275列車 言葉
8月中旬に入ってから僕は単身で浜松に帰った。もう、就活をする気が削がれたも同然であった。そのことを知っているのは誰もいない。いや、そのはずだ・・・。これ以上就活をしても何も変わらない気がした。このまま一般企業の就職になり下がるのか・・・。それこそ目的はどうする。
(ん・・・。何考えてるんだよ・・・。そういうことは忘れよう。)
そう思って努めて忘れようとする。今こう言うことは考えなくていい。このまま何もしないで、時間が過ぎるままにしていればいいだろう・・・。電車から見える外を見た。
(普段は寝ちゃったりしちゃうから・・・。こういうところも走ってるんだね・・・。)
視界が開けて、遠くのほうに住宅地が広がっている。住宅地に家を建ててそこに住もうだなんて、そんな狭いと思える家に住む神経は僕にはわからない。住むんだったら、開けたところに不便でもいいから、大きな家でゆっくり暮らしたいものだ。
さて、そんなことはどうでもいい。今は関係のないことだ。
浜松に帰って少なくとも数日は平和な日々を過ごした。いや、平和じゃいけない。そもそも僕は就職活動をほったらかして、こっちに来ている。そんなのが今本拠地から関係のない場所でこんなことをしていていいのだろうか・・・。当然だが、いいはずはない。
(ハァ・・・。)
どこにいても就活のことが頭から離れない状態であった。結局、考えは切り離すことはできないってことかぁ・・・。そんなことを考えながら、僕は模型のおいてある部屋に入り込んだ。久しぶりに触る模型である。
(そう言えば・・・。僕にはこれぐらいしか楽しみがなかったっけ・・・。)
今考えてみればそういうものだ。僕は今まで他の仕事に興味を持ったことがない。声優とかも今になったら考えるけど、成れないってことは分かっている。仮に声優になるとしたら、まずは滑舌をよくしなきゃいけない。それに致命的なのはうまく感情が入らないことだ・・・。中途半端に入るから困るんだ・・・。
「んっ・・・。」
ガリガリっていう音がしたのに気づいた。模型でその音がしたときは必ず脱線したときである。模型の車輪がレールの間についている枕木と道床の凹凸を通るからだ。車がデコボコ道を走る要領だ。この家のは大きいから、音がした所を突き止めるのも大変だ。それに、かなり長い間遊んでいたけど、あんまりそういうことがなかったから、どこで脱線するのかもわからない。今回は自分の近くで脱線したから、コントローラーからの給電を止めて、列車を止め、脱線した車輪をレールの上に戻した。
「あれ。智ちゃん。」
「あっ。雪姉ちゃん。」
「戻ってるって知らなかったよ。」
「・・・。」
入って来たのは雪姉ちゃんだった。今日はお休みなのかなぁ・・・。
「智ちゃんってこっちに戻ってきても人に言わないことしかないから、いつ戻ってくるのかなぁって思ってたよ。」
(なんだ・・・。そんなことかぁ・・・。)
「いわなきゃダメ。」
と聞いた。
「ダメとは言わないけどさぁ・・・。でも、こっちとしてはあって、少しでも智ちゃんの顔見てみたいんだよ。私は智ちゃんの本当のお姉ちゃんじゃないけどさぁ。」
「・・・。」
「ところで、就活はどうよ。」
「・・・。」
話題が就活になった。あんまり触れてほしくない話題である。
「どうって。」
「ほら、試験だよ。就活はうまくいってる。」
「・・・う・・・うん。」
ごまかそうとした。この頃就活はしていない。まったく。名古屋市営地下鉄の試験結果は不合格。都営地下鉄も恐らく不合格だろう。それ以外に求人が夏休み直前に来た京成電鉄のエントリーシートも全く手を付けないまま。また求人が来たJR西日本サービスのエントリーは自分から蹴った。まったく志望動機が書けないからであった。それに父さんがあっちに来てからというものまったく学校にも行ってはいなかった。就活状況は最悪のどん底である。
「まぁ、まぁって感じだよ。」
「まぁまぁかぁ・・・。」
それだけで終わって・・・。
「なんで・・・。なんでそんなに自信なさげなのかなぁ・・・。」
「えっ・・・。」
「智ちゃんのこと。おばさんやおじさんみたいに分かるわけじゃないけどさぁ、私だって、智ちゃんの小学校の先生だったのよ。分からないわけじゃないわ。」
確かに。雪姉ちゃんは小学校の保健の先生である。従姉弟一頭のいい自慢のお姉ちゃんでもある。まぁ、自慢したことはないけど・・・。
「自信ないときは何かあったんじゃないの。」
