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「――【簡易結界】」

 荷絨が右手で男を殴りつける。

 それに呼応するように、また男も低い位置からの攻撃をしていた。

 それを左手に出した結界で防ぐ。

 だが、荷絨の攻撃もまた防がれる。

「【負力ふりょく二倍】」

 ――作用する力を倍増させ、それを逆にすることもできる能力。

 糸目の男が荷絨の拳に触れた瞬間、荷絨が後ろへ仰け反った。

 その反動を使い、荷絨は一気に回転する。跳ね返された威力を利用した拳が男を捉える。

「【正力しょうりょく一・五倍】」

 能力を行使するため、早口に唱える。

 対応するように荷絨が拳を突き出した瞬間、荷絨が揺らぎ、男の拳へと吸い寄せられるように肉薄した。

 だが磁石の同極同士が反発するかのように、男の剛腕は空気を断裂して下へ滑る。

 刹那、男の拳がまた地面に突き刺さる。

 衝撃波が立たせる土煙が鼻腔を突く。

 息をのむほどの威力だ。右手が不快に疼き、足が止まる。今度のは密度が、存在感が圧倒的に変わっていた。

 だが、荷絨は容易に軌道を変えて見せた。

 錬の足が一歩後ろに下がる。

 ――今逃げても、いいんじゃないのか?

 身体が逃げだそうとしていた。だが、二人の姿を目にして、身体が止まった。

 体勢を直そうとする男の顔に、鞭のようにしなった爪先が食い込む。

 唸り声が喉を震わす。二発目の攻撃から避けるため後ろへ、屋敷の奥に飛ぶ。荷絨が飛び、肉薄する。

 ――結界を破るほどの力で飛ぶ。

「【正力しょうりょく二・五倍】ッ!」

 叫ぶような能力の行使に、荷絨が男の後ろに指をさす。

「【繊維結界】」

 空中に光を歪ませ、結界が展開される。

 男がその結界に衝突する。

 結界が歪む。

 結界が引き延ばされ、男が破ろうとした。

 だが――

「なッ!?」

 驚きに声を震わす。

 結界が元の位置に戻ろうと、男を弾き飛ばす。

 男は荷絨の方向へと飛ばされる。

「【簡易結界】」

 結界を纏う拳が、男の顔を捉えた。

 鼻を潰し、拳が顔に深々と抉り込む。

 言葉にならない悲鳴を上げ、男は黒門の敷地内へと飛ばされた。

 荷絨の圧倒的な戦いに、錬の開いた口が塞がらなかった。

 鼓動が高鳴る。その戦いをただ観戦することしかできぬ錬は、自身の無力感に苛まれる。

 勝負は決まったように見えた。だから、錬は荷絨の方に歩き出そうとした。

 だが、男は一気に起き上がった。

 片手を後ろに回し、首の付け根を摩る。

「殺す気ですか」

 鼻血を裾で拭う。この一瞬で血が止まっていた。

「異名通り……気絶してほしかったすね」

 荷絨から逃げられないと悟ったのか、もう一度対峙する。

 二試合目が開戦する。

「【正力しょうりょく二・五倍】」

 駆け出す男が拳を繰り出す。

「【簡易結界】」

 両手に結界が纏わりつく。

 一撃を放つ。

 両者が拳を放つごとに大気が爆ぜ、空気を引き裂く。

 男の拳は今、宣言した速度で残像を残す。それを上回る速度で荷絨が灼熱の残像を焼き付けた。

 だが、決定打には欠けていた。

 消耗戦、荷絨の結界を破れぬ男、男のことを打ち破れぬ荷絨。

 ――決定打が足りなかった。

 右手を握りしめる錬は打ちひしがれていた。自身の弱さに、何もできぬ無力感に。

 ――戦うんだ。

 目の前で繰り広げられる攻防戦に息をのみ、周りに目を向ける。

 ――だが、今自分にできることはなんだ?

「――おい! お前何者だ!」

 屋敷の奥から声がする。目の前で騒動が起きているのだ、来ない方が可笑しい。今までが遅すぎたのだ。

 荷絨が足を突き出し、男の腹に一撃を出す。後ろに飛ばされる男に、荷絨も下がる。

 四人の男が門から姿を現した。どいつも巨大な体躯に太い脚、腕を持っていた。

「若頭! その傷大丈夫ですかい!」「だから俺たちが出ていくと……」

 全員が揃って若頭と呼び、男のもとへ向かった。

「てめぇ……どこの回しもんだ」

 荷絨のことを睨むものの中で一人だけ錬を睨む。

「待て。お前たちは中に入っていなさい」

 手を横に出し、牙をむく男たちを制止させる。

「なぜですかい!」

「奴らが来ます」

 錬には全く聞こえていないが、全員が聞こえているのか、顔を引き締めた。

「錬、引くっすよ。奴らは人の話を聞かないっすから」

「何が来るんだ!?」

 置いてけぼりだ。話が入ってこない。

「ヒーローっすよ。通報が入ったみたいっすね」

「――おい、最後に一つだけ聞かせなさい。お前は、何をしに来たのですか」

「ここで一番強い奴を潰しに」

 男が手を握る。その手は痣だけで、戦える状態には見えなかった。

「また、会いましょう。嚆矢が放たれた時に」

 錬が黒門をくぐり、外に出る。

 奥歯を噛むようにして、男たちが立ち上がった。

「すみません。やっぱり黙ってらんねえっす」

 殺気立つその目には、荷絨の姿しか映っていなかった。

「――おい! やめろと言っているのが聞こえぬか!」

 雪崩を打つような足音を響かせ、男たちが荷絨に肉薄する。

「【帳敷ちょうしき結界】」

「おい、待ちやがれ――」

 見えざる結界に男が一人、ぶつかる。

 後ろに続いた男たちが速度を落とせぬまま、重なっていく。

「一般人の振りをするっすよ。あいつらは外には今出れないっすから」

 誰から逃げているのか。なぜ、出さぬようにしたのか。

 ――なんなんだよ。

 錬の腹に、嫌な感情が渦を巻く。

 自信を育てるためにここまで連れてきたのではないのか。

 目の前で起こったのは錬を強くすることではない。

 ――荷絨の目的のためにピエロにされたのだ。

「お前は、何がしたいんだ」

 錬の問いかけに、荷絨が歩みを止める。

「あたしは……、――私は世界を潰す、ただそれだけっす」

 振り返ることもせず、荷絨はまた歩き出した。

 その瞳は、凍っていた。

 ――潰す。世界を?

 荷絨の言葉を口の中で反芻すれど、真意が見えてこない。

 ――その世界で彼女は笑っているのだろうか。

 荷絨が男と戦うとき、まるでそれは円舞を楽しむようだった。普段は動かぬ口角が、その瞬間だけ、上がっていた。

 当惑した顔で荷絨の背中を追う。

 破壊の音、ものが壊され、それがばら撒かれるような、潰される音を背にして。

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