287列車 成人の日
1月13日。
「ふぅ。ここまで来たね。」
時間は今8時26分。場所は東京。
「さて、こっから上越だね。」
僕がここにいるのは新潟まで行くためである。地元の成人式の予定は今日だったけど、僕にとっては関係ないことだ。そもそも成人式に参加するつもりはないし、自治体のお偉いさんの話を聞く暇があるのならどこか遠出したほうがまだましだ。ようは面倒くさいっていうことだ。
成人式をする―できるのはいろいろ理由がある。年末に成人式用の写真を別でとった。それに、親には最初から参加しないって言ってあったからね。親は最初から参加しないっていうことに納得してたし、問題はない。人生に一回だか知らないけど、過ぎちゃえば何歳だって同じことだ。ただ単に切りのいい20歳っていうのが大人への扉になっているっていうだけで、それ以外に特別なことは何にもないだろう。
というわけで、今日僕は新潟に行く。新潟には前から行きたいと思っていた。それに新潟まで行ってしまえば、あと乗ったことがない新幹線は長野新幹線だけになる。長野新幹線は近い将来金沢まで北陸新幹線として全線開業することが決まっているから、その時に行こうか。新潟まで行くのは僕だけ。萌は成人式に参加するっていうことで、今は浜松に戻っている。まぁ、萌は何も言わないだろうし、心配はないかぁ。
新幹線の降り口には人が殺到している。大きい旅行バッグを持った人も中に入る。そういう時期かぁ・・・。僕は東北・上越新幹線の乗り換え口に行って、東海道新幹線から乗り換える。僕が乗る列車は今から50分ぐらい後に出る「とき313号」新潟行き。9時12分に東京を立ち、10時49分に新潟に到着する上越新幹線最速列車の一つだ。「とき313号」の停車駅は大宮のみ。スキーで有名な越後湯沢や、新潟の主要都市長岡を通過する。これほど止まらない新幹線も珍しいほうだ。
前述のとおり、まだ発車まで時間がある。その間に来る新幹線もある。8時56分に東京から発車する「スーパーこまち7号」だ。「スーパーこまち」は今まで走っていた「こまち」のE3系とこれから標準になるE6系を分かりやすく分けるために設定されたもので「スーパーこまち」も「こまち」も使う側からしてみれば区別はほとんどない。停車駅の違いは列車によって違うが、基本的に停車駅は同じ。しかし、従来のE3系と置き換える側のE6系では最高速度の違いなどが存在する。区別の基準は時速300キロ以上出るE6系を使うものが「スーパーこまち」。時速300キロを出すことのできないE3系が「こまち」で分けられている。だが、「スーパーこまち」と「こまち」の区別も今年の3月で終わる。E3系の置き換えが完了するためだ。そのあとは今までの区別をする必要がないため「スーパーこまち」の愛称は消滅し、再び「こまち」に戻る。「スーパーこまち」の名称もあと数か月しか残らないのだ。
しばらくすると22番線にE5系を先頭に「はやぶさ7号」・「スーパーこまち7号」が入線した。今、この組み合わせで出せる最高時速は300キロ。大宮と盛岡の間をその速度で運転する。完全に停車して、少しE5系の天井を見上げれば、天井に二つしかないパンタグラフとパンタカバーが見える。高速で走る「はやぶさ」と「スーパーこまち」だが、走行中は進行方向後ろ側にある一つのパンタグラフだけで集電している。それができるっていうのも技術か・・・。
「スーパーこまち」E6系の真紅の矢を携帯に取り、8時56分の発車を見届けてから、「とき313号」の自由席が集中する後ろ側へ移動する。9時12分発の「とき313号」として入ってきたのは、E2系。「はやて」で使われていた車両である。新青森まで足を延ばす「はやて」、「はやぶさ」が全部E5系で運行できるようになったため、余った分が上越新幹線に流れてきたのだ。
(頼みますよ。)
と心の中でつぶやいた。
「で、結局ナガシィ君は来なかったのね。」
磯部がため息をしながら言った。磯部は振袖を着て、とても華やかだ。今回のために買ってもらったといっていた。
「折角、ナガシィ君がどうなってるのか見れると思ったのに。」
「ナガシィ、綾ちゃんにいじられるの面倒だからって言ってたよ。」
「はっ。なにそれ。」
「まぁ、確かに綾ちゃんってナガシィ君にいろんなことしたからなぁ・・・。スカートはかせたりとか、化粧させたりとか。」
端岡が口をはさむ。端岡も振り袖姿だ。私はというとただのスーツである。
「別にいいじゃん。ナガシィ君って悔しいけど、かわいいんだからさぁ。」
「・・・まぁ、それもあるけど、みんなと会いたくないって。」
「相変わらずね。あの人間嫌いはどうにかなんないのかなぁ・・・。」
「まぁ、それ言うといろいろと刺さるからやめてあげてよ。今は本人がいないから別に何も言わないけどさぁ。」
「あっ。そういえば、萌ちゃんって就職決まった。」
「えっ。決まってるよ。警備会社なんだけどね。」
「ああ。そうなんだ。警備って言ったらどっかの見回りとかするの。」
