257列車 悪魔の施し
携帯の内容は難波さんからだった。携帯にメールが入っているということは学内選考通過ということだ。
「ナガシィ。メール着た。」
萌が聞いてきた。
「うん。来てるよ。」
「じゃあ、早く上行こ。」
「うん。」
まずは第一関門突破だ。
上に行くと難波さんがオレンジ色の縁のついた手触りの違う紙を手渡してきた。東海旅客鉄道株式会社専門短大卒用エントリーシートと上には書かれている。
「二人とも。いまやってるエントリーシートはすべて打ち切ってこっちのこと書いてきてください。」
「はい。」
返事が揃った。今やっているエントリーシート・・・。僕の場合は新幹線メンテナンス東海株式会社以外は今のところない。新幹線メンテナンス東海のエントリーシートの締め切りはまだ先。いま打ち切っても問題はないかぁ・・・。
「あと、これ1枚しかないから、コピー取ってから書きはじめてね。」
「はい。」
これ1枚。失敗は許されない。今までとはすごく重みの違う1枚になっている。阪急の時は間違えたとしても、まだ替え地があった。でも、今回は替え地がない。間違えたら、落ちるどころではないなぁ・・・。
教務室の向こうにはエアラインやブライダル系の講師室や、求人票の貼り付けられている掲示板がある。求人票が貼ってある掲示板のはさまれた通路の突き当りには二つの講師室に挟まれるようにして就職指導室がある。就職指導室にはパソコンやコピー機が置いてある。今回はそのコピー機に用がある。
「コピー代って高いよねぇ、白黒1枚だけで10円って。」
萌がつぶやきながら、コピー機に東海のエントリーシートをセットする。
「そうかなぁ・・・。」
10円が高いっていう感覚が全くない。っていうかほとんどの人10円高いっていう感覚はないよねぇ。
「そうでしょ。これがカラーだったらまだ説得力があるけど。」
「・・・。」
そうとも反応できないなぁ・・・。そうこうしている間に萌はコピーを済ませた。
「おい。早くコピーしてよ。」
「あっ。うん。」
早くしなきゃいけないけど、
「ねぇ、萌。コピーってどうやればいいの。」
「はぁ・・・。コピーの方法も分かんないの。あのね。」
そう言ってから、萌は面倒くさそうに説明しだした。19年間コピーをしたことがないから、頭の中が大きな?がいっぱい。でも、そこまでバカじゃないから理解はできる。コピー機から1枚A4サイズの紙が出てきた。
「よし。おわり。」
僕はその紙をとると歩き始めた。
「あれ。ナガシィ、東海の紙は。」
「えっ。」
左手を見てみると、
「あっ・・・。」
「ホント天然なんだから。」
萌の呆れた声が聞こえてくる。でも、否定できないかぁ・・・。今こんな状態だしね。
志望動機や自己PR。いろいろ書いているから、それを含めて考えて、すんなりOKをもらい、清書。清書は21日に完成。22日に難波さんに提出された。そのあとは新幹線メンテナンス東海のエントリーシートを考えていた3月下旬。
「ねぇ、二人とも先生からメール着てる。」
今治が聞いてきた。
「えっ。どうかなぁ・・・。」
スマホを見てみると光る部分が青く光っている。メールは先生からで、内容は教務室に来てくださいとのこと。先生から何か発表があるのだろう。
萌と一緒に教務室に行って、中を除くと、難波さんが気付いて、
「あっ。二人ともいいところ来た。」
と言った。
「二人とも書類通過しました。それで、渡したいものがこれなの。」
そう言って難波さんは2枚紙を取り出した。1枚は日程表。もう1枚は地図。地図は前に企業説明会に行った時にもらっている。やる場所は新阪急ビルの10階だ。日程表を見るとやる日は4月6日。内容は筆記、面接、健康診断、適性・・・。受付開始は8時15分から。終了予定は18時00分となっている。
「先生。」
「あっ。草津君。長万部君。」
二人が顔を出したので、また先生は2枚紙を取り出し、二人に渡す。長万部が上に目を通すと、
「えっ。8時15分から18時。長っ・・・。」
「相当長いでしょ。多分ね東海は今回ここで一気に落とすと思うのよ。」
「・・・。」
「でも、今までみんなしっかりやってきたからね。大丈夫。」
うん。そこは難波さんの言うとおりだ。今までちゃんとやってきたんだ。だから、大丈夫・・・。絶対に・・・。
「あっ。話変わっちゃうけど、近畿君いる。」
「えっ。近畿ですか。」
「呼びます。」
「うん。呼んで。」
すぐに近畿が教務室に顔を出した。
「近畿君。六甲摩耶ケーブルから内定でました。」
「えっ。」
近畿も含めて生徒全員の声が揃った。
「それで3月の25日から早期就業できてもらいたいってことなんだけど。」
早くも内定の報告であった。
教務室にはそれを受け取りに行っただけだった。
家に帰ると普段寝る時間でも目が冴えた。伸びをして、目をつぶり。無理やりにでも寝ようとする。でも、なかなか眠ることができない。心臓がバクバクなって、今から緊張していることがひしひしと伝わってくる。何とか眠ることができるっていう日が何日も続いた。
