255列車 絵
3月16日。今日は名古屋に来ていた。
(えっと。鳥峨家の家って・・・。あっ。ここか。)
恐る恐るインターホンを鳴らしてみた。すると、中から声がする。本当にいいのかなぁ・・・。結構成り行きでここに来た気がするんだけど・・・。まぁいっか。来てほしいってメチャクチャ縋り付いてきたから。だから、いいよねぇ・・・。
「あっ・・・。黒崎。」
ドアを開けて、鳥峨家はそう言った。
「どうしたの。」
ちょっと心配になる。
「ちょっと。黒崎の声聞きたかったから。」
「えっ・・・。それはどういう。」
「このごろ、ちょっといろいろありすぎてるから・・・。」
「・・・。」
「あっ。このままこうやって立って話してるのもなんだし、部屋の中はいれば。」
「えっ・・・。」
いきなり、好きな人の部屋の中に入れと言われても・・・。そんなこと考えていたけど、確かに、このまま立って話すっていうのはあたしにとってもきついけど・・・。
「どうした。黒崎。入れよ。」
「えっ・・・。でも・・・。」
「なぁ、黒崎入ってくれよ。そのまま玄関先で立ってくれるとこっちが恥ずかしいから。」
入ってほしい理由は恥ずかしいから・・・。でも、あたしもこのままっていうのも嫌だからなぁ・・・。鳥峨家の部屋の中に入った。部屋の中には行ってみるとその様子に驚いた。出る声がなくなるっていうのはこういうこと言うんだよねぇ・・・。全然片付いてないし・・・。でも、踏み場がないよりはましかぁ・・・。
「ちょっと。片づけたら・・・。これでも、彼女入れるために用意した部屋。」
「いや・・・。こういうところ嫌なのは分かってるけど、なかなかやる気にならなくて。」
言い訳してるし・・・。
「ちょっと。まず、これ片づけよう。」
「ごめんな・・・。」
「ごめんって思うなら、ちょっとは手伝いなさいよ。」
部屋の中に散らかってる本とかを本棚に片づけていく。これで少しは散らかっている部屋の中は片付いたかなぁ・・・。それに、鳥峨家髪の毛このごろ洗ってない感じするし・・・。ご飯たいたりしてる雰囲気もないし。どんだけ面倒くさがってるのよ。他のことは何もしなくてもいいけど、髪の毛だけはちゃんと洗ってよね。好きな女の子に嫌われるよ・・・って言ってもその鳥峨家を好きな人がいるかぁ。ここに。ていうか・・・。
「鳥峨家。ちゃんとご飯食べてる。」
「えっ・・・。」
食べてないな。これ。
「どういうの食べたいの。」
「今冷蔵庫に何もないんだけど。」
「はぁ・・・。」
でも、何かはあるでしょ。中を見てみた。確かに、何にもないけど、何か作れるぐらいはあるね。豆腐とかあるし、レトルト食品がまとまってるところに麻婆豆腐のもととかあるし、これでちょっとは鳥峨家を満足できるぐらいのご飯を作れるかなぁ。
「鳥峨家。お昼何食べる。」
と聞いてみた。
「なんでもいいよ。」
「なんでもいいってねぇ・・・。少しは自分の欲とか言ったら。」
「よくいったら、黒崎のこと食べちゃうけど・・・。」
うっ・・・。それは・・・。まだ鳥峨家に食べられたくないし・・・。裸なんて見せたくないし・・・。ていうか、ここで鳥峨家に食べられたら、家に帰れなくなるな。
「・・・そう言う欲は言わないの。」
「分かってるって。今、黒崎食べたらいろいろ問題あるし・・・。一線越えるのは結婚してからだから。」
ドキッ・・・。えっ。いきなり一線越えるのは結婚してからって・・・。あっ。でも、そのほうがあたしとしてもいいかぁ・・・。そうすれば、着替えは同じ家の中にあることになるし・・・。じゃない。心臓がバクバク言ってるのは聞こえてるけど、何とか心を落ち着けて、お昼ご飯用意しよう。
ご飯を用意して、鳥峨家に出す。正直これが初めて異性のために作った料理。家でも料理はしてるけど、自分のお弁当だったりしたからなぁ・・・。それに、家でご飯を作ってたら、家族のためになるし。お父さんのためにお弁当作っても全然恥ずかしくないけど、今回はわけが違いすぎるよ・・・。
「・・・どう。」
「おいしいよ。」
「・・・。」
鳥峨家のその言葉にホッとした。
「そう。」
「うん。毎日こういうご飯食べれたらなぁ・・・。僕は梓みたいに料理が得意じゃないから。」
「えっ。でも家庭科って結構成績よかったよねぇ。」
そう言った。鳥峨家って家庭科はあたしよりも確か成績がよかった。5段階で5だった気がする。あたしは5段階で4。まぁ、ちょっと家庭科の授業はふざけて聞いてた部分もあったからなぁ・・・。
「全然得意じゃないって。多分それは裁縫で押し上げてたんだと思うし。」
「・・・。」
鳥峨家はすぐにお昼ご飯を食べきってしまった。それを片付けてしまうと、何もすることがなくなってしまう。ただただ、この狭い部屋の中ではなすことぐらいしか・・・。でも、鳥峨家と何を話そう。あたしが時刻表でいろいろ妄想してることは言いたくないし・・・。正直オタクって思われるよねぇ。そんなこと言ったら。何がどうとかそういうこと言わなきゃ大丈夫かなぁ・・・。
「あ・・・あのさぁ。」
鳥峨家が口を開いた。
「な・・・何。」
火照ってる・・・。