「・・・。」
「大丈夫だよ。ちゃんと秘密にするから。」
「秘密には・・・しないでしょ。」
「えっ・・・。」
「母さんや父さんには話すでしょ。」
「少なくとも、今就活がうまくいっていないんじゃあね。それにおばさんもおじさんも智ちゃんが就職できるかどうか心配してるよ。」
「・・・。」
「それだと嫌。」
雪姉ちゃんはそう聞いてしばらく黙っていた。僕も黙っていた。あんまりこういう話はしたくない。
「智ちゃんが話したくないなら別にいいけどなぁ。」
「・・・。」
「でも、これだけは聞かせてほしいなぁ。」
雪根ちゃんはそういうと僕に顔を寄せてきた。体勢崩したらキスしちゃいそうになるほど雪姉ちゃんの顔は近くにあった。
「智ちゃんはどうしたいわけ。」
「えっ・・・。」
「今は大阪に住んでるんでしょ。大阪からこっちに来てるって。しかも、就活で一番大事なこの時期に・・・。」
「・・・。」
「どうしたいわけ。このままもう何もしないの。」
「何もしたくないわけじゃないよ。鉄道会社に入りたいよ・・・。どうしても。」
「じゃあ、なんで。」
「うまくいかないの・・・。」
ものすごく小さい声で言った。雪姉ちゃんの耳はそれも聞き取ったみたいだった。
「うまくいかない・・・。何が。」
「全部が・・・。」
僕はそれにも小さい声で答えた。
「全部って・・・。筆記も。面接も。」
「うまくいったためしがないもん。うまくいったら今頃どこかの鉄道会社に入れてるのに・・・。」
小声もだんだんと涙を必死にこらえた声に置き換わっていった。雪姉ちゃんは僕を黙って抱きしめる。
「・・・。」
「どうして・・・。僕は鉄道会社に入りたいだけ・・・。運転士がしたいだけ・・・。それだけじゃダメなの・・・。それだけなのに・・・。」
「そうね。智ちゃんが昔からなりたいものだもんね。」
「それなのに・・・。紙すら通らない所もあるし、筆記試験で落とされるところもあるし、面接まで行ったと思ったら、面接で落ちるのもあるし・・・。」
「・・・。」
「もうヤダよ。やりたいことしたいだけなのに・・・。そうじゃなきゃいけないのに。」
「どうして。」
それまで黙って聞いてた雪姉ちゃんが口を開いた。
「どうして、そうじゃなきゃいけないって思うの。」
「だって・・・。母さんたちは安くない学費を払って僕をあっちに行かせてくれたのに・・・。学校で習ったことが活かせないなら、なんで僕があっちに行ったのかわからないよ。」
「・・・。」
「もし、そういうこと活かせないんだったら、僕が大阪に行く必要はどこにもなかったよ。それに、払ってくれたお金が・・・。まったく意味をなさなくなる。」
「でも、もしこのまま何もしなくても・・・。」
「そうだけど・・・。でも・・・。でも・・・、親からのお金は鉄道会社に入って返さなきゃ・・・。そうじゃなきゃ。」
(・・・人には人の信念がある・・・かぁ・・・。)
「そうでなきゃダメなんだ・・・ね。智ちゃんはそうなるのが一番いいって思ってるんだよね。」
黙って頷く。
「智ちゃん・・・。そうなるためにはまだ智ちゃんが頑張らなきゃいけないよ。」
(分かってる・・・。)
「それに、智ちゃん。前言ってたよね。」
「・・・。」
「「思いっ切り頑張ったら、全部うまくいった」って。」
「えっ。」
どう言うことだ。僕がそういうことを言った記憶はない。いったいいつ僕がその言葉を言ったんだろう・・・。
「智ちゃんはまだおもいっきりじゃないだけだよ。思いっ切り頑張ったら、智ちゃんが思ってるとおりになるんじゃないかなぁ・・・。」
「・・・。」
そのあとも雪姉ちゃんは何か言っていた。でも、僕にその言葉は入ってこなかった。ずっと雪姉ちゃんが言う僕が昔言った言葉っていうことを考えていた。そのことだけを探っていた。雪姉ちゃんの話によれば、それを言ったのは4年生の時だったようだ。でも、それはいつあったんだろう。4年生はある意味いろいろあった時だから、記憶が鮮明なものが多いはずなのに・・・。
それからすぐに難波先生から電話があり、その話を先生からじかに聞いた母さんが雪姉ちゃんと同じようなことを言った。ただし、同じなのは最後のところだけだった。それより前のことは母さんには言わなかった。
(なんなんだろう・・・。あれ。)
僕はそっちのことが気になって仕方がなかった。結局、このことで母さんには「仕事を区別して考えるな」とは言われたものの、そういうところがまだはっきりと区別しきれていなかった。




