448列車 通す話
お嬢様は最後の一切れを口に運んだ。お肉が口の中から無くなったころコップに注がれたジュースを飲む。描写からすればあうものはお酒なのかもしれないが、未成年のお嬢様にお酒を提供するのは常識のある大人のすることではない。
「おいしかったわ、瑞西。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「ごちそうさまでした。」
お嬢様はそう言ってから席を離れた。
「お嬢様。お風呂の用意は整っております。」
「そう。分かったわ。なら先にお風呂に入ろうかしら。それでもいいかしら、叔父様、叔母様。」
「ああ。早くお風呂に入りなさい。子供は早く寝るもんだ。」
「いいわ。私達はその後でいいから。」
「・・・。」
叔父様の言葉にお嬢様は何を考えただろうか。ちょっと間をおいてからお嬢様は部屋を出た。
「瑞西。今日はあなたも先にお風呂に入りなさい。」
「叔父様。」
「いいんだ。今日は妻と夜更かししたいんでね。」
「・・・かしこまりました。本日はお言葉に甘えて、先に入浴させていただきます。」
「別にそんなに改まることないのに。」
叔母様が言う。
「ここに置いて貰っている身です。お二人に失礼があっては。」
「メイドの鏡だな。だが、君を雇っているのは形だけとはいえ亜美ちゃんになっている。と言っても、もう何年もそれだから今言っても直るものでもないか。ハハハ。」
「フフフ。あなたのそれを聞くのも何回目かしら。」
「ハハハ。」
食堂は叔父様と叔母様の笑い声に包まれた。
「さて・・・。」
叔父様の表情が変わる。今までの楽しむ会話ではなく真剣な会話にこれから行くぞという合図でもある。
「亜美ちゃん。今日東京に行ってきたんだよな。」
「はい。岩槻高校へ。」
「岩槻かぁ。私はその高校のことは知らないが、鉄道ファンの間じゃ名の知れた高校なのかい。」
「それに関しては私には分かりかねます。」
それしかいいようがない。高校なんて甲子園の常連校でも無い限り全国に名が通ることはない。私達の知らない高校が日本全国津々浦々に設置されているのだ。岩槻高校も私達にとってはその一校でしかないのだ。
「そうか・・・。そうだな。これは聞いたことが悪かったな。」
叔父様はそう言うと、
「亜美ちゃんは高校でかかるお金はどう考えてるんだ。」
「お嬢様はそれら経費について動画サイトで得られた収入を元手にするおつもりです。先ほど、お部屋に呼ばれた際そのように伺いました。」
「・・・動画サイトで得られた収入か・・・。それは大丈夫なのか。」
「これは個人的な意見となりますが、大丈夫とはいえません。動画サイトの広告収入は動画再生数に大いに依存します。月により収入の変動が極めて大きいのです。お嬢様は収入を元手に旅費に充てたりしていますので、貯蓄は各種経費を支払うことができるほどではないと思います。」
「・・・。」
「亜美ちゃんのご両親にはその話はするつもり。」
叔母様が聞いた。
「はい。」
私は短く答える。
「そうはいっても亜美ちゃんはそのお金は受け取らないだろうな。」
叔父様が続けた。
「そうね・・・。前お母様が来てた時も話すことはないと言い切ってしまっていたから・・・。」
「お母様もショックだったろうに・・・。」
叔父様はそう言ってからしばらく黙っていた。私も叔母様も周囲の空気に押さえつけられるように口を開かなかった。
「高校生活でかかるお金のことは私達からご両親にお話ししておこう。その後のことはご両親が決めてくれる。」
「よろしくお願いいたします。叔父様。」
お二人のお食事が済むと食器を全て片付けた。お皿を全部手洗いして、乾燥機にセットする。それが終わったら、お嬢様のことが気になり、部屋に向かった。
「あら、君私に用があったんじゃなかったの。」
