223列車 進化を見よ
7月31日。今日は15日間続いたクレペリン対策最終日。ということで、本試験用紙を使用しクレペリン検査をやるということだった。
(いったいどこまで行けるかなぁ・・・。)
僕はそれを考えていた。僕の平均タイムは普段使っていた用紙で67個49秒。このままで計算した場合僕は78の計算を行うことができる。しかし、これはあくまでも平均した数字。実際には1分間でできる計算の数は90パーセント違う数である。なぜ1分間にできる作業量が違うのかというと疲れ、その時の心の状態など様々な要因があるから、一概に言えるものではない。
9時30分。今日クレペリン検査を受けに来たのはクレペリン対策を15日間連続で受け切った人たちと、途中で脱落してしまった栗東と蓬莱。そして、クレペリン対策自体を受けていない暁、木ノ本、近畿、百済、水上。この人数でやるので普段使っている実習室には入りきらないという理由で使用教室が鉄道実習室から402号室に変わった。クレペリン検査前半15分。後半15分。休憩5分含め35分の試験を行う。
まず全員に用紙が配られた。クレペリン試験用紙だ。裏面には数字が書かれている。これはおそらくここまで計算するとこれだけ計算したという目安になるものだろう。それはさておき、この面を上にしたまま配る。このまま配って、全員にいきわたったことを難波さんが確認した。
「はい。それでは始めます。」
と言って難波さんはテープをスタートさせた。
テープから流れてくる電子的な女性の声。この声に従って試験を進めて行く。まだ用紙は裏返しのまま。表は見て行けない。テープから裏返すように指示があった。その指示で僕たちは一斉に用紙をひっくり返す。すると表には今まで何度も見てきた一ケタの数字がぎっしりと詰まっている。頭が痛くなるかもしれないが、これぐらいで頭が痛くなっていては仕方がない。この計算をひたすらやるのがクレペリン検査。しつこいようだが、ここが重要なのだ。テープが試験を進めていく。まずはウォーミングアップとして練習。練習一列目をまずやれという命令が入った。一列目をしばらくやっていると、
「もし、行右端までいった方がいらっしゃれば鉛筆を置いてしばらくお待ちください。」
この用紙で初めて試験をやった時僕は右端に行くことはできず、半分を超えるのが精いっぱいだっただろう。しかし、今回のクレペリン検査は難波さんにしごかれて、一味違う僕になっている。列右端まで到達することができた。そして、5秒くらい経った時にやめの一言があった。
続けて、2列目、3列目、4列目、5列目を一気にやってしまう。これからはテープが一定時間ごとに「はい次」という。それに合わせて、僕たちは行を変えていく。ここは少し手を抜いた。練習だからだ。ここから飛ばしても仕方がないだろう。
そして、本試験。
「それでは鉛筆を持って・・・。ヨーイ。始め。」
その声で僕たちの鉛筆が一斉に動き出す。最初の僕は少し躓いていた。しかし、今はほとんどの計算を瞬時に行いすぐに答えを書いている。この時点で僕は入学した当初の僕ではない。僕の机には僕以外誰もいない。萌は僕のすぐ後ろ。だからと言ってどういうこともない。今は僕の持てるすべてを出し切るだけである。
「はい次。」
音声が次の列に移れと命令した。その声で一斉に次の列に移る。たとえ計算している途中でも、下の行に移る。下の行に移ったらまた今までの繰り返しだ。
「はい次。」
この音声でまた下に移る。3列目は少し詰まった。計算で躓いてしまったのだ。計算で躓くとなかなかそれを取り戻せない。
「はい次。」
まぁ、こういうときもあるだろう。僕はすぐに次の行に移った。経ってしまった行は今は関係ない。
「はい次。」
また下の行に移る。頭の中で答えを言いながら、鉛筆を動かす。もう自分でもわかりきっていることだけど、僕は普段使っている用紙を越えて計算を行っている。つまり、見たことがない数字の並びが待っているのだ。しかし、そんなときにも冷静さを失ったら負けである。計算の答えはどこでも見たことがある一桁の数字。それを頭の中でいってすべて処理していく。
「はい次。」
3列目より少し持ち直して5列目。
「はい次。」
6列目。
「はい次。」
7列目。
「はい次。」
8列目。だんだん計算した量が上の列より多くなってくる。これは心の中でもっと頑張らなきゃと自然に思っているからこうなるのだそうだ。その思いのまま後の列を駆け抜ける。少し作業量が減る列もあったが、だいたい右あがり傾向にあった。
14列目。今までどおり計算する。するとなぜかこの行は躓くことがなく、サカサカと計算した。自分でも今までに体験したことのないスピードで計算しているだろう。チラッと上に目をやった。これもほんの一瞬である。
