215列車 鳥肌
6月22日。別にこの日に決まって特別な授業があるわけではない。しかし、今日はちょっとだけ面白いことがある。サービス接遇検定の面接練習なのだ。今回は受ける人と受けていない人に分かれるのだが、授業上それは関係なしに行われる。今回の面接には萌だって申し込んでいない。
「さて、では今から接遇の面接の練習を始めたいと思います。」
というのは授業担当の六甲先生。
「それでは順番に始めていきたいと思います。」
まず最初の6人。接遇の面接試験は3人の受験者と3人の面接官で行われるそうである。そのために、生徒から3人が面接をやり、試験官役として3人が選出された。
それで一通り試験をやった。全員難しそうにしていたのは最後の承認になるところ。そこは先生曰はく楽しくしゃべることらしく、黙りこくるのが一番ダメだそうだ。
「さて、では次・・・。」
六甲さんはそう言いながら、時計を見た。時間はもうすぐ終わろうとしている。
「あっ。ではこの時間はここで終わりたいと思います。それではまた8限目にお会いしましょう。立ってください。」
それで授業は終了した。
さて、この時間から後は空き時間を1時間はさみ、難波さんの新幹線入門の授業。そして、淀さんが担当するIT実習。そのIT実習で名刺を作った。いつもより、ちょっと時間を押して、何とか完成させ、また六甲さんが担当する接遇の授業だ。
この授業の間に僕のところまで順番が回ってきた。今回は面接を受ける受験者として。ただ、体ががちがちでほぼいうことを聞かない状態に陥っていた。何とか終わらせて、自分の席に戻った。
「はぁ・・・。」
「ナガシィ。お疲れ。」
萌が話しかけてきた。
「ナガシィガチがちだったよ。普段しゃべるのは得意なのにね。」
「・・・うるさいなぁ。」
萌も順番が回って来たけど、萌は面接官として。しかも、課題を受験者に見せるだけなので、とても簡単なことである。それをちょっとこの野郎と思いながら、他の人がやる試験内容を見ていた。
授業が終了する10分ぐらい前になった。僕たちがやったものを含め2順だけだったが、それで授業は終了となり、今度は受験者のみの面接となると言っていた。
「あのう。面接官として残っていいでしょうか。」
六甲さんにそう聞いてみた。
「いえ。残って面接官だけでもやってくれるっていうのはありがたいんですけど、この先は面接を受ける人たちだけでやりたいと思っているので・・・。」
六甲さんからしてみれば、何かに加担するというのはやめてくれという反応だ。だったら、
「じゃあ、見てるだけでもいいですか。」
「・・・なら、女性が面接をするときだけは退室してくださいね。」
ということになった。そのために僕と萌と水上。そして今治が残った。他に残っている草津、近畿、羽犬塚、平百合、千葉、内山、瀬野、蓬莱は面接を受ける組である。
「あっ。後ろの方々は・・・。」
六甲さんは残っているのが気になったらしく、そう聞いてきた。
「見る組です。」
今治がそう答えたので、見る側に回っている僕たちはそれに続けてみるグミですと答えた。
「・・・あっ。じゃあ最後のここでお客様役の面接官をやってもらいますか。」
(よしっ。)
僕は心の中でガッツポーズをした。やってみたいフレーズがあるのだ。面接を受ける人の順番は羽犬塚、近畿、草津の順。面接官の順番は今治、僕、水上。そして、女性だけでやるときは萌が担当することとなった。
(うっ。近畿許してね・・・。)
羽犬塚の面接練習が終わり、近畿の番となった。そして、1段階2段階を難なくクリアして、僕のほうに回ってきた。そして、間もなく商談成立というところで変化球を加えてみた。
「3点で、合計500円に・・・でございます。」
「500円。」
思わず聞き返した。もちろんこれは演技である。そして、これを見ていた人全員からどっと笑いが起きた。
「高いなぁ。産地直送なんでしょ。直送だったらもうちょっとまけれるでしょ。」
近畿はそれに少々困っていたが、商品の良さを説明するということで、かわしてくれたので、ここで試験終了。担当は僕から水上に変わり、草津の面接が始めった。
男子の面接が一通り終わったので、僕たちは一度部屋から出て、萌たちの練習が終了するのを待った。
「おい。永島。何だって。500円が高い。」
近畿は僕の首元に手を置いて、睨む目で見ている。
「ほら、先生あーいうパターンもあるって言ってたじゃん。」
「いや、そりゃ言ってたけどさぁ・・・。にしても、お前があすこまで変貌するとの思わなかったなぁ・・・。」
草津が意外そうに言った。
「いや、あれ言うの決まってたし・・・。」
「決まってたしじゃねぇだろ・・・。」
近畿は文句が言い足りないみたいだ。
