233列車 Talk Talk
後期の授業が始まってからというもの早5日。ITの授業が終了すると僕たちは帰れる。しかし、今日はすぐに迫った手話検定の補修のために残っている。頑張る時間がみんなよりも数時間延びただけだ。ITの時間からは1時間だけの猶予がある。それまでは7階のテラスで時間をつぶすことにしていたから、僕は室内の隅にある机に座って、時刻表に目を通していた。萌の荷物を見るためということもある。
すると誰かがぽんと肩に手を置いてきた。
「んっ。」
「坂口さんはどうしたんだよ。」
草津だった。
「今はトイレに行ってるから、それで、荷物見てるだけだよ。」
「・・・。」
草津は何もしゃべらずに僕の左の席に腰掛けた。
「永島。お前さぁ、遠州鉄道が2005F入れたっていうの知ってる。」
「えっ。」
草津はそのことを引き出してきた。
「2005Fでしょ。遠州鉄道が今やってる自動車学校前から八幡の間の高架化事業が全部終了したら、入れると思ってたけど・・・。入れちゃったのか。ていうか、それどこからの情報。」
「ああ。さっきのITの時間に鉄道ファンのホームページに書いてあったからさぁ。・・・それにしてもお前の地元の私鉄どんだけだよ。地鉄としておかしいレベルにいるだろ。なんで自社車両発注できるんだよ。」
「いやぁ、両社とも黒字だからねぇ・・・。」
地鉄というのは地方鉄道の略。今、草津が地鉄としておかしいレベルにいると言ったけど、それは本当のことだ。まず、地方の鉄道会社というのはだいたい大手私鉄(東武鉄道など)やJRからの車両を、そこの線で使えるようにするだけの改造しかせず、使うという例が多い。いわゆる、中古車を使って営業を行うというのがほとんどである。しかし、そんな中古車を使わずに営業運転を行っている地方鉄道というものも中にはあるということだ。さっきも言ったとおり、地方鉄道のほとんどは自社車両を発注できるほどのお金はない。地方鉄道は経営だけでも苦しかったりする路線がほとんどなのだ。電化をしている地方鉄道の中には電気代を払えないほど経営が苦しく、廃止に追い込まれた鉄道もあるのだ。それを考えれば、地方鉄道としてはかなり高い地位にいるということがわかるだろう。
「黒字なのはわかるけどさぁ、あいつもVFだろう。しかも、IGBT素子だろう。地鉄として結構いいもの使ってるよなぁ。ようやく富士急行で界磁添加励磁制御の6000系(もともとJR東日本所属の205系)が入ってきて、今から抵抗車を置き換えようっていうときにすごい物作るなぁ・・・。」
「まぁ、遠州鉄道も遠江急行いろんなことやってるからな。遠州鉄道は自動車学校もやってるし、バス事業もやってるし、高速バスもやってるし、スーパー展開してるし、百貨店やってるし、タクシーやってるし、観光事業やってるし、旅行代理店やってるし・・・。遠江急行より多いな・・・。」
「やり過ぎだな・・・。」
「まぁ、俺も遠州鉄道にはお世話になったからなぁ。免許取るときに。」
「あっ。そういえばお前免許取ってあったな。」
「この免許を取りに来るだけで、全員MTで採ると考えたら、一人あたり30万。浜松で、遠州鉄道沿線の人と、天竜のほうに住んでいる人はほぼ全員遠州鉄道だから、結構な稼ぎになるしね。」
「・・・。」
「まぁ、プラスして、遠州鉄道のバス事業は浜松市のほぼ全域ネットワークを持ってるし、磐田とかにまで進出してるから。」
「・・・マルチ南海ってところだな。」
「南海・・・。」
「ああ。でも、南海のバスネットワークには負けるぞ。和歌山県内のバス事業のほとんどが南海だからなぁ。それに、徳島県とかにも進出してるから、このネットワークには西鉄バスも・・・かなぁ・・・。」
「スゲェ。ネットワーク広過ぎじゃん。」
「だよなぁ。近鉄もネットワークは広いんだけど、奈良県入りしないからなぁ・・・。」
「えっ。近鉄って奈良にバス持ってないのかよ。」
「奈良県内は奈良交通が牛耳ってるからなぁ・・・。」
「・・・へぇ・・・。こっちは遠鉄バスが浜松駅にほとんどの系統が集結するから、浜松駅に近づけば近づくほどバスの渋滞が発生するね。それに、朝はそこにプラス自家用車だから、浜松市の町中に向かってく道路は車の列がすごいんだよ。バス優先道路あるんだけど、設けてある意味ほとんどなせてないんだよねぇ。だから、浜松のバスは町中に行けばいくほど時間通りの保証がないに等しいんだよ。」
「うっ・・・。」
「それに、浜松は遠鉄だけじゃないんだよねぇ。バス事業やってるの。浜松バスっていうのもあるんだけど、そっちの浜松バスは市民ですらどこを走ってるのかわからなくて。でも、走ってるところは見るんだよ。」
「・・・せめて、地元民はどこ走ってるか理解しようぜ。」
ちょっとの間の沈黙がある。
「でも、車の量がそれぐらいなら、バスも儲かってるんじゃないのか。そこまで走ればまぁ納得できるかなぁ・・・。」
「でも、バスのほうはちょっと・・・。終点の西鹿島から山東に向かってくバスが設定されてるんだけどさぁ、そんなに利用者があるとも思わないんだよねぇ。それに、混んでるのはほとんど浜松の町中だけで、離れれば離れるほど空気輸送に近くなるんだよ。だから、バスは儲かってる路線と赤字の路線の差が激しいというか。」
