274列車 暗雲
7月も下旬に入った。あれからというもの部屋から出ることがめっきり減った。なぜか学校に行く気にはなれなかった。
(ハァ・・・。行かなきゃいけないのに・・・。)
そうは思っていた。だけど、体は言うことを聞かないようだった。これまでの間にもまた内定者が出た。瀬野だ。決まったのは広島電鉄。広島の路面電車だ。もう、早期就業で広島で働いている。他に決まっている人はまだいないみたいだけど・・・。
携帯・・・スマートフォンに取り込んであるアプリのSNSの通知音が鳴った。
「誰・・・。」
スマートフォンをとると羽犬塚からだった。内容は「どうした」・・・。
「・・・。」
答えるのに困るわけじゃない。てっとり早くその返信を作った。
(何が。)
特にこっちにとぼける気はない。ただ、心配を・・・。
「いや、最近学校こないから、どうしたのかなぁって。体調でも悪い?。」
返信。
「大丈夫だよ。」
「そう。ならいいんだけど、先生も心配してるから。俺もそうだけど、みんなお前が学校に来なくて、心配してるよ。」
(心配・・・。)
それだけ目についた。
(・・・まさか・・・。)
先生が心配しているのは認めるけど、みんなが心配しているっていうのはどうかなぁ・・・。こういうところで落ちていくやつがいるんだから、みんなにとっては好都合なんじゃないかなぁ・・・。その分自分のチャンスが増えるんだしさぁ。心配って表面で言ってても、心の中じゃあ「しめた」って思ってるんじゃないのかよ。
「そうか。」
としか返信はしなかった。そういうところは言う必要はないだろうしね。
しかし、どうする・・・。ここまで来たら、本当に一般企業を考えなくちゃいけなくなるんじゃないのか・・・。そういうことを避けたい気は今でもある。僕がなりたいのは運転士。それ以外にはない。ここに来たのは運転士になるためであって、他の企業に就職するのが結末なら、ここには来ずに浜松で進学したりとかしている。まぁ、仮にそうだったとしても、どこに進学して、今何をしているのかは知ったことではないが・・・。それに、一般企業に就職したら、学校に払った学費はどうなる。勉強したことのほとんどが意味をなさなくなっちゃう。大金払ってもらって・・・それはないだろう。そもそも、僕はどういう仕事があっているのか、それこそ知ったことではない。今までアルバイトとかしてきたわけじゃない。アルバイトとかしてるんだったら、少しはそういうところで困らないだろう。みんなと違って、そういう経験はない。学業と両立して、お金が稼げるとか思わないし、稼ごうなんて思う気もないし・・・。一般企業には行ったら、僕は何のために・・・。何のために働くんだ。
(クッ・・・。)
この部屋は狭い・・・。狭いし、窮屈だ。ちょっとだけ、外でも歩いてくるかぁ・・・。
その頃。
「うーん。」
首をかしげて、目の前にある学校の履歴書と向かっていた。
「あれ。今日も永島来てないの。」
「うん。」
萌はそれに一言答えた。
「あいつ何してるのかなぁ・・・。もう、7月も下旬に入ってるし、夏休みに入ってから一度も学校来てないじゃん。」
木ノ本が続けた。
「そうだね。」
「心配じゃないのかよ。」
「心配だよ。もしかしたら、本当に体調崩してるかもしれないし。」
「行ってるのか。部屋には。」
「行ってるけど、いない時もあるんだよ。」
「いない・・・。それこそ本当に大丈夫かどうかわかんないじゃんか。」
「居留守使ってたりするだけだよ。」
「おい・・・。」
「・・・。」
「分かってるんだったら、入って強制でもいいから学校に連れてくればいいじゃんか。このまま部屋から出てこなくなったらどうするのよ。」
「強制はできないよ。就活って1対1なんだから、そこに人がずかずか入り込むべきじゃないよ。」
「そう言っても、萌はずかずか入り込むじゃんか・・・。」
「・・・。」
木ノ本は少しだけ萌と話してから、机の上に履歴書とかを広げ始めた。
「それって。」
「ああ。これ。遠江急行募集かけてたから、応募してみようと思ってね。」
「なるほど。」
「ていうか、あいつは思いっ切り関係しているよねぇ。」
「そうだよ。」
「じゃあ、もうそっちで決まっちゃってるとか。」
「無い無い。」
「ですよね。」
「てか、遠江急行募集かけてたんだ。」
「うん。締め切りが8月のいつだったっけ。確か、来週の金曜日ぐらいだったから、今から書いても間に合うんじゃ無いかなぁ。履歴書はどこんのでも良いみたいだし、していなかったから。それに、高校の時、萌ってほぼ毎日使ってるよねぇ。志望動機ぐらいだったらあっという間に書けるんじゃないかなぁ。」
