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私服に身を包み、錬は指定された喫茶店にいた。
「ちゃんと来てくれたんすね」
――呼び出したのはお前だろうが。と、叫びたくなったが、心の中にしまっておく。
「少し、話さないっすか?」
「いやだね。自分を貶めようとするやつと話すことはない」
「そうっすか」
机に置かれた、呼び出しベルを押し、少女が続けた。
「まず、何て呼べばいいっすか?」
「……」
「あのー、聞いてるっすか?」
「……」
――勝手に言ってろ。
窓の外を歩く通行人を眺め、少女の話を無視する。
「――お決まりですか?」
「あっ、はい。チーズケーキを一つ」
「チーズケーキ一つで。かしこまりました」
女性店員が注文を復唱し、メモを取る。錬は何も言っていないがどうやら勝手に注文を済ませられてしまった。少女には、机の端に空いたグラスが見えなかったらしい。
溜息を一つ吐き、視線を店員に向ける。
「すみません、これ下げちゃってください」
「はい。かしこまりました」
店員にグラスを手渡し、椅子に座りなおす。
座ると、目前の少女と目が合う。
「――お前名前はなんていうんだ?」
問う。
今のまま逃げていたのでは、埒が明かない。そう判断した錬は会話を始める。
「荷絨っす。好きに呼んでくれていいっすよ」
「かじゅか……。で、なんで俺を呼び出したんだ」
「あなたに強くなってもらうためっすよ。このままじゃ、あんたもあいつも殺されるっすよ」
「――は?」
「――お待たせいたしました。チーズケーキです。ごゆっくりとどうぞ」
突然の宣告に間の抜けた声が出る。
そそくさと去る店員を尻目に錬は叫びそうになるのを堪える。
「死ぬ? そんなこと言われて誰が信じるんだよ」
「あたしが、――あんたを強くしてやるっす」
「何の権利があって、言ってるんだ」
嘲笑するように、鼻を鳴らす。――こんな奴に何ができるのか。
「私は本気っすよ」
人の温度を感じさせない双眸。だが、その奥には消えぬ炎が、錬を射すくめて離さなかった。
決断を迷う。突然の死の宣告、彼女を信じて、ついていくべきなのか。――こんな少女に。
「ところで、知ってます? ここのチーズケーキは至高の味なんすよ。良かったら食べるっすか?」
チーズケーキを錬に差し出す荷絨は、不敵な笑みを浮かべていた。
切り落とされたばかりの断面は、一点の曇りもなく艶やかで、乳脂の濃厚な香りが鼻をくすぐる。
「毒入りじゃ、さすがにねえよな」
――逃げ道を作られた。そう理解しながらも、錬は今はただその誘惑に従うしかなかった。潰されそうになる圧迫感の中、チーズケーキを口に運び入れる。
一口、舌の上に乗せた瞬間、チーズケーキの重厚なコクが脳を殴りつけた。刹那、レモン果汁の鋭い酸味が、チーズの重みをすべて流し去る。
正直、味などわからないと思っていた。突然死ぬといわれれば混乱して、分かるはずがない。だが、凍り付いた脳を強制的に再起動させるように、濃厚な味が意識を叩く。
「どうっすか。美味しいっすよね」
「あぁ。美味いな」
「あたしが嘘を言うように見えますか? 今、あたしは割と本気で言ってるっす」
咀嚼し、飲み込む。喉の奥に、バニラの香りが残る。
食べ進めながら錬は逡巡していた。
「あたしに、ついてきてほしいっす」
錬の沈黙を破るために、荷絨は右手を差し出した。完食した皿の上に、フォークを置く。
錬に拒否権は最初から用意されていない。今も錬の頭に銃が突き付けられているのだ。
背筋を一線の汗が流れる。今、――錬は試されているのだ。
震える手を制し、差し出される手を左手で弾く。立ち上がり荷絨に問う。
「で、どこに行くんだ?」




