203列車 ケンカ事
玄関のピンポンが鳴った。その音で僕は目が覚めた。今は何時だろうか。近くの時計を見てみると7時を過ぎていた。ちょっと前に目が覚めたときは5時だったのに。そのあと2度寝したみたいだった。
玄関を開けると予想通りの人がたっている。
「ナガシィ。まだパジャマだったわけ。」
「いや、今起きたとこ。で何。」
「・・・朝ごはんまだだよねぇ。作ってあげようか。」
「朝ごはん作ってくれなくていいよ。昨日作った残り物で何とかするから。」
と言ったら萌の顔は驚いた顔になった。部屋の中に入って確かに、言っていることが正しいということを確認する。萌にとっては相当それが意外だったようだ。別に萌に意外に思ってもらうために作ったわけじゃないし・・・。ごはん食べ終わったころを見計らってまた来ると言って萌は部屋から出て行った。僕がご飯を食べて、片付けているときに萌は戻ってきた。
「今日は何しに来たの。」
「えっ。別に何も。なんかナガシィと話せるネタがだんだん少なくなってきたなぁって思って。」
「そうだよなぁ。お前とは結構長い間一緒だからなぁ・・・。」
片づけを済ませたので、僕は床に寝転がった。まだパジャマの格好である。
「ナガシィ、着替えれば。」
「えっ。なんていうか今日は着替えるのが面倒というか・・・。・・・じゃあ、萌あっちに行ってて、その間に着替えるから。」
萌が引き戸の向こうへ行くことを確認してから、着替えた。萌が戻ってくると萌はベッドに座り、僕は床に寝転がった。
「昨日はちょっと寒かったのに、今日は暑いねぇ・・・。」
萌がそうつぶやいた。
「そうだな。暑い日は特に何もなかったよなぁ。小4の時以外。」
「アハハ。そうだね。」
それからというもの別に話すことがなかった。萌も宿題をしにここに来たわけじゃないみたいだった。何か話すことが見つかればいいのだが・・・。
頭の中では小4の時にあったことが再生されていた。あれは萌と初めてやって喧嘩のことである。
前にも話したことが始まりになる。和田山さんが庭に水を撒いていたので、それを見て自分も庭に水を撒きたくなった。和田山さんから僕に水撒きの担当が変わり、僕は夢中で水を撒いた。それが萌にかかってしまったのだ。これがまぁ、喧嘩の始まり。結構どうでもいいことで喧嘩したのだと今ではばかばかしく思う。
2003年7月。もうすぐ学校は夏休みに入ろうとしていた時だった。
「萌。どうしたの。今日はナガシィ君と一緒に登校しないなんて。何かあったの。」
話しかけたのは小4時代の磯部。
「別になんでもないよ。」
「喧嘩でもしたんでしょ。あんなに仲いいのに、どうして喧嘩したの。」
「関係ないよ。それに喧嘩なんてしてないし・・・。」
萌は強い口調で否定する。磯部も勘がいいから、すぐに喧嘩したということに感づいただろう。そして、ほとんどの場合は冷やかし役のほうに回っていた。その時は僕のほうも萌と口を聞いてやらなかった。クラスの友達のほうともっぱら話して、萌のことは放っていた。
しかし、それが2日続くとだんだん萌と話せないことが寂しく感じてきた。僕と萌は当時委員会活動をしていた。保健委員である。やる仕事は結構単純で、トイレットペーパーの補充とかだった。その仕事すら二人でやろうとはしていなかった。僕はこのとき別の意味で保健室に通っていた。
「萌ちゃんとまだケンカ中なの。いい加減に仲直りしたらどうなの。」
この年から保健室の先生になった雪姉ちゃんと話すためでもあった。雪姉ちゃんも僕の従姉。お父さんのお兄さんの娘である。
「・・・なんかなぁ。仲直りしたいんだけど、まだ萌のほうは怒ってるっていうか。」
「萌ちゃんが保健室に来た時にさりげなく聞いてあげようか。怒ってるのかって。」
「雪姉ちゃんはしてくれなくてもいいよ・・・。」
「でも、気持ちが分かるっていうのは智君にとっても謝るきっかけになったりするんじゃない。」
雪姉ちゃんはそう言ってくれた。けど、僕は黙っていた。
なかなか謝れない日が続いて、また2日。もう終業式は明日。4時間目は体育だった。
「今日は50メートルのタイムを測る。向こうまで全力で走って来い。」
先生がそう言った。最初は男子が先。僕は男子の最後のほうだった。身長の関係で・・・。スタートして、ゴールに向かって走り出す。途中ぐらいまで行ったところで、僕は右足に左足をひっかけた。そのまま、僕は土の上にたたきつけられた。
「ちょっと保健室まで連れて行ってやれ。」
先生が近寄ってきて、近くにいた男子にそう言った。
「はぁ。また派手な転び方したわねぇ。なかなかないわよ。そういうの。」
