1の2
ボタンをすべて取り外した学ランに袖を通す。
仮面を手に取り、その外装を眺める。
その仮面は、人の輪郭をなぞるように三本線が引かれ、黒を基調とした表面に、紫色の不気味な円形の目が埋め込まれていた。
時刻は深夜零時、家に人は自分以外誰もいなかった。錬は賃貸アパートの二階で、二人暮らしをしている。
扉を開け、廊下に誰もいないことを確認する。――だれもいない。
外に出、鍵を閉める。そのことをドアノブを引いてみて確認する。仮面を被り、手すりから躊躇なく飛び降りる。
大体この時間は下に車は停まっていない。あっても、衝突することはないだろう。
ドン、と、軽く地響きが起こる。
「やべ……」
目の前に立つ老翁がこちらを凝視していた。仮面の下の瞳が老翁を睨む。――いたのか。 完全な失敗だった。始まって以来だ――街灯がなく見えなかった。
「――おい、あぶないじゃないか。下に誰か立っていたり、車があったら大惨事だぞ。こんな夜になにやってるんだ!」
語気が荒くなり、今にも唾を飛ばしてきそうだ。
「すんません。以後気をつけまーす」
そういいながら走り出す。その背中に老翁がまた唾を飛ばす。
「こらっ、話は終わっていないぞ! まて!」
後ろからする声をすべて無視し、走る。先程の老翁に言われて改心することなど錬にとってなにもない。
緑地公園にまで走ってきたところで、走りを緩め、肩で息をする。近くのベンチに腰を掛け、気持ちを落ち着けようと夜空を仰ぐ。
目の前に聳えるのはこの公園で一番の巨樹だ。その巨樹の足元に長い枝が落ちていた。腰を上げ、その枝を手に取る。ここにあったら危ない、そう思い立ち、どこか目立たない場所に置こうと思ったのだ。
――キャッ! ヤメテくださいッ! いいじゃねぇか。
――やんのか! オラッ!
静まり返った公園に怒鳴り声が響く。
錬は手に持っていた枝に対し能力を行使した。不規則に伸びた枝が形を変え、規則を持ち、刀の形を成していく。
「【木刀】。ただの」
声のした方向に走っていく。公園の中央にある池の周りを半分周回したところで、姿が視認できるようになる。
池の手前には木々が生い茂っている。その手前には街灯とベンチがまばらに設置されている。
その街灯の下で髪を染めた不良少年二人組と、女二人と男一人の二組が言い争っているのが見える。
薄ら笑いを浮かべて女二人に目を向ける二人組は、よく見ると顔が赤く染まっていた。
「だいぶ飲んでるなぁ」
タイミングを見計らう。女二人は男の背に隠れている。それが面白くないのか二人組の男がさらに詰めよっていく。
やばい。そう直感した錬は飛び出し、五人の前に登場し叫ぶ。
「――待て!」
「――今だ!」
「え。」
三人組の男が後ろの女に叫ぶ。刹那、一目散に走り去っていく。その走りは見事なもので、十秒経てばもう姿が見えなくなっていた。三人全員がその姿をただ見つめることしかできなかった。
男が呆然と呟く。
「あ、……あーぁ」
その視線は、男女から錬へと移り変わる。
「ちッ。くそ、てめぇ、だれだよ」
錬は一息ついてから、二人の男を視線に入れた。
「はは、失礼しましたぁ」
誤魔化した、誤魔化そうとした。だが、そんなもの通じるわけがなかった。
「カッコつけて出てきた割に、逃げられちまったなぁ?」
顔を近づけ、錬を挑発する。金髪の男の口から漂う熟柿の匂いが錬の鼻腔につく。
「く、くさい」
小言で言う錬の言葉は、だが、顔が近くにあったせいで聞こえてしまっていた。
「てめ。ざけんなよクソガキが! 大人しく寝てやがれ」
拳を上げ、大振りの構えで錬に殴りかかる。
――穏便に済ませてやろうとしたのにな。
下していた木刀で肋骨を狙い、振り抜く。木刀の身が男の横腹に食い込み、まばらに生えている木に頭から衝突をする。
「そこで酔いを覚ませ。飲みすぎなんだよ」
「て、てめぇ。何してんだ! 暴行ざいだぞ!」
呂律が回らぬ舌で、唾を飛ばしながら一人が叫ぶ。
「正当防衛だ。……馬鹿やろう」
肩に木刀を乗せ、唾を飛ばす男を睨む。一歩、二歩と後ろに引き下がるのを眺めながら逡巡する。いつもなら、この調子でもう一人にも殴りかかる、が。蒼空の警告を無視するわけにもいかない。
「とっとと失せろ」
「なめてんじゃねぇぞ!」
男の叫ぶ声と同時に、男は能力を発動させた。
「【尖岩】」
しゃがみこんだ男は、地面に手をつく。その刹那だった。
「おわっ!」
身を反らす。目の前を掠め、岩が出現する。当たっていたら死んでいたかもしれない、それほどにその岩の先端は細く、鋭利になっていた。
先ほど眺めていないで殴りかかるべきだった。そう後悔しながら錬は距離を詰める。一直線に攻める錬に男は薄ら笑いを浮かべた。
「【尖岩】ッ! 終わりだァ」
が。予想通りなのは錬も同じだった。
どうせ曲がらない、まっすぐにしか伸びない攻撃だ。そう結論付け、相手の言葉と同時に横に身を翻す。
岩が脇腹を少し掠める。が、傷ができる程度ではない。
「終わりなのは、お前だ」
「ちょ、待っ――」
木刀で男の肋骨を狙い、思い切り振り抜く。だが、腕で守られ、思った以上に狙い通りの場所に当てることは出来なかった。鈍い手応えが、振り抜いた手に残る。
次は木に当たることもなく、飛ばされた場所にそのまま倒れた。
「またやっちゃった。どうせ、あいつらもお礼に来てくれることはないだろうし……。カメラマンとか、いないよな?」
周りの惨状を見て後悔をする。
あいつらとは、絡まれていたやつらのことだ。お礼に来てくれればそのまま擦り付ける。そういったことができるのだが。と、考えながら期待するが、去っていった方向には物音一つない。
「逃げるか」
木刀を太ももで折り、池に投げる。戻すことは出来ないのだ。
木刀を折ったせいで痛む大腿四頭筋を動かす。緑地公園を後にした。
誰かが向ける、レンズの反射に気づかずに。




