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ストック

作者: 豆苗4

 私たちは、自分という存在がどこかに蓄えられていると信じている。能力、経験、実績、信用、人格。それらが見えない倉庫のような場所に整然と保存され、必要なときに取り出せる――そんな想像を、ほとんど疑いもしない。


 だが、その倉庫を覗こうとすると、何もない。あるのは、今この瞬間に起きている思考のざわめきや、理由のはっきりしない感情の立ち上がり、すぐに形を失っていく判断の残像だけだ。それでも私たちは、「何かが蓄えられているはずだ」という感覚を手放さない。なぜなら、それがなければ、未来を考えることができなくなるからだ。


 資本主義もまた、同じ感覚の上に立っている。資本は溜められ、保持され、増やされるべきものだとされる。だが、実際に目の前にあるのは、取引が交わされる瞬間、労働が行われる時間、情報が行き交う一瞬の流れだけだ。資本は流れなければ意味を失う。それでも人々が蓄積を信じ続けるのは、流れの先に何があるのか分からないという不安に、耐えきれないからだ。


 自我も似たような仕組みで動いている。「私はこういう人間だ」という言葉は、行為を導く標識のように見えるが、実際には事後的につけられたラベルにすぎないことが多い。失敗したあとで「やはり自分はこういう人間だ」と言い、うまくいったあとで「成長した」と言う。自我は未来を決める装置ではなく、過去を整理するための帳簿のようなものだ。


 この帳簿は便利だ。自分を説明できるし、他人に理解された気にもなれる。だが同時に、それは私たちを管理可能な存在へと変えていく。成長、自己実現、市場価値。そうした言葉が自然に自分の内側で回り始めるとき、私たちは自分自身を、運用されるべき何かとして眺めている。


 社会主義は、この眺め方を否定しようとした。だが、蓄積という発想そのものを捨てることはできなかった。資本の代わりに、正しさや忠誠や模範が積み上げられた。競争が抑えられても、管理は残り、自我はやはり調整される対象であり続けた。


 問題は、どの制度が正しいかではない。私たちが「溜まっている」と感じているものの多くが、実は流れの中で一瞬だけ形をとった痕跡にすぎないということだ。ストックとは、過去を固定し、未来を保証したことにするための物語である。その物語がなければ社会は回らない。だが、それを現実そのものだと信じてしまうと、流れは途端に危険なものに見え始める。


 多くの人は、失うことを恐れて動く。評価を下げないように言葉を選び、立場を守るために流れをせき止める。そうして自我は少しずつ硬くなり、世界は安全だが窮屈な模型へと縮んでいく。予測できない出来事や、説明のつかない衝動は、ノイズとして排除される。


 それでも、流れは止まらない。どれほど固めても、どこかから滲み出してくる。私たちができるのは、ストックを壊すことでも、盲目的に信じることでもない。それが嘘だと知ったまま、使い続けることだ。


 自由とは、何も持たないことではない。保証のない場所に立つ覚悟を、完全には手放さないことだ。蓄えが実体ではないと分かっていながら、それでも流れの中に身を置くこと。不安定で、説明がつかず、あとからしか意味づけできないその立ち方の中に、私たちはまだ名前のついていない何かを感じている。

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