213列車 オタク化
6月に入っても部活動が本格化することはなかった。いや、やっているのかもしれないけど、それが通じてこないというものがあった。ただ、6月9日には高校のほうの手伝いということで永原の母校岸川に手伝いに行った。それからまた活動がほぼない状態が続いていた。
「はぁ。なんか入ったはいいけど、普段まったく活動してないよね・・・。」
永原が一言そう言った。
「確かに。そうだけどさぁ・・・。」
黒崎は新しく買いに来た小説を探しながら、そう答えた。
「ねぇ、アズ。なんで小説っていつも買って読んでるわけ。今なら小説を投稿できるサイトもあるんだし、そっちで読めばいいじゃん。買うより、安くない。」
「・・・まぁ、安いけどねぇ。こうやって買いに来ることを思えば家でも見れるけど。」
永原の言うことは当たっていると思いつつ、小説を手に取った。
「相変わらずサスペンスなんだね・・・。」
「いいじゃん。サスペンス系は好きなの。」
「・・・別に悪いとは言ってないって。」
永原にこれを買ってくると言ってレジに向かう。買って帰ろうとした時に目に張ったものがあった。表紙に電車の写真が載っているもの。雑誌だ。こういうものが発行されていることは知っている。しかし、今の自分にはその中に何が描いてあるのかなんて全然わからない。こういうこと簡単に分かるのは萌やその彼氏ぐらいなのだろう。
「何。鉄道ジャーナル・・・。まさか、読むわけ。」
「なわけないって。これ読んだってしょうがないもん。」
「でも、このごろアズ時刻表読めるようになって来たよねぇ・・・。」
永原は疑うような目で黒崎を見た。
「・・・。」
黒崎はそれに何も答えず、目をそらした。確かに、読めるようになっている。雪菜母さんに教えてもらったことだし、これまで何回妄想をしただろうか。実を言うとこのごろの趣味は自分の理想とする鳥峨家といろんなところに旅した絵をかくことが趣味になっている。当然永原にも見せられる内容ではなく、このことは誰にも言っていない。
「例えばさあ、今ここから東京まで新幹線で行くにはどうしたらいいのよ。」
永原にそう問われた。
「えっ。ああ。」
ふと時計を見る。時間は17時38分。
「えーと。」
時刻表を手に取り、新幹線が乗っているページを開いた。
「今からだったら19時11分に出る「ひかり478号」がいいね。」
「ほら、そういうところがオタクじゃん。」
ハッとした。
「うるさい。時刻表が読めるイコールオタクってことはない。そもそもどこから出てきたその方程式。」
「頭の中。」
最もな答えだ。
「・・・。」
結局これで何も言い返せなくなった。しかし、まだ自分がオタクではないということは行った。はっきりオタクというのは萌のような人のことを言うのだろう。
家に帰り、携帯を開いた。メールが一件来ているのに気づく。
(誰だろう・・・。)
開いてみると送り主は萌だった。
「久しぶり。夏紀から瀬戸学院大学の交通サークル入ったって聞いたんだけど、それマジ。」
「えっ。うん。入ったというか無理やり入れられたって感じ。」
(・・・。ナガシィの言ってた善知鳥先輩かなぁ・・・。)
「まぁ、ドンマイ。」
「そう言えば、そっちはいつこっちに帰ってくる予定なのさ。」
「えっ。ああ。7月中は補習授業があるから、帰れないけど、8月に変えるつもり。ナガシィと一緒にね。」
「・・・。」
ふと頭の中を鳥峨家の顔がよぎった。彼は帰ってくるつもりなのだろうか・・・。携帯の中にアドレスはあるけど、なかなかメールも電話もしないのだ。自分の形態が思い出いっぱいになることはいいのだけれど、それをもし人に見られたらということを考えると、なかなかメールできないという欠点があった。もちろん、人には見られないようにすればいいのだけれど・・・。
「へぇ・・・。新幹線で帰ってくるつもりなのか。」
「ううん。福知山線に行って小浜ルートで帰るつもりだよ。」
(小浜・・・。)
早速時刻表で調べてみた。萌たちがいる場所は大阪と分かっている。その近くに小浜なんて言う地名があったか・・・。
「えっ。時間かからない。」
「時間がかかるのは承知の上で帰るの。普段乗ろうと思わないし、こういうときぐらいじゃないとそう思わないから。」
(・・・そう思わないってねぇ。重い度合いがこいつらとは違うわ・・・。)
