482列車 東京での大回り
普段なら企業研究を続けているが、今日は久しぶりに外へ出た。今日は香西に誘われて、大回り乗車をしようとなったのだ。大回り乗車というのは鉄道ファンの間でよく知られたものである。かなりの長距離を移動できる移動法であるが、金額は最低初乗り運賃だけで旅をすることが出来るというものだ。もちろん、これはある規定を曲解したものでキセル乗車では無いと言うことを言っておこう。
集まったのは上野駅。通路上にある上野動物園にいる動物たちの絵をこのようにじっくり見るのは初めてだ。ちらりとスマホの時計を見ると時間は6時15分。集合時間は6時30分。まだ香西は来ない。他に誘っているというクラスメイトの姿も無い。
(約束の時間、前もって来るのなぁ・・・。)
まだ15分あるが、心配になってくる。
「おはよう。永島君。」
沼垂が来た。
「おはよう。」
「あれ、香西君はまだ来てないの。」
「うん。」
「今日はどこ行くのかな。大回り乗車って言ってたけど。」
「回り方はいくらでもあるからな・・・。」
さて、大回り乗車というのは鉄道ファンの間ではよく知られた格安の長距離移動法である。これは大都市近郊区間内のみを利用する特例(それぞれの大都市近郊区間のみを利用する場合、移動経路にかかわらず、出発駅から到着駅まで最も安くなる経路で運賃を計算する)に基づいており、決してキセル乗車では無い。だが、この特例を成立させるためには途中下車は一切出来ず、ルートの重複も許されない。
今回やろうとしている東京の大都市近郊区間は福島県(いわき以南)、栃木県(黒磯以南)、群馬県(水上以南)、茨城県(常陸大子以南)、千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、長野県(松本以東)、静岡県(伊東以東)。この範囲にある新幹線を除く全ての東日本旅客鉄道の路線が大都市近郊区間に指定されている。これに前述の規定が適用できるのであるから、どれほど広い範囲を移動できるのかお分かりいただけるだろう。
6時30分・・・。まわったが香西は来ない・・・。
「来ないな。香西君。」
「来ないなぁ・・・。」
「ハァ・・・ハァ・・・。わりぃ。遅れた。」
「5分遅刻。」
沼垂が言う。
「主催者が遅れるって一番イカンやつだよ・・・。」
「永島。マジで怖いからその顔やめてくれっ。」
ウチって怒るとそんなに怖い顔になるのかな・・・。
「気を取り直して、今日は行き当たりばったりで大回りしようと思うんだ。皆どこか行きたいところある。」
香西のその言葉を聞いてウチの顔が怖くなったのか、「香西君怖がってるよ。」と沼垂が耳打ちする。
「そうだね。僕は房総半島のほうへ行ってみたいな。千葉県一度も行ったこと無いし。」
「ヨシッ、じゃあ京葉線乗り行こう。」
二人が改札口のほうへ言ったため、ウチもそれについて改札口へと行った。山手線に乗り、東京駅まで行き、京葉線ホームへと向かう。京葉線ホームは他のホームから500メートル以上離れている。エスカレーターや動く歩道を乗り継ぎ続け、何分もかけて乗り換える。
「京葉線ホームって遠すぎるよなぁ・・・。いつ来ても思う。」
「地元じゃ考えられない乗り継ぎ・・・。」
「知ってるか。東京の京葉線ホーム、有楽町から行ったほうが近いんだぜ。」
「それって結構有名な話だろ。」
二人の会話をウチはただ聞き流していた。
地下深くに潜るとワインレッドのラインが入る京葉線のE233系5000番台が止まっている。列車は7時17分発の普通蘇我行きだ。
「結構歩いたな・・・。」
「歩いた・・・。」
「歩いたじゃなくて、途中走っただろ・・・。」
列車に乗り込むとウチはコンパス時刻表を開く。大回り乗車の条件は前述の通り。重複しないよう一日で回れるルートをはじき出さなければならない。残り時間は最大約17時間ほどだ。そして、すでにルートは大網まで決まっている。そこから先どうしたいのだろうか・・・。とその前に・・・。
「なぁ、二人とも。今日ちょっと多めに小遣い持ってきてる。」
「えっ。何かあった。」
「いや、このまま終点の蘇我に着くのが8時05分で、内房線の木更津行きが8時16分。その列車で木更津まで行くと9時03分発の君津行きに載ることになるんだけど、君津から先に列車が無いんだよ。」
「列車無いっ。」
「ああ、でも君津から「新宿さざなみ1号」に乗ることが出来れば、館山から先の列車にも接続があるし・・・。どう。」
「特急料金いくら。」
香西にそう聞かれ、ウチは時刻表の後ろにあるページを開くが、
「自由席510円だって。」
沼垂の声がする。まぁ、いいか。
「載るか。510円なんて安いもんだろ。」
(・・・格安旅行とは一体・・・。)
列車は舞浜に到着する。いかにもという人たちがこの駅で降りていった。