「言っておかなきゃいけないことがあるんだけど・・・。」
(何。言っておかなきゃいけないことって。ここでプロポーズとかされたらどうしよう。って・・・。何勝手にプロポーズって。でも、もし本当にプロポーズだったら・・・。)
「僕、鉄道会社目指してるのは知ってるよねぇ。」
「・・・うん。」
「でも、その鉄道会社に就職できないかもしれないんだ。いや。就職したとしても、梓のいる浜松には戻らないかもしれないんだ。」
「えっ・・・。」
「だから、もし本当に何年も待ってくれるなら、そのことを頭の片隅でいいから置いといてほしいんだ。」
「・・・いいよ。鳥峨家。・・・もし、あたしと一緒にいたくなったら、どこにでもあたしを連れてけばいいじゃない。それでいいから。」
「えっ。でも。それは梓のお母さんたちに。」
「大丈夫だって。あたし、お母さんにはあたしの好きな人のこと全部バレてるから。」
「バレてるって・・・。」
「・・・あ・・・あたしお母さんとよく似てるのかなぁ・・・。じ・・・実は授業の時に、ノートに鳥峨家の絵。たくさん描いてるんだ。」
「・・・あっ・・・。じゃあ、授業の時に感じてた視線の正体は梓だったんだ。」
「えっ・・・。」
目が点になった。まさか、鳥峨家まで気付いてたの。
「ウ・・・ウソッ・・・。」
「だって、小6の時だったかなぁ。誰か見てる気がして、誰が見てるのか気になって後ろむいたことがあるんだ。そしたら、梓だけなんかあわてた感じで、目そらしたから。梓なのかなぁって思ってたんだけど、もし間違ってたら、梓に失礼だなって思って黙ってたんだ。でも、まさか。本当に梓だったなんてね。」
「・・・。」
「ねぇ。絵描いてよ。」
「えっ・・・。」
「描いてくれたら、それ僕の宝物として、大切に持っとくから。」
「・・・。」
しばらく回答に困っていた。こんな間近で鳥峨家を見るのは久しぶりだけど、絵を描いているところを見られたことは今まで一度もない。
「そ・・・そんなに絵うまくないよ。」
「そんなことないって。梓、絵上手じゃん。結構前に出されたコンクールの絵もすごかったよ。」
「あ・・・。あれと鉛筆画は違うからね。」
「いいよ。梓が描いてくれたことに意味があるから。」
「・・・。」
「描いてくれる。」
うなずくと自分の前に紙とシャープペンが出てきた。あたしの後ろにある机に紙を置いて、十字を描いた。人の顔を描くときの基本だ。そのあとどこに何が来るのかそれを下書きした。あたりを描き終わったら、それを目安にして、鳥峨家のかを書き上げていく。もう何百回も書いた顔だ。鳥峨家の顔くらい見ずにだって描ける。でも、今は本人が見てるから、見ないと気に障るかなぁ・・・。後ろにいる鳥峨家を見るたびに、自分で顔が赤くなっていることを認識した。
「できたよ。」
そう声を掛けると、鳥峨家はあたしの両肩に手を置いて、描いた絵を覗き込んだ。
「・・・すごい・・・。似ていすぎる。」
「・・・鳥峨家って男子の顔してないから、描くときちょっと女の子っぽくなるんだよ。結構女の子っぽく描いて、男子っぽくするの難しいからね。」
描いてる時にいつも思ってることを鳥峨家に言った。
「やめて。それ嫌だから。」
「・・・コンプレックスなんだ。」
「うん。梓の胸と同じ。」
「なっ・・・。あっ・・・あたしの胸と一緒に・・・。」
「梓のコンプレックスなんでしょ。」
「・・・。」
鳥峨家の言ってることあたってるし、反論できない・・・。でも、自分の胸のこと言われるなんて・・・。
「あっ。ごめん。言われるの嫌だったね。」
「い・・・いいよ。別に・・・。」
「怒ってる。」
「怒ってない。鳥峨家なら、ある程度のことは許すよ。」
「・・・。」
しばらくそのままの状態で言葉がない。
「あのさぁ。」
沈黙を破ったのは鳥峨家だった。
「梓って、僕と結婚したいって思ってる。」
体温が一気に3度ぐらいあがったと思った。
「えっ・・・。そ・・・そんなこと・・・い・・・いきなり言われても・・・。」
「そ・・・そうだね。ごめん。」
「・・・。」
なんでだろう。謝られるとなんかすごく変な気分になった。えっ。今言われたの、正直に自分の中でうれしいって思ってるのかなぁ・・・。
「・・・そ・・・それは・・・。」
鳥峨家を見ようと思っても、見れない。
(もし、鳥峨家があたしと一緒にいたいなら、結婚したい。)
心の中で思っているだけで、言葉にできない。
「ごめん。本当に突然すぎたよね。今答えなくてもいいから。」
「・・・したい・・・。」
「えっ。」
「あたしも・・・。鳥峨家と結婚したいよ。でも、今はそういう時じゃないでしょ。」
「分かってる。」
「それで、もし就職が決まっても、浜松に戻る保証はないんでしょ。」
うなずいた。
「あたしは前にも言ったけど、何年でも待つから。それに、鳥峨家があたしのこと連れて行きたいなら、勝手に連れていけばいいから。それは変わんないから。」
いつあたしはこんなに鳥峨家の前で言葉を並べれるようになったの。自分が不思議でしょうがない。でも、これでよかったよねぇ・・・。だってあたしはそれができたら、本当に幸せだから。




