242列車 煙
12月16日。就職活動が本格的に始まってから結構経つ。僕たちは企業の説明会に足を延ばしていた。地下鉄で来たのだが、一つだけ問題があった。弁天町で大阪環状線からの乗客も乗ってくるのだ。これだけならまだいいのだけど、コスモスクエアで接続している「ニュートラム」に中央線からの膨大な人数を放り込もうとすると3つあとまで列車を待たないと乗れないという状態になっていた。さすがに4両では列車の大量の乗客を裁くことは難しいだろう。こういう時だけでも8両ぐらいに・・・なるわけないかぁ・・・。
今はJR東海の説明を聞いて、終わった後である。
「ナガシィ。次はどこに行こうか・・・。」
萌が聞いてきた。
「えっ。まぁ、別な企業も聞いとかなきゃいけないからなぁ・・・。てかさっき今治たち見たんだけど・・・。今治たちどこ行ったんだろう・・・。」
僕は今治の姿を探した。今治は今日内山、百済との一緒に来ている。どこかで会えればいいのだが・・・。この全員スーツを着込んでいる大量の人数の中からその数人を探すのは至難の業。というか無理。僕は今治にメールをして、場所を聞いた。するとこの会場の2号館にいるというメールが返ってきたので、そこで今治たちと合流した。
「なぁ、どこに次聞きに行く。」
今治が問う。
「うーんどこに行こうか・・・。」
「ねぇ、ねぇ。九州とか行ってみようよ。」
JR九州もこの説明会に参加している。そのブースがこの2号館にある。九州のブースに入ってみたもののすごい人気。とても座って聞ける状態ではなかった。そういえば東海の説明を聞いてからずっと立ちっぱなしである。
一度JR九州を聞くことをやめることにして、別の企業を聞きに行くことにした。その間に草津、高槻と会う。どこで聞こうか迷っている途中で見つけた東京地下鉄(東京メトロ)やホームセンターチェーンの企業など。JR西日本を聞きたかったが、聞けず、その代わりと言っては何だが、JR九州を聞いて、そろそろ限界が来た。
「うう・・・寒い。」
コートを羽織っている萌が小さい声でそう言う。
「寒い・・・。それで寒かったら僕はどうなるのさ。」
スーツ一式を着ている高槻が言う。
「高槻君寒くない。」
内山が聞いた。
「寒くないよ。ホッカイロあるから。」
「ねぇ、ナガシィ。ちょっと。」
「わっ。」
「あれ・・・。ナガシィ今日そんなに温かくない・・・。」
「てか。萌の手温か・・・。」
「・・・。」
「萌ちゃん。風邪でも引いたんじゃない・・・。」
「うーん・・・。そうかも。今日朝から声の調子が悪くてさぁ・・・。」
「薬飲んどいたら。」
今治が心配して言う。
「ありがとう。ごはん食べたら飲んどく。」
「もう。智ちゃん。萌ちゃんは自分の子なんでしょ。ちゃんとそういう細かいところまで見てあげなきゃダメだよ。」
「えっ。」
内山に説教されるのもなぁ・・・。そして、自分の子って・・・。
「ハハハ。でもまぁ、智ちゃんは優しいから大丈夫だよねぇ。」
「・・・。」
「おかゆとか作ってやれよ。」
「ちょ・・・ちょっと待てよ。僕にはそんなの作れないよ。」
「暁に教えてもらえばいいじゃん。同じアパートに住んでるんだし。」
「・・・。」
そう言えば暁は料理が得意だったなぁ・・・。
そういうことを言いながら、「ニュートラム」の中ふ頭まで行き、僕、萌、草津、高槻は住之江公園経由で帰ることにした。他のメンツはバスで梅田まで出ると言っていたので、会場を出てすぐのところで別れた。
「ニュートラム」に乗っている僕はいろんなところが痛くなっていた。足、腰、手、首。頭はボーッとしているし、これは気絶できるんじゃないか・・・。
「次はフェリーターミナル。フェリーターミナルです。」
あれそんな駅名あったっけと思い電光表示を見てみると「フェリーターミナル」とローマ字で書かれている文字が流れていった。ついに頭もバカになっているんだねぇ・・・。
「いけない・・・。」
と独り言のように口にした。
住之江公園で四つ橋線に乗り換えて、大国町で御堂筋線に乗り換えて、緑地公園で降りる。今は四つ橋線の車両がなんなのかということもどうでもよくなっていた。しかし、御堂筋線が30000系だったからいいかぁ。結構長く乗車したね・・・。家に着くと萌は本当に体調がヤバいらしい。すぐに部屋の中に入った。僕も心配なので、部屋に入った。
「何。着替えてるところでも見たいの。」
萌はそんな冗談を言っている。今はそんな冗談を言える体調じゃないでしょ。
「見るわけじゃないから。着替えてる時は扉の向こうにいるから。本当に大丈夫。」
「大丈夫だよ。ふつうに立ってられるし・・・。」
と言ったところで萌の身体がフラッとする。すぐに手を差し伸べて、その体を支える。すると萌の体重がズッシリと腕に乗っかってきた。手をおでこにあててみる。今僕の手は冷たい風にあたっていたので、結構冷たい。でも、萌のおでこはそうではなかった。その手をすぐに温めたのだ。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。」
