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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第9話 演技

 帰りの方角の電車が駅を出ていくのが見える。カンカンと鳴り続けていた警告音が止み、遮断機しゃだんきがゆっくりと上がっていく。どうやら帰りは少し先になりそうだ。


「映画面白かったね。恋愛物って今まで観たことなかったんだけど楽しめたよ」

「ね? 恋愛もいいでしょ?」


 映画を観終わった余韻よいんがまだ残っている。

 次が来るまでの時間を考えはしたが、この感じだと暇を持て余すことなく次の電車の時間が来そうだ。

 駅に入ってホームにはまだ向かわずに適当なベンチに腰を下ろす。

 ホームで待ってもよかったのだが、風がちょっぴり冷たいので時間がくるまで駅の中で待つことにした。


「よいしょ」

「……っ!」


 七海さんが感覚を空けずに隣に座り、全身に緊張が走ったのが自分でもわかった。

 ふわっと漂う麻央とも違う女の子の匂いが隣り合わせで座っているのを尚更意識させてくる。

 学校での隣の席の距離感なんて可愛いもので、ちょっとでも身体を動かせば身体のあちこちが触れ合う距離。今が十二月でお互い冬の格好でよかったような、残念なような複雑な気分だ。


「どうしたの?」

「全っ然!」

「そ、そう……なんか元気だね」


 七海さんが困惑しているが、僕が悶々と考えているのがバレるよか何倍もマシだ。

 肉を斬らせて骨を断つとは多分このこと。


「さっきの映画なんだけど、他に感想あったら教えてほしいな」

「え、感想?」

「うん。男の子視点の具体的な感想とか意見とか」

「なるほどね」


 恋愛映画を初めて観た僕の感想が参考になるかはわからないけど、何かしらの役に立てれば幸いだ。


「面白かったけど、最終的には主人公の女の子が初恋の人と結ばれてほしかったかな。主人公は最終的に前に進めはしたけど、やっぱりどこかモヤモヤするっていうか、スッキリしないとこはあった。あ、作品に対する批判じゃないよ?」


