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 ボタンをすべて取り外した学ランに袖を通す。

 仮面を手に取り、その外装を眺める。

 その仮面は、人の輪郭をなぞるように三本線が引かれ、黒を基調とした表面に、紫色の不気味な円形の目が埋め込まれていた。

 時刻は深夜零時、家に人は自分以外誰もいなかった。錬は賃貸アパートの二階で、二人暮らしをしている。

 扉を開け、廊下に誰もいないことを確認する。――だれもいない。

 外に出、鍵を閉める。そのことをドアノブを引いてみて確認する。仮面を被り、手すりから躊躇なく飛び降りる。

 大体この時間は下に車は停まっていない。あっても、衝突することはないだろう。

 ドン、と、軽く地響きが起こる。

「やべ……」

 目の前に立つ老翁がこちらを凝視していた。仮面の下の瞳が老翁を睨む。――いたのか。 完全な失敗だった。始まって以来だ――街灯がなく見えなかった。

「――おい、あぶないじゃないか。下に誰か立っていたり、車があったら大惨事だぞ。こんな夜になにやってるんだ!」

 語気が荒くなり、今にも唾を飛ばしてきそうだ。

「すんません。以後気をつけまーす」

 そういいながら走り出す。その背中に老翁がまた唾を飛ばす。

「こらっ、話は終わっていないぞ! まて!」

 後ろからする声をすべて無視し、走る。先程の老翁に言われて改心することなど錬にとってなにもない。

 緑地公園にまで走ってきたところで、走りを緩め、肩で息をする。近くのベンチに腰を掛け、気持ちを落ち着けようと夜空を仰ぐ。

 目の前に聳えるのはこの公園で一番の巨樹だ。その巨樹の足元に長い枝が落ちていた。腰を上げ、その枝を手に取る。ここにあったら危ない、そう思い立ち、どこか目立たない場所に置こうと思ったのだ。

 ――キャッ! ヤメテくださいッ! いいじゃねぇか。

 ――やんのか! オラッ!

 静まり返った公園に怒鳴り声が響く。

 錬は手に持っていた枝に対し能力を行使した。不規則に伸びた枝が形を変え、規則を持ち、刀の形を成していく。

「【木刀ぼくとう】。ただの」

 声のした方向に走っていく。公園の中央にある池の周りを半分周回したところで、姿が視認できるようになる。

 池の手前には木々が生い茂っている。その手前には街灯とベンチがまばらに設置されている。

 その街灯の下で髪を染めた不良少年二人組と、女二人と男一人の二組が言い争っているのが見える。

 薄ら笑いを浮かべて女二人に目を向ける二人組は、よく見ると顔が赤く染まっていた。

「だいぶ飲んでるなぁ」

 タイミングを見計らう。女二人は男の背に隠れている。それが面白くないのか二人組の男がさらに詰めよっていく。

 やばい。そう直感した錬は飛び出し、五人の前に登場し叫ぶ。

「――待て!」

「――今だ!」

「え。」

 三人組の男が後ろの女に叫ぶ。刹那、一目散に走り去っていく。その走りは見事なもので、十秒経てばもう姿が見えなくなっていた。三人全員がその姿をただ見つめることしかできなかった。

 男が呆然と呟く。

「あ、……あーぁ」

 その視線は、男女から錬へと移り変わる。

「ちッ。くそ、てめぇ、だれだよ」

 錬は一息ついてから、二人の男を視線に入れた。

「はは、失礼しましたぁ」

 誤魔化した、誤魔化そうとした。だが、そんなもの通じるわけがなかった。

「カッコつけて出てきた割に、逃げられちまったなぁ?」

 顔を近づけ、錬を挑発する。金髪の男の口から漂う熟柿の匂いが錬の鼻腔につく。

「く、くさい」

 小言で言う錬の言葉は、だが、顔が近くにあったせいで聞こえてしまっていた。

「てめ。ざけんなよクソガキが! 大人しく寝てやがれ」

 拳を上げ、大振りの構えで錬に殴りかかる。

 ――穏便に済ませてやろうとしたのにな。

 下していた木刀で肋骨を狙い、振り抜く。木刀の身が男の横腹に食い込み、まばらに生えている木に頭から衝突をする。

「そこで酔いを覚ませ。飲みすぎなんだよ」

「て、てめぇ。何してんだ! 暴行ざいだぞ!」

 呂律が回らぬ舌で、唾を飛ばしながら一人が叫ぶ。

「正当防衛だ。……馬鹿やろう」

 肩に木刀を乗せ、唾を飛ばす男を睨む。一歩、二歩と後ろに引き下がるのを眺めながら逡巡する。いつもなら、この調子でもう一人にも殴りかかる、が。蒼空の警告を無視するわけにもいかない。

「とっとと失せろ」

「なめてんじゃねぇぞ!」

 男の叫ぶ声と同時に、男は能力を発動させた。

「【尖岩センガン】」

 しゃがみこんだ男は、地面に手をつく。その刹那だった。

「おわっ!」

 身を反らす。目の前を掠め、岩が出現する。当たっていたら死んでいたかもしれない、それほどにその岩の先端は細く、鋭利になっていた。

 先ほど眺めていないで殴りかかるべきだった。そう後悔しながら錬は距離を詰める。一直線に攻める錬に男は薄ら笑いを浮かべた。

「【尖岩センガン】ッ! 終わりだァ」

 が。予想通りなのは錬も同じだった。

 どうせ曲がらない、まっすぐにしか伸びない攻撃だ。そう結論付け、相手の言葉と同時に横に身を翻す。

 岩が脇腹を少し掠める。が、傷ができる程度ではない。

「終わりなのは、お前だ」

「ちょ、待っ――」

 木刀で男の肋骨を狙い、思い切り振り抜く。だが、腕で守られ、思った以上に狙い通りの場所に当てることは出来なかった。鈍い手応えが、振り抜いた手に残る。

 次は木に当たることもなく、飛ばされた場所にそのまま倒れた。

「またやっちゃった。どうせ、あいつらもお礼に来てくれることはないだろうし……。カメラマンとか、いないよな?」

 周りの惨状を見て後悔をする。

 あいつらとは、絡まれていたやつらのことだ。お礼に来てくれればそのまま擦り付ける。そういったことができるのだが。と、考えながら期待するが、去っていった方向には物音一つない。

「逃げるか」

 木刀を太ももで折り、池に投げる。戻すことは出来ないのだ。

 木刀を折ったせいで痛む大腿四頭筋を動かす。緑地公園を後にした。

 誰かが向ける、レンズの反射に気づかずに。

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