280列車 決着
10月25日。千葉鉄道サービスの最終試験。これが終われば、内定ということになる。僕と同じ時間に試験を受けに来たのは10人ぐらい。これが2セットぐらいだから、20人は受験することになるか・・・。まぁ、そんなことはどうでもいい。面接、健康診断を終えて、試験の全部が終わったのが12時を少し過ぎたぐらいだった。
健康診断をした建物の近くにあるのは西千葉駅。ここから総武線の各駅停車が出ている。同じ時間に試験を受けた人は3人から4人ぐらいのグループに分けられ、順々に面接を受けるっていう形。ちょうど同じ班で行動した人は全員電車に用があるみたいで、西千葉駅まで歩いてきた。僕は千葉みなとの近くにあるホテルに戻るわけにもいかない。あのホテルは土日空き部屋がなかったからな・・・。仕方がないから、土日は浜松に戻ってゆっくりして、月曜日にある東京臨海高速鉄道の試験を受けて、大阪に戻るっていう感じ。だから、まずは浜松まで行かなければ話にならない。だが、その前にいつまでもスーツでいるわけにもいかない。そもそも、こっちに持ってきた荷物っていうのは千葉のコインロッカーに預けている。それを取りに行かなきゃいけない。そのために千葉駅に戻って、スーツから私服に着替えて、千葉を発った。
でも、このまま行くんじゃまだ早いんだ。親には5時ぐらいになるって言ってあるから、あまり早くいっても迷惑になる。だから、東京で時間をつぶしていかなくちゃならない。やっぱりそういうときに役立つのが本屋さんである。
本屋さんをのぞく。恐らくこの年代なら迷わずにコミック本とかそういうところに行くのかもしれないけど、僕はそういうところはさらっと流して、文庫本コーナーに足を運ぶ。トラベルミステリーとかそういうほうが僕にとっては面白い。
(んっ・・・。)
一つの小説のタイトルが目に入った。「八八艦隊録」。
(架空戦記か・・・。)
タイトルから直感できることだ。最近ブラウザゲームで流行っている戦争ゲームをやっている人ならわかるだろう。「八八艦隊」は海軍が計画した「戦艦八隻、巡洋戦艦八隻」の建造計画で持ち上がった戦艦16隻のこと。世間一般に知られている「戦艦大和」はこの中には含まれておらず、その前世代の「戦艦長門」などの「長門型戦艦」(長門・陸奥)がこれにあたる。ほか、「戦艦加賀」、「戦艦土佐」の「加賀型戦艦」。金剛型高速戦艦の後継戦艦「天城型高速戦艦」(天城、赤城、愛宕、高雄)。加賀型戦艦を凌駕する「紀伊型戦艦」(尾張、紀伊、駿河、近江)がこれにあたる。ただ、これが計画通りに進行したとしても4隻戦艦が足りないことになる。だから、架空戦記にはこの戦艦4隻に相当する架空艦艇が割り当てられる。あらすじを見る限りこれにはその4隻に「石鎚型」っていうネームシップがいるから「巡洋戦艦」って分かる。なんでそうなるのかを語ると別のことで長くなってしまうし、前例を見れば大方理解できると思うので省く。
(今この状態ですぐに読み切るなんてことはないかぁ・・・。買おうか・・・。)
それを読みながら、乗る「ひかり」を待って、車内でも読み続けた。そうしたら、150ページぐらいを読み切ってしまった。
土日浜松でゆっくりして、28日再び東京に行く。その間に9割ぐらいを読んでしまった。読むのには時間がかかると思っていたから、また新しいもので暇をつぶさないといけなくなるのかぁ・・・。
昼過ぎぐらいに東京臨海高速鉄道の試験が終了。会場近くの国際展示場前から新木場のほうへ行ってから東京駅に行って、新幹線で乗って帰るって算段だ。
「ナガシィ。」
肩をつつかれて、聞きなれた声がした。
「萌。」
「久しぶり。」
「久しぶりって。あんまりそんな感じじゃないけどね。」
「アハハ。これからどっち行くわけ。」
「新木場。」
「はいはい。あっ。新木場で着替えさせてもらっていい。」
「いいよ。待ってるから。でも、東京でも待ってよね。」
「・・・。じゃあ、いいや。東京で着替えるから。」
萌はそう言ってから券売機に行って切符を買った。新木場に行くことが分かってるなら、先に切符買っとけばいいのに。帰り際に込むことはわか・・・でもないか。このICカード普及率8割の大都市め・・・。
切符を買ってホームに入った。そしたらすぐに新木場行きの列車が来た。
「あっ。ナガシィって小説読んだっけ。」
「えっ。ああ、おもしろそうだったから買っただけだよ。」
「ふぅん。どんなの。」
「「八八艦隊」の架空戦記。」
とだけ答えた。この言葉は人気のブラウザゲームをやっているかミリタリーに詳しい人なら理解はできるけど、ふつうの人はまずポカンとする。
「海軍の。」
理解できてはいないのだろうけど、そう聞き返してきた。
「そうだよ。読む。」
「読むって・・・。ナガシィの本の楽しみと私の本の楽しみは違うよ。」
「まぁ、だろうね。」
「・・・。」
新木場駅で萌がコインロッカーに預けていたものを取り出し、東京駅で僕が預けていたものを取り出す。そのあと、スーツから私服に着替えて、京葉線のホームから出た。
