377列車 早い人
鉛筆を走らせる音が放課後の教室の中に響いた。
「1分経ったよ。」
ウチがそう言うとモズは鉛筆を置いた。
「えっ、もう1分。」
モズは驚いたように言った。しかし、うちにとってはその出来高の方が驚くべきだ。ウチよりも断然多い。本当に出来る人ってことかな・・・。
「まだそんなに経ってないと思ったんだけどなぁ・・・。」
そう言い、ちょっと体を伸ばし、
「光君、いつもこんなことしてるの。」
と聞いてきた。
「あっ、まぁ。でも、ウチはまだまだそんなに出来なくてね・・・。本当に困ってるんだよ。どうやったらモズみたいにそんなにできるのかなって思って。」
「・・・これ見る限りはそんなに出来てないと思ってるんだよなぁ・・・。ていうか、これって結構集中力いるね。1分でもちょっとしんどくなっちゃうようじゃ、この試験受かりそうにないわね。全部しめて30分だっけ。」
ウチは黙って首を縦に振った。
「私にはこういうのは向いてなさそう。」
「あっ、でも、一つだけ言えるとしたら、指で今の計算をやって、頭で次の計算をするってところかな。」
「やっぱり・・・。」
かなり予想通りの事だったから、あんまり驚きはしない。
「・・・あ・・・あんまりアドバイスになってなかった。」
「ううん。そうだろうなぁとは思ってた。言葉でいうにはそう言うことしかないだろうなぁ・・・。ウチだって頑張ってるんだけど、なかなかそれが出来なくてね。これ出来なきゃJRには入れないって先ず思ったほうがいいって言われたら、本気でやるしかないから。で、その本気がモズにも届かない。今のところ落ちてるのと変わんないのさ。」
ちょっと愚痴をこぼす。なかなかできないのはうちが今の計算に集中しがちだからだろう。そして、次の計算に集中すると間違いが多くなる。頭の計算を指の計算と間違えているからそうなるのだろう。ウチはそう勝手に思っている。
「うーん・・・。光君もっとできそうな雰囲気するけどなぁ。」
「雰囲気と出来るのとは違うよ。」
雰囲気で醸し出したところで意味はない。
「どんなに勉強でも手も、クレペリンで現実を突きつけられてるよ。」
それが現実というもの。亜美の話じゃ、鉄道会社で書類とペーパーテストはあんまり重視される点ではない。最も重視されるのは面接だが、そもそも仕事に適性がどうかで判断されるであろう。適性じゃないと試験が言えば、どんなにほかが稼いでも入れる保証はない。JRに入りたいのは何もウチみたいに鉄道に詳しい人だけじゃないだろうからなぁ・・・。
「・・・。」
「ところで光君。これ誰から教えてもらったの。」
「えっ、友達だけど。」
「長宗我部君。」
モズは首をかしげる。
「ううん。この学校の人じゃないよ。大阪の学校に通ってるんだ。」
ふと由佐ちゃんの言っていた人の事が頭に浮かんだ。顔は最初にときに見たままだけどね。
「その人には聞かないの。」
「聞いたよ。手の内は教えないよって言われただけ。」
「・・・そ・・・そうなんだ。でも、私は手の内どころか何も教えられないね。理屈っぽい事しか言えてないし・・・。」
「でも、ありがとう。別にやることなかったのに、こんなのに付き合せちゃって。」
「いいのよ。私がやりたかったんだから。光君はそう言う細かいこと気にしちゃダメ。」
「・・・。」
「それによく言うでしょ。やってみなきゃ分からないって。やってみないと分からないことだってあるから。それで教えられるものがあるかなって思っただけだから。」
「・・・うん。ホントにありがと。」
教室前の廊下を走っていく足音が聞こえた。途中まで歩いていたのに、いきなり走り出すって。何かまずいものでも見た感じだなぁ・・・。
「光っ。」
今度は教室のドアがガラッと開いた。見ると智萌だ。
「智萌。」
「よすっ。何あさひちゃんと秘密の会話でもしてたの。」
「別に智萌に隠すようなことは話してないよ。」
「そうそう。何時もと変わらない会話よ。」
「ふぅん。怪しいなぁ。」
智萌の目は一瞬にして疑う目つきに変わる。全く普段から進展・・・いやいや、そう言う感情がないもの同士が発展するわけもないでしょうに・・・。
「んっ、二人ともなんかしてたの。」
そう言い智萌は机に上に置いてあった一枚の紙を拾い上げた。さっきまでモズが計算をしてたクレペリン検査の問題の一部だ。
「頭が痛くなりそうなことしてるねぇ。」
「実際のところ頭が痛くなってるだろ。」
そう言い紙を取り上げ、カバンにしまおうとする。
「私にもやらせてよ。」
「智萌速くなさそう。」
「それはすごく偏った見方だぞ。光もうちょっとお姉ちゃんの能力信用してもいいんじゃないかな。」
「はいはい。お姉ちゃんの勘「だけ」は信用していますよ。」
「「だけ」って強調するな。」
お怒りマークが智萌の頭に出来る。
「・・・光君、あとで智萌ちゃんにもやらせてあげたら。「万が一」速いっていうこともあるだろうし。」
「「万が一」ってなんだよ。あさひちゃんまで。」
今度はお怒りマークが二つか・・・合計3つ。
「ていうか、光君に周りにはこういうの得意そうな人いないの。その大阪の人以外。」
智萌、大阪の人って言っても分かんないよなぁと思いつつ、ポカンとしていないのが気になる・・・。ってそんなことはどうでもいい。得意そうな人かぁ・・・。
「梓お母さんとか得意なんじゃない。普段から手使ってるし。」
確かに、陽斗お兄さんのお母さんである梓さんは手をよく使っている。てそれは梓お母さんが絵描きをよくするから手を使うのであって、計算量が多いっていう根拠にはならないぞ。
「うーん、なかなか見つかりそうにないかも。」
ウチはそう言った。
「それと、ホントにごめん、付き合ってくれて。」
「いいって。私が気にしてないんだから、もうその話はおしまい。」
そう言いモズはカバンを取るために席を立った。
「私達も帰るよ。光。」
「うん。」
そう言い、ウチは智萌の手を掴んだ。
「お姉ちゃん。ウチにまだ返して無いものあるんじゃない。」
「んっ。」
ポク、ポク、ポク、チン。
「あっ。」
「さっさととって来い。」




