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新聞の片隅に載った一つの見出し。『木刀を持った学ラン姿の高校生』。蒼空に嫌な予感が走る。震える手で新聞を手に取る。
――まさか、そんなわけないよな。
震える指で新聞の文章をなぞっていく。
蒼空の持つ情報と、読む新聞から得られる情報はすべて一致していた。ただ一つ、その新聞と情報の食い違いが発生するのは、その男子高校生が素性不明であるか否か、それだけだった。
市立でも名門と呼ばれる高校に通う蒼空は、昨日の新聞の内容を調べ上げてきた。
朝のSHRが始まる、その直前になって錬は現れた。鳩血玉の眠たげな眼に、黒い髪には寝癖がついていた。そのすぐ後に担任が現れる。
「席についておけー。すぐ始めるぞ」
チャイムが鳴り、全員座っていることを確認した担任が出席確認を始めた。
朝のSHRが終わり蒼空は錬のもとに歩いていく、昨日の新聞の話だ。寝癖を放置したまま机に突っ伏している。
「朝から居眠りは厳しいって。もっとちゃんと寝た方がいいぞ?」
「寝かしてくれ。昨日長引いたせいで眠れなかったんだ」
「怪我してないんだろうな?」
「まぁな」
顔を上げず、いつまでも居眠りの体勢でいる錬に、蒼空はため息一つ吐き、
「あーあ。せっかくお前のことが新聞に載ってたから言いに来てやったのにな」
と。吐き捨てて自席にもどる。机の中から小説を取り出そうとしたところで、横に人影が現れる。
「新聞に載ってたって、本当かよ!」
大声を出す錬に一瞬教室の空気が静まり返る。
「あんま大きな声出すなよ。こりゃ重症だな」
すると錬は顔を近づけ、落とした声でまた聞く。
「なにが重症だよ。で、ほんとに載っちゃってたの?」
「まぁ、うん。いやなの?」
「身バレが、怖い」
意外だった。そんな言葉が出るとは、思ってもいなかった。
「あんな派手に行動してて、よく言うよ」
周りの目はすでにこちらに向いていない。それを確認してから、蒼空はスマホを取り出し、保存していたスクショを錬に見せた。そのスクショは、昨日検索でヒットした新聞の記事だった。
「マジじゃん。なぁ、どうしよ?」
目を合わせて問う錬に蒼空は呆れたように答える。
「まぁ、まだ完全にばれてるわけでもないし。あと、これ悪評だからな。『身元不明の不良生徒の暴動事件』って語られてるぞ」
錬は、目を細め、天井を仰ぐように顔を上げ奥歯を強く噛む。
「どうしよう。警察に逮捕とか、高校退学とか……回避できるかなぁ」
「まぁ、大丈夫じゃない? 記事になっているけど、結局は人助けをしているとも書かれているから」
先ほど要約して伝えた内容は事実である。だが、また人助けをしたという内容も事実であった。
「大丈夫かな……。大丈夫だよな……? 身元不明ってことは、まったく尻尾つかまれていないみたいだしな」
「しばらくは自粛するべきだな」
「自首? 俺はまだ捕まりたくねぇよ。やり残したこともあるのに……」
「じ・しゅ・く。な」
一言一言を大きく口を開けて発音する。蒼空の顔に影が差す、カーテンが閉められ、周りが暗くなった。
錬は昔から耳が悪い。これも、ヒーロー活動の犠牲だ。昔に助けた奴のせいで、片耳の聴力が悪くなったのだ。
「自粛ね。おけおけ、聞こえたぜ。自粛ね。うんうん、考えとく」
手を適当に振りながら錬は自席に戻っていく。
「するわけないよな」
錬の行動に頭を悩ませるように、溜息を吐き机に顔を伏せる。
できることなら、ヒーローごっこをやめてほしい。錬に言うことの叶わぬ言葉が、蒼空の頭で渦を巻いていた。
――それでも、やめてはくれないよな。
錬の信念が、風化することのない記憶の景色が、信念を曲げさせず、錬を形作っていた。
それを尊重しながらヒーロー活動をやめさせる。そんなことは出来ないだろう。
錬がヒーロー活動をしなくとも、本職のヒーローがその役割を全うしてくれる。
そんなことを言ったとき、錬はどう答えたのか。最近のことのはずだが、まったく思い出すことができない。
――それが、思い出せないことが、酷い不安に変わり始めていた。
――キーンコーンカーンコーン。
と、授業開始のチャイムが鳴る。
「あ、やべ」と、蒼空は独り言ちる。すっかり忘れてしまっていた。次の授業の内容を。この教科で必要なものはロッカーの中にある。
幸いにも蒼空の席は一番後ろの座席だった。