「・・・ねぇ、お母さんにはこのこと言わないで。」
「いわなくても見ればわかるじゃない。マヌケって言われるわねぇ。」
「だって・・・。」
「・・・ちょっとしみるけど、我慢してね。女の子みたいな顔でも男の子なんだから。」
「・・・んっ。もうちょっと優しく・・・。」
「文句言わない。」
しばらくすると僕の手のひらとひざはばんそうこう。それで覆いきれないところは包帯が巻かれた。特に右腕は包帯だらけになってしまった。
「萌ちゃん心配してるんじゃない。」
「してるかなぁ。」
「してるわよ。けがした人のこと心配じゃない人っていないと思うなぁ・・・。」
「そうかなぁ・・・。」
「・・・萌ちゃんに嫌われたって思ってる。」
「えっ。思ってないよ。」
「・・・。」
雪姉ちゃんはしばらく何も言わなかった。
「教室に戻れば。みんな待ってるよ。」
「・・・もう授業受ける気しない。このまま帰りたいよ。」
授業終了のチャイムはもうすでになっている。逆に流れているのは給食の時に流れる音楽だ。今は献立を言っている。深皿がミートソースと言っていたから、今日はスパゲティになるという献立であるというのは分かった。
ガラッと保健室のドアが開いた。給食用のプレートを持ち立っていたのは、萌だった。僕はすぐに萌から目をそらしてしまった。萌は僕の給食を置いたら、すぐに出て行った。
「まだ怒ってるよ。」
「そうかなぁ。今智君が目をそらしたから、話す気がないだけじゃないの。」
「・・・。」
「早く食べちゃったら。」
そう言ったら一度保健室から出て行った。そして、すぐに戻ってきた。
給食の時間がもう少しで終わるときに僕は全部食べきった。今日は食べきれるメニューだったというだけだったと思う。普段ならどれかが必ずと言っていいほど残ってしまうのだ。また保健室のドアが開いた。
「萌。」
萌は無言で近寄ってきてから、
「これ。持ってくね。」
と言ってプレートを持つ、出る前にすぐ戻ってくるからと言って出て行った。
確かに、すぐ戻ってきた。磯部たちも一緒だったけど・・・。
「大丈夫。ナガシィ君。」
「うん。ちょっとここは思いっ切りだったけど。」
「この分だったら次の授業も普通に受けられるよねぇ・・・まぁ、授業っていう授業やらないみたいだけど。」
「えっ・・・うん。」
「まさか、ナガシィ君これで帰っちゃおうって思ってた。」
「ア・・・ハハハ。」
昼休みが終了する前に保健室を出た。5時間目の授業は本当に授業らしくない形で終了。掃除をして、帰りの会で、下校時刻になった。
「ナガシィ。背負える。」
萌がそう聞いてきた。背負ってしまえば問題はないのだけど・・・。
「貸して。」
萌がそう言って、僕のランドセルを腹のほうに背負った。背中には萌の赤いランドセル。
「行こう。」
萌は僕を促して、教室の外に出て行った。僕は手ぶらで教室から出た。昇降口にはもう誰もいなかった。校門から出て、家路につく。
「あ・・・あのさぁ。」
萌が切りだす。
「ごめんね。ナガシィのことバカ呼ばわりしちゃって・・・。」
ここ数日で自分が本当にバカというのが分かった気がしたから、そこは気にしないつもりなのだったけど・・・。萌はずっと僕が気にしていると思っていたみたいだ。
「こっちこそ。ごめん。」
また沈黙。しばらく何も話さないでゆっくり歩いていた。家に着くまで萌は僕のランドセルを持ってくれていた。自分の部屋に入るまで持っていてくれた。それから僕たちは久しぶりに離れに行って、遊んだ。
数日後。夏休みに入った。僕のけがは腕のほうはもう大丈夫な状態になったけど、手のひらとひざはまだ完全ではなかったし、お風呂に浸かるとまだしみていた。ある日雪姉ちゃんが僕たちを天竜川の河原に連れて行ってくれた。新幹線の見える場所だ。その時、僕たちは初めて走っている「ドクターイエロー」を見た。
(そんなことあったよなぁ・・・。)
「何考えてた。」
萌がそう聞いた。
「えっ。始めて喧嘩したときのこと思い出してた。」
「・・・あの時かぁ。懐かしいね。」
「そうだな。」
「・・・あれ以来喧嘩したっけ。」
「多分してないと思う。」
「だよねぇ。ナガシィまず怒んないからね・・・。」
確かに。自分から怒るなんてよっぽどのことがない限りない。ていうか、自分から怒ったことがこの人生の中で果たしてあっただろうか。普段萌のいじられた時、怒ったような口調でいっていることがあるけど、キレているわけではないからなぁ・・・。
「ナガシィってやっぱり優しいね。」
萌に言われると・・・。
今回からの登場人物
永島雪 誕生日 1980年12月31日 血液型 B型 身長 163cm




