202列車 練習と恥ずかしい
5月。ゴールデンウィークに入って後半・・・。
「さぁ、梓。東海道線って何ページに載ってるか。出してみなさい。」
「うん・・・。」
雪菜に言われるがままにそのページを開いた。ここまで上達したということだが、なかなか時刻表の読み方まで習得することはできない。確かに、少しでも読めるようになったというのは自分でも進歩していると感じている。
「そうねぇ。じゃあ、ちょっと東京まで行ってもらえるかしら。」
「じゃあ、新幹線のほうがいい。」
「ううん。東京まで2300円だけでいってほしいなぁ。」
「えっ・・・。そんなの無理でしょ。東京まで230キロ以上あるのに。どうしてそんなに安く行けるの。新幹線なんかでいったら、それ以上の金額かかっちゃうよねぇ・・・。まして、在来線でも・・・。」
「・・・。」
「あるの・・・。2300円で東京まで行く方法。それってキセルとかっていう犯罪になるんじゃないの。」
「すべこべ言ってないで、早く東京まで行くプランたててみなさいよ。」
「えっ。うん。」
雪菜のルールでは今この時間から東京に行くダイヤを組んでほしいとのこと。夜、若葉が寝てしまってから教えてもらっていることだから、当然列車は朝まで待たなければならない。
「・・・始発でいっちゃっていいの。」
「そこは全部梓が決めることだから。」
「・・・。」
ページをめくってみる。今(2012年5月現在)浜松駅から最初に東京に向かうことができる列車は6時03分発の特別快速米原行き・・・。
「・・・どうやって東京まで行くのかなぁ・・・。」
「えっ。」
「梓。日本地図ちゃんと頭の中に入ってる。」
「入ってるってば。もう冷やかさないでよ。あたしはそこまでバ・・・。」
(バカだった・・・。)
これでは全然違う方向に走ってしまっている。これで東京まで行くことなんてできるわけがない。気を取り直して、東海道線上り(その1)を見る。最初に東京方面に向かえる電車は5時34分発の普通三島行き。
(豊橋に行くほうは特快っていうのがあるのに、こっちには快速っていうのはないんだ。)
鉄道を知っている人からすれば当たり前のことだが、自分は萌とは違う。こんなこと全然わからない。自分がどこか行ったことあるときはほとんど萌に頼っていた。だから、自分は萌が言う列車におとなしく乗車していただけだったのだ。
「本当に。それで東京に行けるのかなぁ。ここから出ること考えてる。こんな早い時間に浜松に行ける交通手段だったら車ぐらいしかないわね。」
「・・・あっ。遠州鉄道か遠江急行も含めて・・・。でも、そのダイアなんてどこに載ってるの。これってJRだけじゃないの。」
「本当に勉強してるのかなぁ・・・。」
「い・・・いろいろありすぎて。今は何がなんだかよく分かんないんだってば。」
地図のほうをめくって遠州鉄道など浜松の私鉄がどこに載っているのか見てみた。結構後ろのページに乗っているということが分かる。ページをめくってみるとページ下のほうに小さく載っていた。始発の電車に乗っていくと浜松には6時02分に到着できる。これで早い列車は6時13分発の普通沼津行き。この先に行くにはそう問題はないらしい。8時28分に沼津から発車する東京行きの普通がある。これに乗っていくと東京到着は10時36分。これを言った。
「そうねぇ。ここまではオーケイね。じゃあ、次は何円かかるかなぁ。」
「えっ。まさか、あたしにここまでレベルアップしろっていうわけ。」
「冗談よ。梓は料金なんかわからなくてもいいわ。秘書とかにはならないんでしょ。」
「・・・。そうよ。じゃあ、なんで料金なんて言ったの。さっきお母さん2300円で行けるって言ってたけど、到底2300円じゃいけないと思うんだけど。」
「やっぱ、梓は「18切符」って知らないのね。」
「えっ。それは知ってる。」
「あら。じゃあ話が早いじゃない。それの1日の乗車料金が2300円なだけよ。」
「なんだ。じゃあ、キセルでも何でもないんだ・・・。でも、2300円でどこにでも行けるんだったら、特急とかに乗ってもいいんだよねぇ。遠州鉄道とか乗れたら、結構いろんなところいけるんじゃ。」
と言ったけど、それはものすごい間違いだった。
「バカね。そんなことできたら、どこの鉄道会社も赤字になっちゃうわよ。あれはJRだけしか使えないの。それも新幹線も特急も使えない。使えるのは快速ってなってる列車までよ。だけど、この区間だけなら特急にも乗れるっていう特例があるんだけどね。」
「えっ。ややこしい。なんで快速だけなら快速だけにしないかなぁ・・・。」
「・・・。」
雪菜は黙っていた。確かに、これはややこしい。このややこしいことは覚えなくていいが、時刻表のことを知りたいとなったら知っておいたほうがいいことの内である。