「ねぇ、ちょっとだけ本屋さんよっていい。」
「いいけど・・・。本買うの。」
「うん。持ってたやつもう読んじゃったから。」
「読むの早くない。」
「遅い方だよ、これでも。」
僕の読むペースは大体1時間60ページ。このペースは大体セリフを越えに出すのが原因のスピードだ。それしなかったらもうちょっと早いのだろうけどね。これは240ページをちょっと超えるぐらいだったから、新幹線の中だけの往復で180ページぐらいは読んでいたことになる。母さんも小説を読むことがあるけど、僕が2ページを読み切る前に読み終わっているそうだから、「遅い方」と言った理由でもある。
本屋に行って、また文庫本のところに行く。前に来た時は気付かなかったけど、この「八八艦隊」は続編があった。改めて本屋で見てみると10冊ぐらいに続いている。読むには根気がいる量だけど、ある意味これぐらいの長編でよかったと思う。2巻を買って、新大阪止まりの「のぞみ」に乗る。
新幹線のホームでただ突っ立って新幹線を待つにはちょっと答える寒さになってきた。こういう時には10月も下旬になったと実感できるか・・・。
「ナガシィ。それ面白いわけ。」
萌がふとそう聞いてきた。
「ナガシィって小説読んでもトラベルミステリー読んでるイメージしかないんだけど。」
「トラベルミステリーも読むけど、こういうのも面白いよ。戦艦でバンバン撃ち合う話。」
「ナガシィって戦艦好きだっけ。」
「言ってなかったっけ。」
「ハァ・・・。言ったかもしれないけど、覚えてない。」
「・・・そう。じゃあ、覚えといて。」
と言ってからまた読みふける。
「こういうの見てたらさぁ、第二次大戦ぐらいにある戦艦とか、それ以外にやつもいっぱい出てくるから、またいい勉強になるね。軽巡洋艦とか、重巡洋艦とか、駆逐艦とか。」
(ああ。なに一つ分かんない。戦艦の知識だけで言ったらナガシィのほうが上かぁ・・・。)
「あっ。駆逐艦不知火・・・。陽炎型駆逐艦か。」
(カゲロウって何さ・・・。)
「水雷戦隊の旗艦は阿武隈。不知火と陽炎と霰と霞。」
(まったくわからん。)
「ねぇ、さっきからカゲロウがどうだの言ってるけどさぁ、カゲロウってなんなのさ。」
「えっ。」
そういえば無知であった。
「陽炎って日本の駆逐艦の名前だよ。」
「ああ。船の名前なのね。今まで言ってたやつ。」
「そうだよ。他にこれで知ってるのは。」
ちょっとページをめくってみる。それだけでもたくさんの軍艦の名前が出てくる。ときどき「レキシントン」とかアメリカ海軍の艦名も出てくる。自分が名前を聞いて何なのか分かる実在した軍艦は「長門」、「陸奥」、「伊勢」、「日向」、「扶桑」、「山城」、「金剛」、「比叡」、「榛名」、「霧島」。挙げるとちょっときりがないか。だいたいは戦艦か。重巡洋艦は実在だったら「高雄型」理解できるけど、これには「高雄型」はいないしなぁ・・・。ただ、陽炎型駆逐艦があるってことは「雪風」もいるか。改めて考えてみれば、自分が知ってるのはほとんど戦艦で、駆逐艦とか下になればなるほど知ってるものが少ないなぁ。不知火とかは名前かっこよすぎたから記憶に残ってたりするんだけど・・・。
「全然分かんない。大和とかっていないの。」
萌はそう聞いてきた。そりゃあ誰でも知ってるやつだろうな。特にアニメで有名になったし・・・。あの「極秘艦」が・・・。
「大和はこの小説の中に出てこないよ。大和がいなくてもこの小説に出てくる「加賀型」や「紀伊型」、「天城型」に「石鎚型」でも十分戦えるしね。」
「えっ。大和って弱かったっけ。」
「大和は弱くないけど、大和がいなくても十分強い戦艦がいっぱい出てくるしね。41cm砲が10門ついてるだけでも心強いさ。」
「・・・。」
ちょっとだけ不安がよぎる。これを読んで試験のことを忘れようとするんだけど、ちょっとした拍子に25日の試験のことが頭をよぎる。いや、不安なことは何もない・・・はずだ。これで通らなかったら僕はもういなくていい。目的をそこでなくすんだ。何のために生きるのかは知らないけど、これは少しでもその気持ちを紛らわすために今あるようなものだ。別のものを好きになって、周りにあれを見せないように封印するための布石に成り得るんだ。
「10門って多いの。少ないの。」
「うーん。多い方かなぁ・・・。「扶桑型戦艦」と「伊勢型戦艦」が12門つけてたけど。」
「どうついてたのか知らないけどさぁ、なんかすごくない。」
「なんかじゃなくて、すごいんだって。」
そうだよ。日本の船っていうのはすごいんだよ。ロマンがいっぱい詰まってるんだよ。それはかっこよくて仕方がないのさ・・・。
10月29日。千葉の鉄道会社は合格なら電話、不合格ならメールっていう極端な方法をとる。今日そのメールは確認した。
(終わった・・・。)
天井を見上げる。
「これで本当に・・・そうなっちゃったのか・・・。」
そう。そうなったんだ。鉄道好きな僕は封印することになったんだ。決まったんだ、そうね。