「大丈夫じゃないよ。熱ありすぎ・・・。」
僕が萌を着替えさせるわけにもいかないし・・・。
「萌。自分でパジャマに着替えれる。」
「はぁ・・・それぐらいできるよ・・・。」
小さい声で頼りない返事が返ってくる。出来るなら、留萌か木ノ本に頼む必要もないだろう。僕は部屋を後にして、暁の部屋に行った。暁を呼んでくるとパジャマ姿になっている萌がいた。スーツはベッドの上に置きっぱなし。これは仕方がないので、僕がハンガーにかけた。そのあと暁がおかゆを作ると言って台所を使っているとき、僕は寝込んでしまった。
「あれ。」
暁がそう言うと萌は口元に人差し指を立てて、静かにと送った。
「大丈夫かよ。そういう風にしてる時じゃないよ。」
「・・・アハハ・・・。」
「アハハじゃないって。ほら。これ。食べなよ。温まるよ。後、薬は冷蔵庫に入っているやつでいいのかなぁ。」
小さくうなづく。
「そう・・・。」
「ねぇ。暁君は何でここにいるの・・・。ナガシィが呼んだの。」
「えっ。ああ・・・。本当は僕じゃなくて、智ちゃんがこういうことするのがふつうなんだろうけどなぁ・・・。」
「そうだけど・・・。別に・・・ナガシィはそういうことが自分には出来ないってよく分かってるだけだって・・・。」
「それ言ってたら一人暮らしできないでしょ。自分でもできるじゃん。」
「でも、暁君みたいにおかゆは作れないよ。」
「・・・。」
「これ。ありがとね。」
鼻声だ・・・。
そのあと萌が寝込んでから、しばらく暁は部屋に残っていた。すると永島が起きる。
「あっ・・・。寝ちゃってた。」
「今日疲れたのか・・・。」
「えっ。うん・・・。」
しばらくの間の沈黙がある。
「あのさぁ。一個だけ聞いていい。お前萌ちゃんのことどう思ってる。」
「・・・。」
「あっ。答えたくなかったら、答えなくていいから。」
「それは・・・。」
いう前に僕はあることが心配になった。萌のこともそうだけど、
「あ・・・。このこと萌には内緒にしてくれない。」
「分かった。誰にも話さない。」
「萌にはありがとうじゃ言い表せられないほど感謝してる・・・。いっつも萌のおかげでっていうところがあったからさぁ・・・。だから、好きだよ。とっても。かけがえのない存在だから・・・。だから、正直就活で同じ業種を受ける人としてライバルとして戦うっていうことはつらい・・・。」
だんだんと自分の目が厚くなっていく。そして、
「クッ・・・。僕は・・・なんにも・・・。何も成長できてない・・・。もう・・・。僕は。心だけ先に行ってて・・・どうしようもないのに・・・。」
自分でも何を言ったのかすらわからない。でも、僕は何にも成長できてない。それが頭の中に残っている唯一の言葉だった。
今何時か・・・。時計を見てみるとまだ21時ぐらいだった。暁は自分の部屋に戻ったのだろう。姿はなかった。だが、まだナガシィの姿はある。ごそっと布団を動かすとピクッとその体が動いた。顔を上げる。黄色の小さい光がつつむ暗い部屋。どういう表情をしているのかということは分からない。
「・・・。」
「僕って、就職できるかなぁ・・・。」
そういう声が聞こえた。それは私に向かって問いかけているの・・・。
「正直。僕は萌と戦いたくなんかない。それだけ・・・。」
「・・・。」
「萌には僕が成長してるようには見えないよね。」
(えっ。)
「いつまでもずっと子供のままで・・・。」
「・・・。」
これはいったいどうすればいい。自分が起きるとナガシィには迷惑がかかる。かといって、このままナガシィが言っていることを聞いているのもどうかと思う。今この時期に何を考えているのだろう。
「はぁ・・・。萌、こんな僕のままでいいの。よくないよねぇ・・・。」
「・・・。」
布団の奥に入る。もちろん気づかれないように・・・。すると立ち上がる物音がした。
「はぁ・・・。何にもできない人でいいの。何にも成長できない人でいいの。僕はいつまでもそうでいたくないから・・・。そう思ってたよ。でも、僕はそう思ってても、何にも変わってない・・・。何にもわかってない・・・。」
声が部屋の扉が開く音と重なり、部屋の扉が閉まる。布団から起き上がることにはドアがひらいて、自分の部屋に戻ったのだろう。
「ナガシィ・・・。」
(ずっとそんなこと考えてたの・・・。ナガシィはできない人でも、成長できない人でもないから・・・。まだ完全じゃないだけだよ。)
「正直。僕は萌と戦いたくなんかない。それだけ・・・。」
(・・・。私だって・・・。そう思ってるのはナガシィだけじゃないから。)
次の日は月曜日。そしてスーツ登校日。2日連続のスーツというのは初めての気がする。萌も何とか学校に行けるほどの体調にまでは回復した。
「・・・。」
1限目は授業ではなくホームルームである。その余った時間僕はボーッとしていた。心の中にある「やってやる」って思っている人と「そうでない」人。僕にとって両者は今天使か悪魔。どっちなのだろう。
僕の奈落は他のどの奈落よりも煙っていた。