「うーん。そう簡単に会社全体で黒字ってわけでもないってことか。」
「・・・会社全体だったら結構儲かってるはずだよ。だいたい、最近百貨店の別館を建設したぐらいだし、高架化事業もやってるし・・・。あっ。」
「・・・。」
「高架化事業で思いだしたのあった。」
そうつぶやいてから、話し始める。
「去年の10月に地元の最寄りの芝本と小林っていう間の区間が高架になったんだけどさぁ、そこでまさかの遺跡を掘り当てちゃって・・・。」
「ワオ。とんでもないもん掘り当てたな。」
「しばらく、調査とかで、建設が止まってたんだけど、何とか新東名の開業前には間に合ってもう高架になってるんだけどね。」
「ま、それほど歴史的価値がなくてよかったじゃねぇか。本当に価値があったら、そこで工事凍結っていうか、また新しいところ用地買収しなきゃいけないからな。」
また沈黙になる。
「草津。26日のあれ。結局前の時間、奈良からどうするかで止まってたよなぁ。」
「ああ。あれかぁ・・・。」
26日のことというのは遠足のことである。そのことはまたの機会に詳しくやります。
「奈良からどうする。5時までの制約で、久宝寺までグリッと回って戻っていくと、木津。そこからどうするかだけど。」
「木津からなぁ・・・。あのまんま関西本線に入っちゃうと十中八九時間ねぇよなぁ。」
「だろうね。奈良の時点で13時ぐらいっていうのが痛い。」
しばらく時刻表とにらめっこ状態になった。
「やほぉ。どうしたの。二人して、そんな顔して。」
萌が戻ってきた。
「ああ。あの旅行のこと。」
「ああ。旅行のことかぁ。あれ結局どうするわけ。」
萌は話に入ってきた。5人毎で行動する今度の遠足はそれぞれにお題というものが出ている。僕と萌、草津の班は正規で行ったら、一番金を食う乗り方をする。
「距離を稼ぐんだったら、和歌山線と桜井線乗った後は久宝寺まで戻って木津までグリしかないでしょ。」
「でも、草津線で草津まで出て、近江塩津まで行ったら、そこから湖西線の新快速でこっちに戻って来るでもいいんじゃないかなぁ。」
「いや。それは無理だ。それをするんだったら、出発駅自体変えたほうがいい。福島から阪和線を通っちゃったら、和歌山線と桜井線しか移動手段がなくなる。ここに時間を食われているいじょうそこはしょうがない。確か、この時間から草津線に乗って、草津に着けるのが・・・。」
「俺が調べるよ。」
何か草津が草津駅を言うのは本人も嫌な感じがするだろう。
「うーんと奈良が12時59分だったよねぇ・・・。」
僕は到着時間と発車時間をつぶやくながら、時刻表をひいた。
「あっ。15時45分草津だって。」
「じゃあ、近江塩津まで行ってる時間はないな。その時間米原に向かってる新快速は設定されてるけど、長浜行きだし、長浜行きの30分あとの新快速は敦賀行きだけど、米原に着く時点で16時53分だからアウト。自動的に播州赤穂行きで大阪に戻って来るしかないのか。」
さすが撮り鉄。草津の頭の中には新快速のダイヤがインプットされているようだ。コンピューターかと言うぐらいの情報量を持っている。
「でも、それだったらあんまり距離稼げないよねぇ。」
萌が口を開く。その通りだ。
「じゃあ、俺たちが帰って来た時みたいにするしかないか。」
「自動的にそうだな。」
「でも、13時から大和路線と東線と学研都市線乗ってたら、後は奈良線に乗ってこっちに戻ってくる以外手がないよねぇ。」
「・・・ちょっと調べてみるかぁ・・・。」
また時刻を言いながら記憶して、乗り換える列車の時刻を探る。そして、
「うん。ダメだ。草津の時点で5時過ぎる。」
「えっ。ウソ。」
「まぁ、開始時間8時の制約があるからなぁ。和歌山線と桜井線。プラスして、奈良から木津までの間をほぼ一周してから、草津線に入るっていうのは無謀だからなぁ・・・。もし、8時からじゃないっていうことと、終わりが5時じゃないっていうことが重なれば、行けるんだけどねぇ・・・。」
「・・・やっぱグリッとしかないな。」
「・・・うーん。そうだな。」
「でも、この路線ってどこかの班とかぶらなくない。榛名ちゃんたちは一番距離を・・・。」
「距離稼ぐんだったら、なおさら近江塩津まで行くだろう。それに向こうに行っちゃえば全部幹線。距離で、地方交通線の換算キロを越えなければ、そっちはクリアだよ。」
「・・・。」
「だな。あいつらはそっち行くよ。でも、問題は駅の班だよなぁ。」
「・・・かぶりそうだな。」
「まぁ、かぶっても、後でもう一度くみなおせるかもしれないから、それはその時にしようぜ。」
「・・・。」
「今はこれで何円かかるかってことだろ。」
「・・・そうだな。」
早速、区間ごとに区切られた時刻表のそのダイヤが乗っている最初のページを開く。そこには営業キロ(地方交通線なら営業キロと換算キロ)が記載されているページを開く。地道にそこに書いてある営業キロを足して、後で運賃計算を行う。その結果5780円。正規でならこの金額を払うということが分かった。