4月4日。今日は難波さんが学校で面接練習をしてくれた。東海っていうのは結構嫌な質問をしてくるらしい。質問の一番最後と同じ言葉。例えば、興味がありますかと聞かれたら、こっちが興味がありますと答えるまでどんどん突っ込んでくるらしい。嫌な質問をしまくってたら嫌われるとか行っている場合じゃないかぁ。それだけ儲かっているから、狙う人が多いのか。どのみち、自分もそのうちの一人であることに間違いはないのだから。
4月5日も面接の練習。志望動機が確立しているから、今回は一般的な質問をいっぱいされる。それが終わったのが3時ぐらいだ。終わったら、全員で力を抜いた。
「はぁ・・・。」
ため息が重なった。今までできなかったことだからなぁ・・・。
「おわった・・・。」
「・・・。」
「うーん。自己PRだなぁ・・・。」
今治がつぶやいた。
「そうだな。今治は自己PRさえしっかり言えれば。ちょっと詰まり気味って感じするもんな。」
草津が続ける。
「じゃあ、ちょっとだけ練習する。」
僕が持ちかけた。
「うん。」
今治は立ち上がると6つ並んだ席の一つに腰掛けた。僕と草津は先生が座っていたところに腰掛ける。
「それでは今治さん。あなたの自己PRをお話しください。」
で始めた。
「はい。私には・・・。」
それで1分ぐらい今治が話す。今治が話し始めるのと同時に腕時計の昨日として浮いているストップウォッチを起動した。今治がすべて話し終わると59秒を刺した。しかし、それは間で詰まった時間ロスタイムも含めての時間である。
「うーん。いまので1分なんだけど・・・。」
「でも、それってロスタイム含めてでしょ。もうちょっと自己PR覚えるのと、もう少しゆっくり言ってもいいんじゃないかなぁ・・・。」
草津が続けた。
「じゃあ、草津。最近気になるニュースってある。」
「えっ。そうだなぁ。私の最近気になるニュースは2020年のオリンピックの招致活動です・・・。」
草津が理由を言い終わるのを待ってから、
「うーん。それでは、そのオリンピックの招致によって当社が受ける恩恵には何がありますか。」
と聞いてみた。
「えっ。それは、東京にオリンピック招致をすることによって、大阪や名古屋から東海道新幹線を利用して、東京にオリンピックを見に行こうとする旅客の集客を見込めると思います。」
「スゲェ嫌な質問したよなぁ。いま・・・。」
「・・・じゃあ、永島。あなたは気が強い方ですか。」
「はい。」
草津に不意を突かれて、勢いで言ってしまった感があった。
「それはなぜですかって聞かれた時に答えらえなかったら気が強くないからな。」
「ああ・・・。そうだねぇ・・・。」
これで自分の弱いところっていうのが割れたな。
「じゃあ、永島の最近気になるニュースは。」
「えっ・・・。うーん。私の最近気になるニュースは・・・。」
ニュースと理由を続ける。
「はい。では、そのニュースには当社とどういった関係がありますか。」
「・・・。」
答えられない・・・。
「こ・・・この・・・。」
「さっきのお返しな。」
「・・・。」
「今治の最近気になるニュースは。」
「はい。私の気になるニュースは・・・。」
そういうことを続けているとガチャっという音がした。その方向を見ると難波さんが入って来た。姿を見たので、すぐに面接練習をしていたところに行こうとする。
「あっ。別にいいよ。もう練習は全部終わってるから。どう。みんな。緊張してる。」
「はい・・・。」
引きつった返事が部屋の中に響く。
「まぁ、そうだよねぇ。でも、ここまでやったらもう大丈夫でしょ。それに東海には行ったら、もう将来確定してるからね。数年で私の貯金より多くなるわ。」
確かにそうだけど、自分の貯金と比べる・・・。
「だってもう東海って優遇よすぎだよ。ふつうの会社だったらでない入社1年目のボーナスがあるから。」
「えっ・・・。」
目が点になる。難波さんが僕らを見回して、
「よしっ。お金の話したらやる気湧くでしょ。」
「・・・アハハ。」
引きつってた表情に笑いが垣間見る。
「そう言えば、明日はみんな何時に行くつもり。」
「8時30分ぐらいに試験会場に入れたらって。」
今治が口を開くと、
「えっ、一人で行くっていうのはキツクない。」
「あっ。」
「じゃあ、みんなで集まっていきな。8時10分ぐらいにみんなで集まって。もう8時10分に来なかったら、そいつはもうおいてきな。それに、永島君に萌ちゃん。自分たち以外みんな来なければいいのにって思ってるでしょ。」
「えっ。そんな。」
萌はそう言ったけど、
「思ってます。」
僕はそう言った。そうだ。一番の天敵は草津だ。草津さえいなければいいのになぁ・・・。
「だから、永島君。みんな集合時間来なかったら一人で行けばいいから。ここまでやったんだから、行けるからね。」
「はい。」
「って。永島君だけじゃないよ。みんな明日は頑張ってきてね。」
「はい。」
「よしっ。・・・あっ。明日誰か。8時15分ぐらいにメールくださいね。そこで、誰か脱落したら、「坂口脱落」とかってメールしてね。」
「はい。」
「面接は全部筋通していけばいいから。それだけでいいから、それ以外に意識すること何にもないからね。じゃあ、明日頑張ってきてください。」
「はい、ありがとうございました。」
全員の声が揃い部屋を出る難波さんに向かせた。
4月6日。東海旅客鉄道株式会社関西支社短大・専門卒選考日となる。