 答えている間も七海さんはこれっぽっちも目を逸らさないのでだんだん恥ずかしくなってきた。


「あの物語の後に主人公がどうなったのか、どうしても僕は気になっちゃうかな」

「ふむふむ……」

「あれ、僕変なこと言った?」


 七海さんは口元に手を当て、わざとらしく考え込むようなフリをする。


「楠君は初恋同士で結ばれてほしかった?」

「だってせっかく再会したなら結ばれてほしいよ」


 答えている途中でふと重なってしまった。


 そうか……思い出の相手との再会って、僕にとっては『みさき』と再会したらってことになるのか。

 もし高校で『みさき』に奇跡的に再会して『みさき』に彼氏がいたとしたら……普通に嫌だな。 

 学校に行くの嫌になっちゃうだろうな……。

 想像しただけで気が滅入ってしまいそうだ。


 とはいえ僕は両想いではなかったんだ。この作品の主人公みたいに悲しむ資格なんかない。だって恋人どころか友達ですら危ういんだから。


「え〜意外」

「え? そう?」


 七海さんから何故かジト目を向けられる。僕が嘘を吐いていると言いたげだ。


「うん。楠君はライバルの女の子を好きになってそう。すっごく」

「あー……あの子か」


 ライバルの女の子とは最終的に男の子と結ばれた方だ。主人公にとって恋敵にあたる。人当たりも良くて頭脳明晰ずのうめいせき、非の打ち所がない美少女なのに一途なのだ。


「確かになあ……絵に描いたような才色兼備さいしょくけんびで性格も良いし」


 もし同じ立場になっとして、あそこまで一途に想われたら靡いてしまうのも無理もない気がする。


「うわー。楠君絶対に浮気するタイプだ」

「な……! 絶対にしないから!」

「まあ無理もないかな。私の好きな女優さんが演じてるんだし」

「あれ? そっちなんだ。僕はてっきり主人公の方かと思ってた」


 ライバル役の人も勿論すごかったけど、主人公役の人の演技が一番印象に残っている。最後の告白シーンからの失恋はこっちまで胸が苦しくなる程だった。


「……実は結構話題になってるんだよ。新人なのにすごい演技だって」

「新人だったの!? 尚更すごいな!」


 観ている人の感情を揺さぶる演技は勿論だけど、新人でいきなり主役を任せられるのもすごい。映画監督も彼女の演技に魅入られたのだろう。


「ね? 演技ってすごいでしょ?」

「うん。なんというか世界が広がるっていうか、うまいこと言えないんだけど、夢中になる人や目指す人がいるのもわかる気がするよ」


 実力が認められれば各地で引っ張りだこになるのも納得だし、テレビで取り上げられたりバラエティー番組に呼ばれるのも当然だ。


「うんうん。小鳥遊さんが演技じゃなくて本音だってのもわかった?」

「ん? それとこれとは話が別でしょ」

「……なんでそうなるの?」


 七海さんが『信じられない』と言いたげな顔をしているが、他の人ならまだしも、相手があの麻央なら当て嵌まらないのだ。

 七海さんはあまり関わっていないから知らないだろうけど、麻央の魔王の如く感性は常識では図れない。


「麻央は麻央ってことさ」

「なにそれ……」

「それより僕は七海さんの演技が見たいな」

「…………え!? 私の演技!?」


 七海さんがかなり遅れて反応を示す。


「ほら、麻央があの通りだからさ。実際に演技をする同級生の女の子ってどんな感じなのかなって」

「……なに? さっきから麻央麻央麻央麻央って……それに私の演技をついでみたいな扱いにして……ほんとノンデリカシー」


 上りの電車が入ってきたようでホーム側が騒がしくなる。七海さんに何か言われた気がするが、駅員のアナウンスや下を向かれたのもあってほとんど聞き取れなかった。


「無理なら無理でいいんだよ?」

「……うるさいなあ」

「七海さん?」

 次の瞬間、僕は七海さんの目の奥に確かな熱量を感じた。

 映画の話をした影響もあるのか、役者魂に火を点けてしまったらしい。


「ハル……らぶらぶしよ」

「は!? 麻央!?」


 え……? どういうこと?


 見た目姿は七海さんなのに声や仕草が麻央そっくりなのだ。

 大袈裟おおげさでもなんでもない! 魂が乗り移っているとしか思えない!

 例えるならそう、麻央という題材の上に薄紙を乗せて写す。いわばトレース。目の動かし方や顔の傾け方、ちょっとした癖も完全に再現しているのだ。


「わたしと結婚しようよ」


 目を閉じていれば確実に間違えるであろうとんでもない完成度。映画の主役に匹敵しうる別ベクトルの実力と才能に僕の感情は大きく揺さぶられた。


「ハル? ねえってば」

「あ、いや……」


 麻央……七海さんの手が僕の手と重なった瞬間、ホームから来た人達が入り込んでくる。


「結婚しよ」


 胸がときめく甘いセリフを言ってもらってドキドキするのも束の間。

 七海さん越しに気まずそうな顔をしている人物と目が合ってしまう。


「……やぁ」

「あ……委員長。どうも」

「うっす」

「……え!?」


 友達数人と一緒に降りて来たのは元環境委員会の委員長平山ひらやまなつき。


「〜〜っ!」


 演技は丸々見学されてしまったようで、七海さんは慌てて顔を隠してしまう。

 なるほど、こういとこまでは麻央を再現できなかったか。というかいつもの状態に戻ってる。


「お二人さん結婚するの?」

「これはえん——」

「いやあああああ! やめてええええ!」


 七海さん、そんなに嫌がられると普通に傷つくのだが……。


「平山さん! このことは絶対に誰にも言わないで! 絶対に忘れて! お願い!」


 七海さんが必死に訴えるが、平山達は全員困ったような笑顔を向けて、


「ご要望として承りました。ですがお客様のご要望通りにならない結果になる場合もございますので、その時はご了承くださいませ」


 と口を揃えたのだった。

 これ絶対言いふらすやつじゃん。


「約束だからね!」


 七海さん……とっても残念だけど約束は守ってもらえそうにないよ。

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