「本当にややこしいんだよなぁ・・・あぁぁぁ。」
あくびをした。さすがにもう眠い。
「そろそろ寝ようか。明日も休みだからよかったわねぇ。」
「えっ。うん。」
部屋に入って、すぐベッドに入った。
「・・・ちゃん。お姉ちゃん。」
目を開けると若葉の顔がそこにあった。
「いつまで寝てるの。お姉ちゃんいつもあたしより早く起きてるのに。今日は珍しいね。あの時刻表とかってやつもらってきてからいつもこんな感じじゃない。」
「・・・。少しぐらいいいでしょ。あたしだって、若葉より寝てたい時ってあるの。」
「ところで、お姉ちゃんが数学の問題の解き方書いてあるノートってどれ。」
「・・・あっ。それ。それは確か、本棚の一番下の右端においてあるのがそうだよ。」
寝ぼけていた。ここには何があるのかというと鳥峨家の似顔絵がたくさん書かれたノートを置いた場所だ。それも2冊置いている。
「・・・お姉ちゃん。何このノート。全然違うの描いてあるんだけど。これってお姉ちゃんの彼氏。」
若葉のこの言葉に完全に目が覚めた。若葉からノートを取り上げて、すぐにこのノートをどこに隠そうと考える。若葉は何かに納得したような目で自分を見ている。
「何よ。」
「なるほどねぇ。お姉ちゃん男の子と話してるところ見たことないから本当はGLなのかなぁって思ってた。でも、そうじゃなくてよかった。」
「GLってねぇ・・・。そんなわけないでしょ。」
「安希お姉ちゃんには言わないことにしておくけど・・・どうしようかなぁ・・・。」
若葉が考え事を始めた。こういうこと考え始めたら、自分がこき使われることになる。
「お姉ちゃん。あたしの宿題やってよ。数学だけ。」
「はっ。何ふざけてんの。なんであたしが若葉の宿題なんかやらなきゃいけないのよ。それも数学。」
「話しちゃうよぉ。安希お姉ちゃんに。」
「・・・この野郎。」
「そんな口聞いちゃったら余計話しちゃうなぁ。お姉ちゃんが大好きな人の似顔絵をたくさんノートに描いてるって。これ言っちゃったらお姉ちゃん当分部屋から出てこられないよねぇ。」
「分かったわよ。で何解いてほしいわけ。」
「そうねぇ・・・。じゃあ、お姉ちゃんが大得意の数列の問題でいいよ。」
「数列得意じゃないってば。赤点ギリギリの点数取っちゃったのに。」
「・・・じゃあ、この数字の数列って何あらわしてるかわかる。」
「えっ。」
若葉に今書いたと思われる数字を見せられる。全部規則性がない。数列の中には見かけ上規則性がない階差数列みたいな数列もあるけど、これはその階差数列でもなさそうだ。
「何これ。数列じゃないじゃん。どっちかって言ったら集合だろ。」
「なんだと思う。それ。」
「・・・うーん。分かんないよ。何の数字。」
「えー、分かんないの。自分のスリーサイズなのに。」
「えっ。」
「安希お姉ちゃんがそれぐらいだろうって言ってた。安希お姉ちゃん鋭いからね・・・。家庭科で洋服作った時に計ったら全部あってたって聞いたことあるけど。」
(安希のやつ・・・。絶対ぶっとばしてやる。)
その日久しぶりに薗田が自分の家に遊びに来た。
「いやあ、久しぶり。大学とか行き始めてからはほとんど話したことなかったね。」
「うん。そうだね・・・。」
「・・・また若葉ちゃんに弱み握られちゃったんでしょ。あたしに言えないようなこと。」
「まぁ・・・。」
部屋に通すと薗田は何かに気が付いた。机の上のものを指差して、
「なに、梓。萌の仲間入りでもしたわけ。」
「一緒にしないでよ。そんなんじゃないってば。」
「萌だったらあれ見たら、いろんなところ行く計画パッパッと立てちゃうよねぇ。もしかして、鳥峨家君といろんなところに妄想して旅しようって思っちゃったってこと。なんて寂しい人。」
「うるさいわねぇ。」
「これまでどこ行ったのよ。北海道とか。」
「・・・。」
「やっぱり、お風呂に入った後は見られたりするんでしょ。」
「えっ。見られるって何よ。」
「えっ。そう言ったらあれしかないじゃない。」
薗田はそんなことも分からないのかという目つきになっていってくる。本当にあれがなんなのか自分にはわからない。いったい何が言いたいのだろうか。
「鳥峨家と同じ部屋に泊まるわけじゃない。ホテルとかで。お風呂に入ったら梓タオル1枚だけになるわけじゃない。そして、ホテルの部屋の中で浴衣とかを着る前にタオルが落ちちゃって・・・フフ。後は言わなくても分かるよね。」
「鳥峨家にあたしの裸見られるってこと。」
「うん。もちろん丸裸。ときには見せてあげてもいいんじゃないの。梓の裸。」
恥ずかしさに顔が引きつる。
「あっ。でも、梓胸残念すぎるからなぁ・・・。今でも・・センチぐらいしかないんじゃない。」
そのあと気付いたら、安希の頭に何十個もたんこぶができていた。




