281列車 訴え
10月30日。千葉からメールが来ていたっていうことを難波先生に告げた。別に悲しむっていうことは先生には見せなかった。パソコンの授業などが終わったら、家路につく。
「ナガシィ。」
萌がそう呼んだ。恐らくその先にあるのは・・・そう言うことだろう。
「聞くな。」
僕はそう言った。
「そうか。そうだったんだ。」
萌はそういうだけだった。
「はぁ、何かあるのかなぁ・・・。」
僕はそう萌に聞いた。
「何かって。」
「とにかくなんか。何かあるんじゃないかなぁ。」
部屋とは違う方向に歩いた。今部屋に帰る気はしない。あの狭い部屋に。
「帰るんじゃないの。」
「少しぐらいいいじゃん。まだ明るいんだし。」
確かに、まだ西の空は明るい。でも、少し時間が経てば暗くなっていく。住宅街のここら辺は荷が落ちるだけでも、静まり返る。とても三大都市の一角とは思えないぐらいに。
僕が歩く方向には緑地公園がある。ここらへんにしては広い公園だ。日没の直前ということもあって、帰宅を急ぐスーツ姿の人が目立つ。逆に駅に向かっていく学生の姿が見える。そう言えば、緑地公園の西側に学校があったっけ。そこから帰ってくる人たちか・・・。真ん中には噴水があって、昼だったら水が噴出している。その近くにあるベンチに荷物を置いた。
「ふぅ・・・。」
一息ついた。腰かけるとその隣に萌が荷物を置いて、腰掛ける。萌は特に何も言う気配はない。
「そっちはどうだったのさ。」
と聞いた。
「ダメだったよ。あれは倍率がどうもね。」
萌はそう言った。何なんだろう。今考えてみれば、萌は僕よりも自信に満ち満ちている気がする。できる、できないの違いはそこか。いや、そんなこと・・・。面接ができる、できないはさておき、僕が面接で言っているようなPRはまずそう思っていない。自分のPRでもウソを言っているような気がしてならないんだ。どうもあのPRは自分を美化しすぎていて、好きにはなれない。そういうPRはPRじゃない気がする。
「自信あったんだね。」
そういった。
「別に。自信なんてなかったよ。前のに比べたらね。」
(前の・・・。なんだろう・・・。)
と思うだけだ。聞く必要はない。いや、聞いてまた「負の遺産」を記憶から呼び起こすことはもうこの先になくていいことだ。永遠に封印することなのだから、こっちから聞くことはないんだ。
「ふぅん。そっか。」
しばらく、何もしゃべらない。しゃべることがなくなっちゃったのだ。
「ねぇ、萌。ただやりたいだけじゃあダメなのかなぁ。」
「えっ。」
「僕からしてみれば、鉄道会社で働けるならどこでもいいし。お金とかは関係ないし。会社の指針がどうとかそういうことはどうでもいいし。上の人がどこがどう変わろうと僕にとっては関係のないことだし。そういうのじゃダメなのかなぁ・・・。そんなことはないよねぇ。」
「・・・。」
萌は何も答えようとしない。反論を考えているのか、それとも違うのか・・・。僕の考えでも間違っているかなぁ・・・。特に間違っているっていうところは見つからないのだけど・・・。
「そういうのは志が低いとかって思われちゃうんじゃないかなぁ・・・。」
萌が小さい声で言った。僕の耳がかすかに聞き取れるぐらいだった。
「ふぅん。そうなのかなぁ・・・。」
「そうなんじゃないの。」
萌の声は小さいまま。何か触れたくないことなのか・・・。いや、触れちゃいけないことって思ってるからか。でも、なんかいまはそういうことを言ってもらいたいって思う。
「ていうかさぁ、話変わっちゃうけど、最近気づいたことがあるんだ。」
「気づいたこと。」
「僕ってさぁ、他人とかかわるの、好きじゃない。出来れば、他人とかかわりあいたくないって思ってる。」
(・・・それ。)
「いくらかかわりあいたくないものがあっても、やりたいんだから、やらせてくれたっていいよねぇ。そうだよねぇ。」
(・・・ナガシィ。それが世の中に通らないっていうことは分かってるよねぇ・・・。)
声に出なかった。ナガシィが人嫌いなことは私がよく知ってる。昔の記憶が他人のイメージを凝り固まらせたから。その時からナガシィは氷の心を持つようになっている。でも、人とは笑顔で話している。ナガシィがそう言うところを話さなかったり、そういうイメージを定着させないために隠しているから知っている人は私以外にいない。仮にナガシィの心を人に対して溶かせたとしても、どこかで壁を作っているのは何となくだけど、分かる。心の奥底では人とナガシィがつながっていないんだ。
「・・・。」
「それとも、そういうのこそいらないのかなぁ・・・。要らないんだったら、はっきりいらないって言ってほしいね。」
(・・・それは言われていると思うけど・・・。)
「ハァ・・・。そういうところ見抜かれたかなぁ・・・。」
