210列車 色灯式信号機
5月29日。火曜日。
「今日は皆さんペンを持ってきたと思いますが、今日は信号機の並びと現示の仕方をみなさんに覚えてもらいたいと思います。」
摂津さんはそう言った。鉄道基礎は進みが遅かったがようやっとここまで進んできた。今日はスーツの日で実習室の机の中はきっちりとした服装の鉄道コースの人たちしかいない。
摂津さんは僕たちにプリントを配ってから、321系を模した模型が置いてある方向から信号機のダミーを持ってきた。ひかる場所が5つある。
「これはよくJRとかで使われている信号機です。これは5灯式信号機というんですけど、皆さんはこれの配置をしっかりと覚えてほしいんです。」
僕にとっては何をいまさらという漢字である。遠江急行では5灯式の信号機を見たことはないが4灯式信号機までなら見たことがある。しかし、模型で5灯式信号機を見ていたから、どこに何がついているのかというのはすぐに分かる。だから、こんなことやらなくていいじゃん状態ではあるが、この中にはそれを知らない人もいるし、僕にだってわからないことがある。
「平百合君みえますか。」
僕の隣に座っている平百合に摂津さんは解いた。ひからなくてもなに色なのかは十分わかる・・・。
「はい。」
次に摂津さんは信号機の電灯をすべて点けた。そのあとこんな点灯はあり得ないと補足した。その通りだ。こんなのあり得たらどうしたらいいのかわからない。分かりやすくいうなら、道路の信号機がすべて光っているのと同じだ。止まっていいのか。はたまた進行していいのかわからない。
さて、ここで鉄道の信号について説明しよう。鉄道の信号機は道路の信号機とは違う意味を持っている。道路の信号機は主要な道路と道路が交差するところに設置されているが、鉄道のほうは線路が交差していなくても信号機がある。これは線路を信号機ごとに区切っているためにつけられている。また、道路の信号が黄色を示した場合基本とまれの意味であると自動車学校では習ったはずだ。しかし、鉄道は赤を示していない限り、原則その先に進むことを許されている。さらに鉄道信号にはたくさんの電灯を用いているものまで存在し、現在一つの信号機にたくさん取り付けられている電灯の数は6つである。
今回の鉄道基礎では黄色のことを橙黄色。またはY。赤を赤色。またはR。青を緑色。またはGと呼ぶことを教えられた。
(・・・。新幹線の色灯式信号作ったらどうなるのかなぁ・・・。)
ふとそんなことを思った。
鉄道基礎が終了すると開き時間となる。つまりお昼だ。この時間の間水上や羽犬塚たちは学校外でマックスでも買って食べている。外に行かない人たちは7階のテラスか学生ホールで昼食をとる。
「・・・。」
菓子パンを頬張っている間もさっきのことを考えていた。だから、萌の声なんてほとんど聞こえてなかった。
「ねぇ、ナガシィ。」
「えっ。」
ようやっと聞こえた。
「どうしたの。考え事。」
「あ・・・。うん。まぁ、バカバカしいことだけどさぁ・・・。新幹線の色灯式信号作ったらどうなるのかなぁって考えてた。」
「・・・。またそう言うこと考えてるんだ。ちょっとはまともなこと考えたらどうなの。」
「・・・。」
と言ってもあんまりまともなことを考えれないというのが僕の頭。鉄道でもいじくり倒すことは多々ある。これもその内だ。何かに書いて残そうと思い、カバンの中から紙を取り出した。
「智ちゃん。」
その声とともに瀬野が僕の頭の上に腕を置いてきた。
「何。」
「ちょっと充電させて。」
「充電って・・・。充電するのはいいけど、取らないでよ。」
「・・・取るわけないでしょ。ここまでいいカップルなんだから。」
瀬野はしばらくそうしていたが、
「・・・何か書くの。」
「えっ。うん。新幹線の色灯式信号作ろうかなぁって。」
「はっ。どんな動体視力を運転士に求めてるの・・・。」
「いや、もしもだって。って言っても絶対ないけどさぁ、こうなるよねぇっていうのを作りたいなぁって。」
「・・・。」
僕はまずアルファベットを書いた。当然書いたものはY、R、G。この中で一番多く書いたのはY。4灯式や5灯式、6灯式はR、GよりもYの数のほうが多い。これはきめ細かく列車の運行速度を指定するためである。実習室にある5灯式信号機は上からY、Y、R、Y、Gの順に並んでいる。
「高速進行作らなきゃいけないからGは二ついるよなぁ・・・。」
当然のことだ。Gが一つだと160km/h運転はできない。これはそう決められている。一つのGが許容できるのはその区間の最高速度までと130km/hまで。それ以上にするためには必然的にGを増やす必要がある。