「たぶんするんじゃないかなぁ・・・。まぁ、まだどこになるか決まってないんだけどね。」
「よし。決まったら絶対その場所に押しかけてやるぞ。」
「それだけはやめてよ。」
「まぁ、綾も押しかけはしないから安心してもいいと思うよ。それと、就職おめでとう。」
「ありがとう。」
「ああ。あとナガシィ君も萌ちゃんと同じところ言ったんだから、就活したよねぇ。ナガシィ君はどうなのさ。決まったの。」
「決まったけど、「磯部にいろいろ話したら、あとで仕事中に押しかけたりとかしてくるかもしれないから、絶対に言わないでよね。言っていいのは就職決まったってことだけだから」って言ってます。」
「あいつ。普段は私にも笑って話してたけど、どんだけ私のこと毛嫌いしてるのさ。」
少し怒り気味に言う。
「それこそ相変わらずだな。ナガシィ君ってそういうことすら自分から話そうとしないもんな。知り合いに見つかるのが嫌っていうやつだもんね。」
「まっ。今回はそれがすっごく強いんだけどね。おめでとうすら素直に受け取ってくれないから。」
「・・・素直じゃないところはしっかり持って行ってるんだねぇ・・・。」
「まぁね。」
ちょっとだけ話題が尽きる。
「萌、夏紀、綾。」
3人を呼ぶ声がする。少し見回してみると、こっちに手を振っている人が見えた。
「美萌ちゃん。」
「ヤホッー。」
「久しぶり。」
彼女は二ノ橋美萌。小学校の時の同学年である。中学校は私たちとは別のところに言ったので、それからあんまり会うことはなく今まで流れてきたのだ。彼女もまた振り袖姿だ。こうしてみると自分だけ浮いてるようだ。
「あれ。」
二ノ橋はそう言ってあたりを見回した。
「ナガシィ君は。トイレとか言ってるの。」
「来ないんだって。」
「えっ。ああ、なんだ・・・。来てないんだ。」
残念そうな言い方だ。
「なんだ。ナガシィ君に会えなくてさみしいの。私たちには会えたっていうのに。」
「さみしいんじゃないって。久しぶりに会えるかなぁとは思ったけどさぁ。」
「ナガシィ君の性格見る限り来ないでしょ。」
「ほんの少しぐらい希望はあったんだけどなぁ・・・。やっぱり来ないかぁ・・・。こういうのは嫌いな人だもんな。」
そのころ。
「ふぅ・・・寒っ・・・。でも、これはないでしょ・・・。」
文句を言いながら、新潟の町の中を歩いている。そもそも、僕は雪を見るためにここまで来たのに・・・。越後湯沢、長岡のあたりには一面銀世界だったのに、燕三条から新潟までの間にこうも地面が露出してくるとは・・・。ここは豪雪地帯じゃないの・・・。でも、路肩には除雪で盛られた雪がまだ残っている。ここら辺の寒さで溶けた雪が凍りになっているところもあるし、水たまりには氷が張っている。他にも、橋を潜り抜ける歩道のトンネル入り口には氷柱がある。時折吹く風が、身を縮まらせる。
(なんか、ここにいてもいろいろと磯部あたりが噂してそうな気がするけどなぁ・・・。)
と思う。これって噂の時に出るせきの代わりかなぁ・・・。
しばらく町の中を歩いて駅に戻ってくる。
(うーん。まぁ、ここまで来るだけが目的だしねぇ、目的は達成できたかぁ・・・。)
スマートフォンを手に取り、時間を確認する。この時間帯は東京行きの「とき」が1時間おきぐらいに出ている。帰りは「Maxとき」に乗って帰るつもりだから、まだ時間があるか・・・。
(「Max」に乗れば、ほとんどの新幹線に乗ったことになるね。ただ、今からどうやって時間つぶそう・・・。)
となったら答えは簡単だ。どこかの本屋にでも入って時間をつぶせばいい。
「えーっ。ナガシィ君に萌ちゃん今大阪にいるの。なんだ。言ってくれればいいのに。」
「だって。美萌ちゃんどこにいるかわからないし。」
「まぁ、それはそうか。メアド知ってるわけじゃないし、LINEのアカウント持ってるわけでもないしなぁ・・・。年賀状ぐらいだったけど、萌ちゃんそういうこと書いてなかったしなぁ・・・。」
「ごめん。今思えば書いとくべきだったかなぁ・・・。」
「ああ。私も書いてなかったからなぁ。人のこと言えないからもういいよ。ていうか、大阪のどのあたり。」
「豊中のあたりだけど。」
「ああ。そこかぁ・・・。あたしは和泉のほうに住んでるからなぁ・・・。ちょっと距離あるね。」
「・・・。」
「今もまだ学校かぁ・・・。学校終わったらでもいいから、遊びに来てもいいよ。ナガシィ君と一緒にさぁ。いろいろ萌ちゃんには言いたいこともあるしね。」
「何言うつもり、美萌ちゃん。」
そういって磯部がたかっていく。
「「ナガシィ君はだれにも渡しません」っていうつもり。」
「ないよ。別のことだって。」
一息入れて、
「ナガシィ君に告る、告らないはもういいんだって。それより、ナガシィ君って電車すきだよねぇ。話し合う人見つけたから、いいんじゃないかなぁって、ねっ。」
「・・・。」
電車好きの人かぁ・・・。もし鉄道会社とかに入ってたら・・・。
今回からの登場人物
二ノ橋美萌 誕生日 1993年7月15日 血液型 B型