お嬢様は動画を見ていた。動画の中ではちょうどアップした人がそうしゃべっていたのが聞こえてきた。今から15年ぐらい前に日本一究極の旅行を敢行した人らしい。お嬢様に勧められてその人の動画は全部見たが、若いからやれる旅だというのを痛感させられた旅でもある。
「最長往復切符の動画ですか。」
「瑞西。」
「視聴中に失礼いたします。」
「問題ないわ。もう全部の動画の展開を覚えてしまったぐらいだから。」
画面をタッチペンで押すとホログラム投影されている大画面も止まる。画面は今投稿主から離れていく白猫の後ろ姿になっている。
「何か用。」
「いえ、特に用事は・・・。」
「そう。これ見終わったらもう寝るわ。心配しないでちょうだい。」
「承知しました。では失礼いたします。」
「さて、この人の毒に犯されましょうか。」
一方その頃、
玄関でドアを開ける音がした。
「ただいま。」
「ただいま。」
お父さんとお母さんが帰ってきたのだ。二人とも疲れ切った顔をしている。ウチらはお母さんが作っていったもので晩ご飯を済ませていた。時間はまもなく19時をまわろうとしている。智萌が言うには大回り乗車をしに出掛けたみたいだけど、ただ大回り乗車をするだけならあんなに疲れないよなぁ。二人とも鉄道好きだし、12時間以上列車に乗って北海道まで往復したことある人たちだもんなぁ・・・。
「ああ、疲れた。」
お父さんもお母さんも玄関に座り込んだ。
「お帰り、何かあったの。」
智萌が聞いた。
「いやぁ、2回も抑止に巻き込まれるとは思わなかったよ。」
「本当・・・。今日は何にも運無かったわね・・・。」
ああ。どうやら運転抑止に巻き込まれてきたのか。JR西日本って遅れること多いからな。しかも2回か・・・。
「米原で抑止食らったのは誤算だったね。」
「あんなの無いわ・・・。」
「近江鉄道で返ってくれば良かったんじゃ。」
「光、それができたら大回り乗車なんて低価格で済むような事しないわよ・・・ハハハ・・・。」
「そうそう。日本で運賃高いトップスリーに入る私鉄はそう簡単に使えないのさ・・・。」
ああ、いろいろあるのかぁ・・・。ていうか、日本で運賃高いトップスリーんだ・・・。あと二つはどこなんだろう。
「ああ、お母さんもお父さんもそんなところでのびてないでよ。」
「ごめん、智萌。ちょっと今は動けない。」
「うん。仕事以上に今日は疲れた・・・。」
「ええ。」
「ほっとこう。」
「えっ。」
「大丈夫だよ。二人ともそう言いつつも動けるんだから。」
ウチはそう言ってすたすた遠くの部屋に行こうとした。すると誰かに足を捕まれ、頭は両方向から拳をぶつけられた。
「言ってくれるわね。」
「確かに動けるけどさぁ・・・。」
「痛い、痛い、痛い。」
「ふぅ・・・。ナガシィ。とりあえず一緒にお風呂入ろう。」
「ああ。そうしようか。・・・えっ・・・。」
「入りたくないならいいわよ。」
「ああ・・・。その・・・ここでそれ言うのはやめようか。あっ、お風呂は入るから。」
「フフ。じゃあ、待ってるわよ。」
お父さん顔赤いなぁ。
「お父さん、どうしたの。顔赤いよ。」
「・・・ちょっと考え事してただけだよ・・・。」
そう言うとお父さんも立ち上がり、玄関から自分たちの部屋の方に歩いて行った。
「あっ、智萌。お母さんが作った料理って食べた。」
「うん。光と一緒に食べたよ。まだ残ってるけど、お父さんたちも食べる。」
「ああ。お父さんたちはいいよ。もう米原でうどん食べてきちゃったから。」
米原でうどん・・・。そういえば米原の在来線ホーム立ち食いのお店あったな。そこで食べてきちゃったんだ。2回目の抑止はそこで食らったから。
「早く寝るんだよ。」
そう言うとお父さんは奥の部屋に消えた。
「そういえば光帰ってくる時列車遅れてた。」
「乗った米原行きが野洲止まりになったぐらいしか覚えてない。」
「えっ、アナウンスで言ってなかったの。」
「言ってたと思うけど、あんまりアナウンスって聞いてないんだよね。」