僕はそう思った。面接で落ちた原因を全部それに擦り付けたいと思う。全部の理由がそれになったら・・・。なんて言っていいのかはわからないけど、少しだけ気持ちが変わる気がする。
「見抜かれたんだったら仕方ないのかなぁ・・・。見抜かれたんなら・・・。」
試験で落ちた理由を知っているのは自分だけになっちゃう。こういうところで第三社でも兄か言ってくれれば、いいのになぁ・・・。
10月31日。今日は2時間だけの授業を受けて、帰ることになる。授業が終わった後、クラスですぐに帰らない人組で、お昼を食べに行くことになった。普段地下鉄には乗らないけど、今日は地下鉄に乗ってお昼を食べに行った。その間に難波先生から電話があった。前に受けた日綜警からの内定通知であった。
(終わった・・・。本当に終わった。)
肩の荷が下りた。もう、この先就活のことを考える必要はない。これで、ここに残してきた負の遺産は全部僕の前から消えていくことになる。これで永遠に鉄道好きな僕はいなくなる。表に出ることはなくなるんだ。こうなった以上本当にそれでいいんだ。誰もその事実は知らなくていい。そして、知られることもない。
「ありがとうございます。」
難波先生にはそれが悟られないように・・・。いつもの調子で話す。
「これで一旦就活は終了ですね。お疲れ様です。」
そういう先生の声が電話の向こうから聞こえた。先生一つだけ違いますよ。一旦っていうのはもうない。これで本当に終わった。この結果はそれ以外の何物でもないってこと。そこだけは違う。
僕が電話で呼ばれた後に犀潟と萌が電話で呼ばれた。大かたないような分かっているけど・・・。あえて聞かないことにしようか。
お昼を食べ終わったら、みんな別れていく。僕や萌と同じように緑地公園まで戻っていくのは木ノ本と留萌だけ。4人かぁ・・・。
「あっ。そう言えば、さっきの電話誰だったのさ。」
木ノ本が聞いてきた。
「ああ。先生だったよ。」
そこは事実の通りに話した。
「先生から。何だって。」
留萌が興味あるように聞いた。先生のことだから、何か重要なことなのかと思ったのか。
「ああ。試験の結果だったよ。」
「どうだったのさ。」
「聞かなくていい。」
「聞かなくていいって、教えてくれたっていいじゃん。」
「どうせ、あとあと知ることだし、今言わなくてもいいよ。」
「どうしたの。永島。」
「ああ。こういう時はそっとしとけば。後でわかることって言ってるんだし、今詮索しなくてもいいでしょ。」
萌がそう言ってくれたので、木ノ本も留萌もこれ以上何も聞いてこなかった。
緑地公園について家まで帰っていくけど、萌が駅を出て早々に木ノ本と留萌から僕を引き離した。
「受かったんでしょ。」
萌は小さい声で一言そう言った。僕は何も言わずにただ頷いた。
「そっか。」
「ねぇ、こんなに嬉しくもない内定ってあるのかなぁ。」
僕はふと萌にそう聞いた。
「へっ。」
「ふつうだったら内定って聞いただけで嬉しくなるよねぇ。でもさぁ、今の僕は内定って言葉を聞いて終わったってことと、悔しいって気持ちしかない。まったく決まらなかった内定をようやくとれたのに、そんな感情は全くない。どうしてだろうね。」
それに萌はしばらく何も言わなかったが、
「人それぞれなんじゃないかなぁ。ようやくとれた内定に諸手を上げて喜ぶ人もいるだろうし。ナガシィがふつうじゃないわけじゃなくて、感じ方の違いだよ。」
萌はただそう言っただけだった。でも、他人それぞれっていうのはどうだろう。誰でも表向きは嬉しいのは当然だ。でも、裏で何を思っているかなんて、他人にはわからないことだよ。当然ね。
同日。日綜警から来た封筒を確認。中に内定通知書とか、誓約書とか入ってる。これを書いてたさなきゃいけない。これをやりきれば本当に終了する。その終了は二つの終了であることはさっきから何度も言っていることだ。
11月5日。内定者用の写真を撮るってことだ。それは高校にも出すっていうことは知っている。もちろんのことだが、高校にそんなのを送るつもりはない。高校に送る書類はここに来てから一枚もあっていいわけはないのである。これは誰も知る必要のない事実である。
その日、先生から頼まれて、内定速報を書いた。それの一番最後に僕は「お祝は心の中で」と書いた。なぜかというのは簡単だ。これは人から称えられることじゃあない。おめでとうと人から言われるようなことは何もない。というより、おめでとうと言われたくないのだ。ふつうに内定速報を書いたら、全員「おめでとう」って言ってくる。それはあまりにも僕にとって苦痛だ。その苦痛を味合わないために、こっちから釘を刺したのだ。「おめでとう」と言ってくれるのはごく限られた人だけでいい。これは、僕の心の内を汲んでほしいっていう一種の訴えである。そこだけは理解しろ。