僕は思いつきで書いてみた。すると思いつきで書いただけでも9灯式の信号機ができてしまった。色灯が決まったところで今度はないようだ。信号機がどうひかるかによってその先に進行していいスピードも変わる。例えば信号機が減速(YG現示)を示していた場合JRでは75km/hに制限される。注意(Y現示)を示していたならば55km/h。警戒(YY現示)を示していたならば25km/hに制限される。新幹線の場合これでは間に合わないだろう。9灯式という利点を生かして、減速よりも緩い現示と減速・警戒よりもきつい現示を作らなければならなくなる。
「・・・。」
僕は何もしゃべらずに考えていることを書いた。萌も瀬野も黙って見ている。
「何書いてるんだ。」
声がした。誰なのかとみてみると草津だ。草津は自分が書いているものをじっと見てから、
「新幹線の信号か。」
「うん。」
「まぁ、そうなるだろうなぁ。新幹線なんだからなぁ・・・。」
草津も僕が書いている間しばらく黙って見ていた。そしてだんだんと僕の手の近くを覗き込んでいる人の数が増えていく。そして、ようやっと書き終えた。
「エグイなぁ。なんだよこの信号機。」
「スゲェ。よく考えるなぁ。」
「一番下にYかぁ。新しいかも。」
そう言う声が少しだけ聞こえた。
「にしても並び悪いなぁ。」
酷評を言ったのは草津だった。それは僕も思っていたことだ。これで歯並びが悪すぎる。この信号は上からY、G、Y、Y、G、R、Y、G、Yと並んでいる。もしこれで減速より緩い現示をしようと思った場合(点灯しない個所は無表記)Y・無・無・無・G・無・無・G・無となって非常に見ずらい。
「これはあとでまた改革しないとね・・・。」
僕はそう言ってこれをしまった。新幹線の色灯信号を考えるだけでも結構頭を使った。だけど、それを苦に思ったことはいままで一度もない。むしろ、自分では楽しんでいる。
この後そんなにいい考えが浮かばなかった。どうすればこの並びをきれいにすることができるのだろうか・・・。まぁ、今考えなくてもいずれその答えにはたどり着くだろう。
翌日。今日は難波さんも摂津さんもいないその代わりに英会話という死ぬ授業がある。この間に何か考えられないだろうか。僕、萌、瀬野、千葉、羽犬塚、栗東、草津、長万部、留萌とは同じクラスで授業を受ける。残りのメンツとは別の教室だ。これはここの学校が行ってレベル分けによるものである。
「・・・。」
ネイティブの先生が授業を進めているけど、なんて言ってるのか全く分からない。これでは授業というより先生がワンマンでしゃべっているだけではないのか・・・。
(あっ。Gの間を二つから三つあけるようにすれば・・・。)
ふとひらめいた。早速それで書いてみた。するとG、Y、Y、Y、G、Y、R、G、G、Yという配置になった。これでどこが点灯しているのかを書いていく。どの現示でも光っているライトの間は等間隔だから見やすくなっただろう。そして、光らせる方法を考えて分かった結果一つYが余分なため最終的に配置はG、Y、Y、無、G、Y、R、G、G、Yとなった。9灯式信号機の完成だ。
「草津。」
小声で草津を呼んだ。草津はそれに気付いてくれた。
「何。」
草津からも小声で返事が返ってきた。
「ねぇ、こうしたら見やすくなったんじゃないの。」
「・・・。」
草津はしばらく黙って僕が書いた新幹線用色灯信号機を眺めていた。
「いいんじゃない。後はこれで意味だな。」
「それはもう決まってる。」
ペンを走らせ、現示を書いた。
一番緩いものから「超高速進行(GGG現示)」、「高速進行(GG現示)」、「進行(G現示)」、「抑速(YGG現示)」、「減速(YG現示)」、「抑減速(YYG現示)」、「注意(Y現示)」、「警戒(YY現示)」、「鈍速(YYY現示)」、「停止(R現示)」となった。
「何km/h対応。」
「あっ。300km/h対応。」
「・・・350km/h対応作っちゃおうよ。」
草津がそう言ったので、作ってやることにした。これを作るとさっきの信号にプラスしてさらにGが増えた。(G、無、無、無、G、Y、Y、無、G、Y、R、G、G、Y)こんなにGが多い信号なんてあるはずがないけど、作ると結果的にこうなってしまうのだ。現示は「超高速進行」のさらに上「第二超高速進行(GGGG現示)」が加わるだけになった。
「ヤバい信号・・・。」
草津がそうつぶやくのが聞こえた。
「えっ。どうしたの。」
この声は萌の方にも届いていたらしい。萌がそう聞いてきた。
「作ったよ。新幹線用色灯信号機。」
それを萌に見せた。萌の後ろは瀬野が座っている。瀬野も覗き込んで僕がこの時間内に書き上げた信号機を見た。
「前聞かせてもらった話と言い、よく考えるよね。こういうこと。」
瀬野は感心しているの貸していないのか・・・。
この後英会話の授業が終了するとしばらくの間近畿問いた。そして、近畿たちが帰ったあと21時なるまで僕、萌、瀬野で鉄道の話をした。