(えっ。)
今はそう思うだけにとどめた。
「はい次。」
最終15列目。15列目はさっきの早さとは裏腹に間違いが相次いだ。
「はいやめ。」
カラカラカラ・・・。その一言で全員が机の上に鉛筆を置いた。ここから一度5分の休憩。5分休憩したのち、再び計算に入る。その間、僕たちは表を見ることができない。容姿を裏返して、座ったまま背伸びをした。
「・・・。」
全員黙っていた。難波さんはその間にクレペリン対策を最後まで受けていた人の前期の進み具合を見て回っていた。
その間にクレペリン検査のやることをやってしまおう。この中では恐らく栗東か水上ぐらいしかありえないだろう。2列目。つまり116以上の計算を一分以内で行った人。または途中で行を飛ばしてしまい、真ん中の仕切り線を越えて「アト➙」の段に入ってしまった人に2枚目の検査用紙を配る。そして、2枚目の検査用紙を配った人に対する説明。はじまる直前には配られなかった人への説明。そして、今度は後半戦がスタートする。
後半戦も同じように全力で進めた。最初の列は後半戦で一番よくできる列。前半戦の15分で計算に慣れたからだ。そして、2列目から徐々に作業量を落としていくというのが大概の人が勝手に作る。
確かに。僕もその通りに勝手に作業量が減っていく。今度は右下がり。徐々に計算量を減らして、少し伸び。また計算量を減らす。少しの間このような動きをして、どんどん下がっていった。
「はいやめ。」
最後の行は本当に短い時間で終わる。カラカラカラ・・・。この声で再び全員の鉛筆が机の上におかれた。
「・・・。」
検査用紙全体を見ることができる時間がやってきた。全体を見渡してみると30列すべてがⒶ評定に入っていることを確認した。
(・・・ああ。でも、これいいのかなぁ。)
少し気がかりになっているところがあった。後半戦第1列目と前半戦第14列目である。
「・・・。」
まぁ、いい。今はこのことに触れてもしょうがない。こうなってしまったものは仕方がないで終わらせることにした。もちろん。今はだ。
検査用紙を対策を受けてなかった人から順番に回収する。すぐに回答が欲しい人は教務室で採点を行うとのことだった。
僕はすぐに結果が欲しいと思った。だから、萌と一緒に結果を聞きに行くことにした。まず萌、瀬野、蓬莱、内山から結果を聞いた。そして、その次に長万部、留萌、木ノ本、暁が結果を聞き、その次に僕たちは結果を聞いた。草津、平百合、僕の順でだ。
「じゃあ、智ちゃん。」
僕の順番が回ってきた。
「智ちゃん。すごいね。」
「・・・。」
僕は今回の検査用紙の下に置かれた最初にやったクレペリン検査の用紙を見た。最初のクレペリン検査では前半戦がほんの少しA評定に入っているだけだったのが、今は全てⒶ評定に入っている。そして、99パーセントB評定だった後半戦も全てⒶ評定に上がっている。
「ここまで自分の努力が分かるとすがすがしくない。」
「・・・はい・・・。」
本当にそうだ。15日・・・正確には14日。難波さんにしごかれなければ、僕はまだ・・・。前期でよくてA評定だっただろう。それが今はその上の評定に届いている。
「智ちゃんに一言いうとしたら、もうちょっと前期は落ち着いて説いていいってことと、後期は前期がここまでできるならここまで頑張ること。」
難波さんはそう言って「アト➙」の段のほぼ右端に手を置いた。つまり1分間で100以上の計算を要求される領域まで後期を引っ張れということだった。
「はい。」
「ちょっと前半戦で力出し過ぎてるから、少し手を抜いてもいいんじゃないかなぁ・・・。あっ、でも手を抜きすぎたら、B評定とかになっちゃうからね。」
「はい・・・。」
「えーと。JRでこれぐらいできればもう文句ない。後は曲線とかっていう話になるけど、作業量はもう十分あります。後はさっき言ったことで、もっと頑張ることですね。」
「はい。」
「15日間お疲れ様でした。」
「はい。ありがとうございました。」
今日は自分で自分をほめることができただろう。これだけの計算をやるなんて、この検査を知らない人が早々できるものではない。僕はおそらく70から90の計算を行ったと思う。つまり、最低1050。最大1350の計算を行ったことになる。前回のクレペリン検査までが最低35。最大55ほど。最低525。最大825ぐらい。最大値と現段階の最低値と比べても225以上の差ができたことになる。
(難波先生。あなたに出会えなかったら、僕は本当になれなかったかもしれません・・・。)
心の中でつぶやいた。これが今の僕の正直な気持ちだった。




