日本交通→鳥取駅12時22分
鳥取駅に戻り、駅弁を買って列車を待つ。ホームにあがると見慣れたステンレスのディーゼルカーがエンジンをうならせて止まっている。キハ40形のほとんどを置き換えたキハ129系だ。
鳥取13時18分→浜坂14時06分
浜坂14時21分→「快速」→城崎温泉15時28分
鳥取を出発し、東浜の近くで日本海を臨むようになる。東浜は西日本旅客鉄道が運行する観光列車「TWILIGHT EXPRESS瑞風2世」の停車駅だ。美しい日本が回を見ることが出来ると言うことで停まっている駅だが、間近で見たら確かに美しいだろう。
浜坂で列車を乗り換え城崎温泉へと向かう。
城崎温泉15時30分→「こうのとり20号」→尼崎18時14分
城崎温泉からは2分の接続で特急列車に乗り換える。福知山からは福知山線に入る特急「こうのとり号」だ。こうのとりが養生したと言うことを由来にする城崎温泉を発ち、山の中をゆったりと進んでいく。
尼崎で降りるとアーバンネットワークの中心部に放り出された。長らくご無沙汰だった都会の喧噪が僕たちを包む。
電光掲示板には「新快速18時23分米原方面敦賀」の表示が出ている。あの列車に乗っていけば、守山に戻ることが出来る。しかし、僕たちはまだあの列車に乗らない。一旦反対方面の播州赤穂行きの新快速列車に乗り、西明石で下車する。
尼崎18時51分→「新快速」→西明石19時28分
西明石駅では山陽新幹線に乗り換える。基本、新幹線は並行在来線を高速で移動したことと同義である。そのため、本来なら1枚の切符としては成立しないのだ。しかし、西明石~新大阪間には途中に新神戸駅という並行在来線に隣接しない駅が設置されている。こういう区間では新幹線は並行在来線とは「別路線」として扱われるため、行って戻るという動作が可能になる。
西明石19時50分→「こだま748号」→新大阪20時14分
新大阪21時07分→「はるか54号」→守山21時56分
新大阪駅からは「はるか号」に乗り換えた。「はるか号」には一日2往復米原行きの通勤特急が運行される。休日の新快速ならこの時間は混みづらいが、あまり乗りたくはない。乗るなら席を確約した上で移動したいものだ。
「これでいったんは守山に戻るのね。」
萌が言う。
「ねぇ、ナガシィ。3日ぐらいからずっと家でっぱなしだったけど、どうだった。短い。」
「うーん。短くもなく長くもなくって感じかな。もうそんなに時間経っちゃったのかと思ったけど。」
僕はそう言った。だが、最長往復切符の旅を初めて早12日。残りの有効日数はいつの間にか100日を切っている。案外あっという間なのかもしれない。
「もうそんなにかぁ・・・。」
その時、萌は何かに気付いたようで席を立つ。
「ちょっと電話出てくるね。」
そう言って、デッキに歩いて行った。
高槻を出発してから、萌は戻ってきた。
「何の電話だった。」
そう聞くと、
「梓が倒れたって・・・。」
走行音にかき消されるくらいの小さい声でボソッと言った。
最長往復切符往路京都駅まで使用
京都→守山間守山駅窓口で運賃精算の上乗車