それから萌たちの面接が終わるのを待って、面接ができる状態にした机をすべて元に戻し、それで解散となった。
「あっ。ちょっとトイレ行ってきたいんだけど・・・。」
内山が言いづらいように言った。そのため4階のトイレに行くことになった。なお4階には女子トイレしかない。それはこの学校の男女比を物語っているようなものだろう。
4階は廊下の電気をすべて消していた。廊下は両サイドが教室のため、奥はとても暗い。内山がお化けでも出るんじゃないかと言ったら、寒気しかしなくなった。こういうものが苦手なのである。
「はぁ。」
「ナガシィ、怖いんでしょ。」
萌はその気を察したみたいだった。
「何言ってんだよ。お前だって弱いくせに。」
「へぇ・・・。本当に出るかもね・・・。」
瀬野が怖い声で言ってきた。
「やめろ、やめろ、やめろ。」
「本当に弱いんだな・・・。お化け怖いなんて本当に女の子だな。」
「うん。だからやめて・・・。」
「まぁ、これでナガシィが怖がりだっていうのがまた証明されたよねぇ。・・・ナガシィってさぁ、鉄道がらみならそんなに怖くないみたいなんだけど、一つだけすごく怖いのがあってさぁ。一度テレビで「急行きたぐに」が北陸トンネルの中で火災になって、それを救出するっていうのをやってたんだけど、その「きたぐに」が敦賀を発車する汽笛だけ頭の中に残ってるみたいでさぁ・・・。」
「あっ。もう、萌までやめろ。思い出しちゃうじゃないか。」
「ね。」
「・・・トラウマなんだね。それ。」
近畿はそれを黙って見ていた。
しばらくして、内山がトイレから出てきた。
「ごめんね。待たせちゃって。」
「いや、いいよ。行こうか。」
「あれ。内山さんの後ろにいる人って誰。」
近畿がおもむろにそう言った。背中が凍りついた。本当に誰かいるのか。いや、そんなはずはない。今ここには近畿、萌、瀬野、内山、僕しかいない。恐る恐る後ろを見てみた。内山の後ろには誰もいない。
「近畿・・・。」
泣きそうな声でいうと近畿は笑って、
「冗談だって。これで貸し借りは0な。」
「・・・冗談でもマジでやめて。本当にいるかと思ったじゃん。」
(そこまで怖いのか・・・。)
「近畿なぁ、カワイイ智ちゃんにそう言う攻撃はダメだって。」
「そうだよ。智ちゃんがかわいそうだよ。」
(そんなことで擁護してくれてもなぁ・・・。)
「ナガシィ。」
萌に呼ばれた。どこにいるのかと探してみたが、僕の目線にはいないことはすぐに分かった。
「大丈夫。」
下から萌の顔が見えてきた。しかも、懐中電灯で自分の顔をしたから照らしている。一気に血の気が引いた。
「へっ・・・。」
「も・・・萌ちゃん。」
「エヘへ。・・・ブイ。」
萌はLEDで光懐中電灯をかばんの中にしまうとVサインを作った。
「智ちゃんをいじめるのは近畿君よりも萌ちゃんのほうがエキスパートだね。」
「・・・うん。」
「はぁ・・・もう・・・みんなして、やめてよ・・・。」
「さぁ、帰ろう。」
萌は僕の手を握ると歩いていこうと促した。それに引っ張られる形で学校の外まで出てきた。学校を出てから、すぐに内山さんが帰り、残ったのは久しぶりにこのメンバーとなった。
「にしても、お前があれしてくるとも思わなかったし、今回一つだけ教訓があると思うんだ。」
近畿がそう口を開いた。
「教訓って。」
「いや、あの500円になりますっていうあの「なります」だよ。普段聞きなれてるから、あの時になんか遣っちゃうんだよねぇ。俺だって使いそうになったし、永島なんかモロに使ってただろ。」
「確かに。普段聞きなれてるって恐ろしいよなぁ。」
「ていうかそれは俺も悪かった。面接する前に「なります、ボン」のネタふり過ぎたからなぁ・・・。」
「それはいいって。気にしてないよ。」
「・・・。」
しばらくその位置で話して、少し経つと学校のシャッターが閉まる音が聞こえた。それから、近畿は梅田にあるサウンズファンにいくと言い別れ、瀬野としばらくの間話していた。
「本当に怖いんだね。思い出さないほうがいいよ。」
「えっ。うん。」
普段抱かれるのは萌だけど、今日は瀬野になった。当然萌だってその場にいる。
「眞実ちゃん。充電。」
「充電だけど・・・本当に智ちゃんいじめたりいじったりするの好きだね。」
「だって、面白いんだもん。ねぇ、ナガシィ。」
「同意を求めるな。」
僕はそう言うと萌から目をそらした。
「・・・。はぁ、話すだけでも鳥肌が立つ。」
「よし、よし。」
「ね。駅を発車するときにヒィィって音が・・・。」
「萌ちゃん・・・。」
瀬野が苦笑いをしながら、僕をなで続けてくれた。
今回からの登場人物
笹子観光外国語専門学校講師
六甲真子 誕生日 1972年2月12日 血液型 B型 身長 160cm
淀有希 誕生日 1979年6月2日 血液型 A型 身長 159cm