「書けるけどさぁ。」
「けど・・・。」
「やめとく。ナガシィがそこに行きたいっていうことはないだろうし。」
「全部決める基準はあいつなんだな。」
「・・・。」
誰かがくる気配がしたので、そっちを見てみると高槻が来ていた。
「あっ。おはよう。」
「おう。・・・今日もか。」
「うん。」
高槻は萌の座っている後ろを通って、一番奥のところに腰掛けた。
「ところでさぁ、先生から日綜警の就職情報聞いたんだけどさぁ、二人は受ける気ってあるの。」
「日綜警。」
ちょうど声が揃って高槻に回っていった。
「ああ。日綜警って文字通り警備会社なんだけどさぁ、東海道新幹線の沿線警備とかもやってるみたいで。今回はそれで募集をかけてきてるみたいだからさぁ、もしかしたら、配属でそっちになるかもしれないってことで聞いてきたんだけど。」
「ああ。なるほど。」
「保険っていう意味で受けてもいいんじゃないかって話なんだけどね。」
「何。高槻は受けるの。」
木ノ本が聞いた。
「ん・・・。まぁ、今まで内定が鉄道で出てないからなぁ。一般企業も受けてたけど、なかなか面接がねぇ。俺って学力も草津みたいにいいわけじゃないからさぁ、ここら辺で保険を作っておくほうがいいかなぁって。」
「じゃあ、受けるんだ。」
「いや、そこなんだって。」
高槻は一拍置いて、
「ここ、推薦なんだ。」
「えっ。」
「じゃあ、もし内定が出たら、受けてるの全部諦めて、そっちに行かなきゃならないってなるのか。」
「そういうこと。」
「まだ諦めきれないもんなぁ・・・。」
「ただなぁ、俺もそこまでバカじゃないから、日綜警から内定もらって、それで、沿線警備でもいいから鉄道でかかわれるんならいいなぁって思ってるんだ。」
「思ってるんなら・・・。」
「俺は受けるけど、他はどうするのって話。」
「・・・。」
見ても仕方がないのだけど、萌と木ノ本はお互いの顔を見た。
「今治は受けるみたいだけど。」
「・・・。」
「うーん。うけてみるかなぁ・・・。」
「私はパス。」
木ノ本が言うのに続けて、萌も言った。
「ああ。そうなんだ。履歴書とかは先生が一括で提出するみたいだからさぁ、それに提出しなきゃいけない書類っていうのがあるみたいで、健康診断書とか成績証明書とか。それ窓口に申告しておかないといけないみたいだから、受けるんだったら、すぐにでも行ってくれば。」
「うん。そうする。」
木ノ本は立ち上がると階段のある方へ歩いていった。萌はそのあとスマートフォンを取り出して、日綜警のことを調べてみた。
「えっ。ちょっとこのタグ。」
「えっ。」
目に留まったのはブラックの4文字である。
「ブラックって・・・。」
「日綜警がブラック企業ってことじゃなくてさぁ、ただ、警備会社だから、仕事がきつくて、やめる人が多いってだけだよ。そこだけ見ちゃったら、どうしてもそう見えるってことじゃないかなぁ。」
「ああ。そういうことか。ただのガセネタってこと。」
「そうそう。」
「・・・。」
「まぁ、そういうことは蓋を開けてみないと分かんないことばっかだって。うける前からそういうこと言ったってしょうがないでしょ。」
「それは・・・そうだよね・・・。」
スマートフォンをかばんの中にしまった。
「あっ。そうそう。前のさぁ、キッズスクールなんだけど、26日のやつは内定したやつと1年生でやるんだって。」
「ハハ。結局26日も人気なんだよねぇ。最初にやった7日のやつだって予約は2秒で埋まったんでしょ。ある意味すごいよね。ナガシィ、集まらないんじゃないのって言ってたし。」
「思いっ切り予想を裏切ってくれたねぇ。」
話をしながらだけど、少しずつ履歴書を埋めていった。鉛筆で・・・。
僕は本屋さんにいた。そこで読む本は鉄道ファンとかの鉄道雑誌じゃなくて、戦艦「比叡」っていう本。この本は旧日本海軍が持っていた金剛型巡洋戦艦、2番艦比叡のことがつづってある。内容が理解できないことはない。でも、読むのは面倒なので、写真ばっか見ることが多い。こういうのは少しの間、萌と話さなかったりしたときに、心のよりどころになるのだ。
「・・・。」
さらっと見終わったところで、その本を元あった場所に戻した。本屋から出ようとしたところで目に入ったのは時刻表。
「・・・。」
時刻表を手に取って中を見る。さらっと、さらっと・・・。
(帰ろう・・・。こういう変なの全部忘れて・・・。何もかも・・・。)




