221列車 着実
7月。大学もすでに夏休み期間に入った。黒崎はというと家でずっと自分の部屋にこもった状態が続いていた。
(・・・うーん。夏に出雲に行くって言ってたけど、どうするのかなぁ・・・。出雲でしょ・・・。)
もうすっかり雪菜のおかげで時刻表は読めるようになっている。時刻表には結構いろいろなことが書いてある。雪菜も言っていたが、あれ一冊あれば旅行一つ簡単に組み上げることができる。本の後ろのほうにはホテルなどの連絡先が記載されている。本文では電車の時間を見ることができる。さらに鉄道だけに限らず、時刻が設定されているものであればすべて乗っている(飛行機の国際線を除く)。他にも自分で行く旅行ではなくツアーも書いてある。そして、その中には18禁のものまであるのだ。例えば「ニューハーフと一緒にするグルメツアー」というものだったり・・・。
(出雲かぁ・・・。はっきり修学旅行以外で県外出たことほとんどないんだよなぁ・・・。)
自分の頭の中でそれを整理する。これで県外に出かけたら、自分ひとりで県外に出るのは初めて・・・。いや、自分一人ではないかぁ・・・。じゃあ、自分ひとりで県外に出るのは相当先の話になるだろう。
「・・・。」
「お姉ちゃん。」
声がした。振り向くと若葉だ。
「何・・・。」
そう言いながら、若葉の手元を見た。何も持っていないとなれば、何か教えてということではなさそうだ。
「お姉ちゃんまた妄想で旅行するの。」
「違うってば。今度はガチの旅行。」
「へぇ。彼氏と。」
「なっ。彼氏とって。そんなわけないじゃない。」
すぐに否定した。まぁ、鳥峨家と旅行に行きたいという木はあるけど、行く時に鳥峨家がいない。でも、いつか行きたいなぁ・・・。
「・・・ふぅん。でお姉ちゃん。ちょっと夏休みの課題手伝って・・・。」
「ダメよ。自分で解きなさい。何でもかんでもお姉ちゃん頼るんじゃないの。」
「・・・。」
若葉はすぐにそういう真意を悟った。
「あっ。なるほど。お姉ちゃん彼氏のこと考えてエッチでもする気なんじゃ。」
「・・・あんた。」
言葉に愕然とした。エッチする気なんてないし。それに今からやろうと思っていたのは若葉の言うとおり妄想の旅行とスケッチだった。
若葉を追いだすと、机の上にノートを広げた。もうこれで、大学に通い始めて書いたノートはもう4冊目。どれだけ書けば気が済むのだろう。それに、これは小5から書きためた書きためも含めたら10冊を突破して、13冊。こっちもどこまで増えるのだろうか。そう思いながら、広げたけど、今日はなぜかなにも浮かばなかった。
「へぇ。出雲ねぇ・・・。」
関心が内容に答えるのは長浜だった。
「恵。出雲だったら何がある。」
すかさず聞いた。
「あのなぁ。何でもかんでも俺に聞くな。少しは自分で調べろ。ていうか。出雲大社ぐらい分かるだろ。」
「それぐらいは分かるって。他に何かあるってこと。」
「えっ。出雲だろ・・・。出雲大社・・・。松江城・・・。」
長浜は永原に出雲で有名な場所を上げていった。
「と言ってもそんなに回れるのか。自由行動ができるのはせいぜい1日ぐらいなんだろ。」
「えっ。うん。でも、特急とか使っていくから大丈夫。1日目も結構早く着くと思う。」
長浜は一つ心配なことがあった。何と言っても鉄道好きの永島を見ていたからである。永島は1日かけて、大阪まで行きかねない人だ。出雲は当然のことながら、大阪より西にある。そこまで行くためにはいくら途中で新幹線を使っても、1日かかるのではないか。
(まぁ、これは素人目の見解だから、意味ないかぁ・・・。)
「本当に1日では行けるんだな。」
「うん。・・・どうしたの。ナガシィ君みてたから心配になったわけ。」
「ま・・・まぁな。」
長浜は携帯を開くと、
「だってあいつこっちに帰ってくるときには結構いろんなところ寄り道して帰って来るって言ってたからなぁ。」
「ナガシィ君こっち帰ってくるの。」
「そりゃ帰って来るだろ。さすがに夏と年末くらいは。それでざっと工程みてみたけど、1日はかかってる。大阪から浜松だろ。新幹線なら2時間ぐらいで済む話なのに・・・。」
なお、厳密な所要時間は浜松に停車する岡山発(一部広島発)の「ひかり」が約1時間31分。新大阪発の「こだま」が約1時間57分だ。
「・・・さすがだねぇ・・・。」
これには永原もあきれた。
一方大阪では、
「2、6、1、6、3、0、9、7、6、3、2、1、5、1、7、0、3、0、3、1、7、2、5、1、8・・・。」
今日も難波さんにクレペリン検査でしごかれていた。
順番は前決めた順番ではもうない。難波さんも言っていたけど、いつも同じ列にあたっていたら、その行だけが異様に伸びることになってしまう。全体を底上げするためには毎日日替わりで担当する列を変えなければならない。
相変わらず栗東や難波さんのペースにはまだついていけていない。しかし、難波さんのペースは確実に自分の書く速度と同じぐらいになりつつあるというのは感じていた。自分が難波さんよりも先に計算している個所も出てきたぐらいだ。
今回クレペリン検査が終了すると難波さんはこう持ちだした。
「今までのクレペリン検査でA段階以上に行ったことがない人。ちょっと手を挙げてもらいますか。」
難波さんはそう言った。僕は1列ぐらいはA段階に入ったことはあるが、それ以上はない。そして、総合したら、僕はB段階だ。手を挙げた。ちょっとだけ周りを見てみると手を挙げていないのは栗東ぐらいだった。
「あっ。そうですか。はい・・・。」
難波さんはなぜが驚いたように感じになった。いったいどういうことだろう。
「えーと。皆さんがやっているときにですねぇ、時間を測らせてもらっているんですが・・・。あっ。これで計っているだけですから絶対じゃありませんよ。」
とことわってから、
「えー、今から名前呼ぶ人、海斗(高槻)君、新(長万部)君、謙吾(草津)君、智ちゃん、美鈴(蓬莱)ちゃん、萌ちゃん、孝(平百合)君、優(栗東)君、眞実(瀬野)ちゃん、さくらちゃんは1分の間にⒶ段階に行っています。」
(えっ・・・。)
思わず声が出そうになった。まだ始まって5日しかたっていない。いや、その5日の間に早くなったという実感はあるが、まだそこまで行っていたとは思えなかった。
そのあと難波さんはさらに説明を続け、今名前を呼ばなかった内山と今治もA段階に入っているということだった。全員確実に速くなり、1分間の作業量が上がっているのだ。確かに。この頃持ってきている腕時計を見てみても40分ちょっとですべての作業が完了している。始めたころからもうすでに5分以上の短縮ができているのだ。
自分の中で実感がわかない。僕はそこまで計算が早くなったのか。このまま15日の間。いや。もう10日かぁ。その間に1分間100を目標に頑張ってやる。当分の目標にまた一歩近づいた気がした。