「ていうか、梓がそう言うこと聞くって珍しくない。交通サークルはいって何か変わったことでもしてるの。」
「・・・。」
「うーん。してないって言ったらウソだね。」
「そっか。梓も変わってるんだね。私たちもちゃんと変わってそっちに変えるからね・・・。そのあとは知らないけど。」
メールはそれで終わった。
しかし、気になりだしたことがあって、どうしても携帯だけは手放せなかった。
「・・・。」
心臓がバクバク言っているのが分かる。ただただメールするだけなのに・・・。
「鳥峨家。夏休みこっちに帰ってくるつもり。」
恐らくバカにしていると思いながらも文面はこうなってしまった。メールを送るときも心臓はバクバク言ったまま。返信が来た時には胸が張り裂けるのではないかと思った。しばらくたつと返信が来た。
その瞬間。手が止まった。身体の神経がすべて取り払われた気分になった。言葉以外で初めて交わした会話である。
「・・・。」
恐る恐るメールを開いた。
「いや、帰るけど・・・。帰らないとでも思ったわけ。」
(ホッ・・・。よかった・・・。)
「あっ。ごめん。なんかちょっと気になって。」
「気にしてくれるのはいいけど、黒崎。ちょっとバカにしすぎじゃない。」
「あっ。怒っちゃった。ごめんなさい。」
「いや。そんなことないよ。」
と言ってからすぐまたメールが来た。メールの文字が目に入ると体温が一気に上がった。熱でもあるんじゃないだろうか。と思うぐらいだった。
「久しぶりに黒崎と会いたい気分。」
ふらっとして、ベッドの上に倒れこんだ。心臓が今にも張り裂けそうだ。メールだけでも話せるというのが自分の中で嬉しく感じた。
「そっちに帰るとやることもあるんだけど、暇があったら、二人でどこか行くっていうのもいいよね。」
(と・・・鳥峨家・・・。)
「やめろ。鳥峨家あたしのこと殺す気。」
思わずそうメールをした。
「お前こそ。お前こそ俺のこと陥れる気かよ。」
向こうも今自分が思っていることと同じことを思っているというのがちょっと救いだった。
結局この先何を話せばいいのかわからなくなってきた。お互いに話題が詰まってしまったのだ。
「鳥峨家は東海道線で帰ってくるんだよね。」
「ていうか、名古屋から浜松に変えるだけだぞ。どこどう寄り道するっていうんだよ。」
「いや、萌がそう言ってたから、もしかしたら、そうするのかなぁと思って。」
「俺はそんなに無駄に考える頭を持ってないよ。」
下に読み進めていくと、
「まぁ、こんな感じで帰るつもりだけど・・・。あくまでも予定だからな。」
と書いてあり、旅程が書かれていた。
それによれば10時17分の新快速で豊橋まで行き、豊橋から普通に乗って浜松に11時57分到着を見込んでいるらしい。
「・・・新幹線じゃ帰ってこないんだ。」
「あのなぁ。新幹線だったら財布が死ぬよ。」
「・・・それもそうか・・・。」
「それもそうかって。ある意味お前も萌と同じようになって来たな。」
このメールを見ると我に返された。自分の中ではそう思っていないのだけれど・・・。周りから見たらそう見えてしまうのだろうか・・・。そのあと、何か返信する気になれなかった。
翌日。6月16日。今日は先週と違い休みである。
「ねぇ、夏紀。あたしってはたから見たらオタクかなぁ・・・。」
「どうしたの・・・いきなり。」
端岡の目が点になっている。
「いや、そんなことないよ。ただ時刻表が読めるだけになっただけじゃない。」
「そうなんだけどさぁ・・・。」
「・・・。」
ようやっと黒崎の気を察することができた。
「もしかして、鳥峨家君にそんなこと言われたわけ。」
「う・・・うん。」
「そんなに落ち込むことか。」
「別に落ち込んでなんかいないってば。」
「そういう風に見えないんだけど・・・。」
言い返す言葉が見つからない。
「まぁ、そんなこと気にしなくていいんじゃないの。梓はどうなったって梓なんだからさぁ。」
なんか当然のことを言われた気がした。
「・・・。」
「もし、鳥峨家が梓には萌みたいになってほしくないって思ってたとしても、鳥峨家ってこれから鉄道のことで働くようになりんだよねぇ。梓もちょっとぐらい分かってもらえてたほうが鳥峨家としてもちょうどいいかもね。」
「ちょうどいい。」
聞き返した。
「うん。だって何もわからないじゃ付き合いづらくない。」
確かに・・・。自分は今のままでいいのか。それを夏紀に気付かされていた。




